最強の勇者は、死にたがり

真白 悟

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勇者は死ぬしかない

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 ヘクセの傷が少しずつ治り始めている。彼女はもともと魔力に特化していたが、魔王になってそれが顕著に表れたのだろう。魔力が体の治癒力を高めたということだ。
「ふ、ふ、ふ……素晴らしい体だ。まるで不死者のように体が治る」
 押さえていたわき腹から手を放すと、もはやそこには傷がなかった。
 それは明らかに人間とはかけ離れており、クラトスが昔に見た異世界人が神より授けられた恩恵である治癒の力よりも強力だ。

「今まで倒してきた魔王の中では、一番の治癒能力だな……ますます楽に殺せそうにない」
 もはや友との約束は絶対に果たせないであろうと、クラトスは感じていた。その焦燥感が隙を生み、ヘクセの攻撃に対して一瞬だけ反応を遅らせることになる。
 彼女の指から発せられた直線状に伸びる光が、クラトスのわき腹に穴をあける。
 クラトスがその穴に気がついた時にはもう遅かった。

「……っう! な……んだ。その魔法……見たことがない」
 魔法と言うものは単純だ。火、水、風、土の四つからなる自然の基本を魔力によって生み出し操る。魔法の威力は魔力の多さによって変動するというものだ。
 だからこそ、クラトスは光の魔法を見たことがなかったし、なによりその魔法には魔力がほとんど込められていなかった。だからこそ彼がその魔法が発動するのに気がつけなかったわけだが、その程度しか魔力が込められていない魔法は、人を傷つけることが出来ないはずだ。
 だからこそ彼は困惑していた。

「私は……いやもう私ではない。我の体はお前たちほど強くは出来ていなかった。だからこそ、こんな姑息な手段を講じなければ魔王を倒すことも出来なかっただろうし、その結果我は目覚めることが出来た。どうだ、最高の存在が最高の武器を持っているってのは?」
 最高の武器、それがなんなのかはクラトスにはわからない。だが、一つだけわかることもある。このままではヘクセを楽に殺してやることはおろか、そもそも勝つことが出来ない。最強の武器であるコキュートスを手にしても無理なのだから、魔法剣に頼らずに戦おうと考えたのだが、それでも無理だった。――事実上の詰みだとすら思った。
 それでも、親友との約束は果たせなかったとしても、ヘクセの願いはどうにかかなえてやりたいという気持ちは本物だったからこそ、一つ違和感に気がついた。

「コキュートスは氷の魔法剣……しかし、なぜだ。魔法に氷属性なんて存在しないはずだ……」
 クラトスはずっと、四属性以外の魔法が込められた魔法の武器は、それそのものが神の力が込められたものだと考えてきた。いいや彼だけではない。誰しもがそう思って、四属性魔法以外を使おうなんて思いもしなかった。
 だが彼女が放った魔法を見て、一つの結論に至る。
「まさか、あるのか……氷魔法は?」
 そんな結論が頭には浮かんだが、地面に倒れているコキュートスをちらりとだけ見て、すぐに考え直す。
 コキュートスは、通常では考えられない規模の魔法が込められている。残念なことに魔力が少ない者はもちろん、ニケやヘカテーでも扱うことが出来なかったが、実際のところ、クラトスが特別な人間というわけではない。かの剣を使用できた人間は他にも何人かいた。だがいずれの使用者も、クラトスほどの威力を発揮することは出来なかった。
 使用できた他の者達は魔力が小さく、それで威力が出なかったのだから、魔力によって剣に込められた神の力を顕現させているものだと有識者たちも語った。――それが当たり前だ。氷魔法なんてものは存在しないのだから。

「お前も、もう気がついているんだろう。複合魔法の存在にぃ!」
 ヘクセは魔力を高めながら叫ぶ。
 ここまで露骨に魔法を発動しようとしているのだから、クラトスはそれをよけるための準備が出来た。
「複合魔法!?」
 それを否定するのは簡単だ。どこぞの有識者たちのように、その存在を笑って『そんなものは存在しない』と口にするだけでいい。
 しかしクラトスにはそれが出来なかった。
 彼の眼前に広がるのは、自らが放った氷の力と大差がないほどに強い氷魔法。もちろんコキュートスから生じたものではなく、ヘクセの両手から発せられた魔力によって突如現れた氷の世界だ。それがじわりじわりと世界を侵食していく。その光景はまるで、自らが剣を振るった時と同じ――違う点を挙げるとするならそのスピードだけだ。

「遅い……」
 歩いてでも逃げれるぐらいに、氷の浸食はゆっくりだ。
「わかっただろう。氷の魔法は存在する。私……我はずっと研究してきた。魔法についてな」
「なるほど……魔法をかけ合わせる。考えたこともなかったが、そんなことが簡単に出来るなら、ヘカテーがもう使っているはずだ」
「簡単に出来るなら、説明してやるわけがなかろう。聞いたところで我以外には出来ない、だから話してやったまでだ」
 そう言われて、クラトスはようやく理解できた。自分がいかに慢心していたかということをだ。
 あまりにも強すぎる力を持ってしまったがために、魔法という可能性に目を向けることは一度たりともなかった彼だ。魔法を組み合わせることによって出来ることが増えるというのであれば、魔王としての役職からも解放されるかもしれない。――クラトスにはそんな考えはつゆほどにも浮かばなかった。

「魔王を倒してからも、ずっと助かる方法を探して、その方法がみつからずに死に場所を探していた。だが悲観するには早かったらしいな……」
「そうでもないさ、今から我に殺されるのだからな」
 ヘクセの脅しにも屈することはなく、クラトスは不敵に笑う。
「そうなればどれだけうれしいことか……でもお前じゃ無理だ」
 それだけ告げたクラトスは、地面を覆い尽くす氷を踏み砕いた。

「確かに魔力ではヘクセの方がはるかに上だ。僕に勝ち目なんてないだろう」
 それは変えることの出来ない事実だ。
「だけど、戦いってのは何も魔力の大小で決まるわけじゃない」
 
「御託を……その傷で何が出来るというのだ? もしかして、我が体力に難があるとでも思っているのか? だとしたら――」
「――僕が今まで戦った魔王に、人間より劣る体力の者はいなかった。しかしだ。それはあくまで人間より強いというだけの話だ。人間の中で、才能に優劣があるように、魔王の中にだって才能……ステータスが乏しい者がいるのは当たり前だろう?」
「何を言い始めるかと思いきや……我は、魔力だけではないぞ?」
「だろうな……だけど――」
 クラトスは静かに目を瞑る。その瞬間、あたりには暗いオーラが漂うなような感覚が訪れた。彼の見た目は何も変わっていないが、ヘクセから見ても明らかに雰囲気が違うように見えた。

「僕の方が魔王歴が長い」
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