先生と僕

１０

こだわり

「と、冗談はさておき、私が最初に彼女に抱いたのは強い羨望だった。先程はああ言ったが、私は彼女を本物の天才だと思ったからだ」
　教頭は僕に背を向けてそうつぶやいた。
　その背中からは何だか哀愁が漂ってくるようで、なんというか気持ち悪かった。
　僕の中における教頭というやつは、嫌なやつで、利己的で、それでいて学校のことだけは人一倍真剣に考えている……そのような、人間だ。
　だからこそ、教頭が先生を天才と呼ぶことがとても気持ち悪かった。

「先生を？」

　教頭にとって天才というのは、学校の至宝だ。学内の学力を上げるために必要としている存在だ。それなのに、教頭は自らが天才と呼んだ彼女に厳しく当たる理由はわからない。
　だからこそ、教頭の言葉にどのような意味が含まれているかが気になった。

「ああ、彼女はまごう事なき天才だった」
　こちらを振り返ることもなく、教頭は震えた声で言った。
『天才だった』と。それがどのような意味を表しているのかは、僕にも理解できた。

「過去形ですか？」
「あの頃、私は教育者として未熟で、天才の育て方を知らなかった。だからこそ、１人の女性の未来をつぶしてしまったのかもしれない。ずっとそう考えてきた」
　教頭は、天才を……天才足らしめる才能をうまく扱うことができなかったということだ。
　自身の未熟さ故に、天才を天才として育てることができなかった。