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10 伝説の魔法

136 伝説の魔法11

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 自分自身の不甲斐なさを嘆きながら、イチゴが作ってくれた朝食を食べ終えた。ちょうどその頃には時計の針は7時より5分前を指していた。
 そろそろケントニスが来る頃だと構えていたら、店のドアが開いた。

「イチゴさん! ケン君! メリーちゃん! おはようございます!」

 朝から無駄にテンションが高い。
 これも彼女の楽しむ才能の一つなのだろうか。

 それに対して同じようなテンションで返答したのはメリーだけで、僕とイチゴは普通に挨拶を返した。
 どうやら妹は接客が板について来たようだ。もしや将来はウェイトレスとして生きていくつもりなのだろうか……それが妹の夢だというのなら僕は何も言うまい。犬種だからかなり苦労することにはなるだろうが、僕は妹の意思を尊重したいし、それまでに僕が差別を根絶すればいいだけのことだ。

「ケン君、どうしたの!?」

 目の前に突然、ケントニスの顔が現れる。
 僕は思わず数歩後ろに飛びのいて背後の机を少しだけずらしてしまった。

「兄ちゃん、店の中で暴れないで」

 メリーに叱られてしまった。
 しかしこんなラブコメ的展開も、ケントニスが起こしたものだとかなり違う意味になる。
 彼女に懐に入られるという事はすなわち死を意味する。休憩中に油断して何度彼女の強烈な一撃を喰らったかを数えるだけで嫌な気分だ。
 むろん彼女のことは尊敬している。だがそれと同時に恐れてもいるわけだ。畏怖とでも言うべきだろう。体が彼女を恐怖の対象として認識している。先ほどまでの良い話が全部台無しだ。

「ご、ごめん……」

 僕はずらしてしまった机を元の位置に戻すと同時に、メリーとイチゴに謝罪した。
 こんな状況を作りだした当人はまるで他人事だ。むしろどうしてこうなったかすらわかっていない様子だ。修行の時は鬼と言っても過言ではないほどに恐ろしいのに、今の彼女はまるで印象が違う気がする。僕をむやみに傷つけようとはしていない。

「ケン君はおっちょこちょいだね! 気をつけないとイチゴさんに怒られちゃうわよ?」

『あなたのせいでしょう』とは口が裂けてもいない。今回に関しては僕が過剰に反応してしまっただけで、ケントニスにはなんの非もないからだ。

「ご、ごめんなさい」

 なんか今日は自分のことを責めてばっかな気がする。いかに自分が情けないかを女神に見せつけらせているんじゃないだろうか。なんて、いまさら女神が僕に関わってくるはずないか。仮にも女神という存在がそれほど暇人であるはずがない。

「昨日の訓練がきつすぎたのかな? 私もちょっとやりすぎたかなって思っていたの!」

 後ろに飛びのいた僕の心情を理解しているらしく、ほんの少しだけ背伸びをして僕の頭を軽くなでる。
 おかしい……確かにイチゴは彼女のことを『もっとも優しい』とまで評価したが、彼女の優しさのベクトルはそういう物じゃないと僕はこの何日かで嫌という程思い知らされた。
 なんだか嫌な予感する。というより、もはや予報……予言の域にすら達している。言ってしまえば、今の彼女は僕に飴を与えている状況だ。飴の後に来るものがなんなのか、そんなものは口に出すまでもない。
 僕は出来る限り頭の中の不安を表情に出さないようにする。しかし、彼女はそんなものはどうでもいいと言わんばかりに次の言葉を口に出した。

「でも時間は有限だから、どんなに辛くて楽しいことも時間をかけてやっているわけにはいかないの! だから、今日も飛ばしていくから倒れないように気を付けてね!」
「は、はい……」

 思わず生返事をする。
 期待していたわけではないし、別にそれを望んでいたというわけではない。だけど正直、ほんの少しだけ辛い修行がほんのわずかだけ緩くなるのではと思ったのも事実だ。その思いはいともたやすく打ち砕かれ、覚悟を決めた心がほんの少しだけ揺らいでしまった。
 今のところ彼女の訓練には辛い時はあっても楽しい時は一度たりともなかったと断言できる。そういうことを考えてしまう事自体が、僕が『楽しむ者』ではないという確固たる証拠なのだろう。

 
 

 
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