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10 伝説の魔法

106 才能と使い方 7

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「余計なことは考えない! 早く魔力を放出するのよ!」

 ケントニスが僕を急かす。
 確かに時間というものは有限だが、もう少しだけ落ち着いて修業できないものだろうかとも思ったが、確かに彼女の言うとおりで、戦闘というものはいつも予想外のことが起こり得る。
 いまのこの状況に慌てているようでは、魔力のコントロールはおろか、普通に冒険者として活動することすらままならないだろう。

 僕は静かに魔力を放出する。
 気持ちは他称昂ぶっているが、いつものように魔力が放出される。

「……やりました」

 そもそも、魔力を放出すること自体は、戦闘中でもいつもやっていたことだ。
 あまりにも突然のことに慌てて出来なかったが、僕にとってはたやすいことなのだ。

「話に聞いていた通りね。まあ、冒険者をやるような魔法使いが、今のような状況下において魔力をうまく放出できないというのは問題外だけどね」
 褒めてほしかったわけではないが、彼女は思いのほか辛辣だ。
 ともかく、今は彼女から詳しい話を聞く方が優先だろう。
「……これと魔力のコントロールに何の関係が?」

 質問が悪かったのか、彼女は大きなため息を吐く。
「戦闘に例えるなら、魔力の放出というのは剣を鞘から抜くという事……魔力のコントロールは剣を自在に操る力を指すわ。使い方を知っていても、実際に使わない人間には一生『慣れ』と言うものは来ないよね?」
 少しは自分で考えてみろと言いたげだが、それでも答えを教えてくれるのは彼女の優しさなのだろう。
 だがやはり、先ほどと違って少しだけ明らかに彼女はピリピリとしている気がする。

「た、確かにそうですね!」
「そう。だから私のやり方はいつも実戦形式なのよ!」

 唐突に僕の前に剣が突きだされた。
 室内……それもイチゴの店であるにも関わらず、ケントニスは鋭い切っ先をこちらに向けて今にも襲い掛かってきそうな気迫をこちらに向けている。

「ま、待ってください!」

 こんな場所で戦いを初めてしまったら、タダでは済まされないだろう。二重の意味でだ。
 僕は出来る限り刺激しないように、手の平を相手に見せて制止するようにジェスチャーする。
「冗談よ。緊張は解けたでしょ? イザベラさんの店で暴れると、どうなるかは天才でなくてもたやすく理解できるわね」
 そう言って彼女は笑って見せた。
 シリアスな雰囲気が一気に壊れたが、一体彼女は何がしたかったのだろう。僕にプレッシャーを与えたかったのか、それとも緊張をほぐしたかったのか……僕のような凡人には理解が及ばない。

「さっきも言ったけど、魔力のコントロールは感情のコントロールと似ているわ。感情を高ぶらせると魔力の放出が難しくなったり、冷静さを取り戻すと反対に御しやすくなったり……でも今の君はかなり感情のコントロールが下手ね……」
「すみません……」
「ほら、叱られるとすぐに気持ちが沈む。気持ちが沈めば、その分、気持ちが昂る時に強く昂ぶる……そんな調子じゃ――」

 今の今まで目の前で話していたはずのケントニスが消える。
 僕は驚きのあまり硬直した。
 その直後、僕の首筋に冷たい感触があった。背後から首元に剣を当てられていることがすぐに理解できた。理解できたからこそ両手を高く上げて降参した。

「――こんな風に、簡単に背後を取られる。魔法使いは弱い……だから魔法使いにしかなれなかった獣人は冒険者よりも稼ぎの悪いポーション職人になる。誰も魔力の本質を理解していないからね」
「魔力の本質……?」

 ハンズアップの体制をとったまま僕は聞き返した。
 彼女はどこからか取り出した剣を再びどこかへしまうと、僕の背後からゆっくりと回って目の前にやって来た。

「あなたは魔力の使い方を理解しているから冒険者に生れた……そうでしょう?」

 もちろんその言葉の意味はたやすく理解できる。

「魔力を膂力りょりょくに変換する……」

 一時的ではあるが、魔力を力に変えることによって、魔法使いは普通の獣人以上の力で戦うことが出来る。確かに僕にはそれが出来た。しかしそれは神より押し付けられた知識のおかげだ。
 なるほど、誰もが彼女を天才と呼ぶ理由がようやく理解できたような気がする。天才というのは、何も彼女の頭の良さを表す言葉ではなかったらしい。

「そうよ。体内の魔力をコントロールして、一時的に身体能力を向上させることが出来る。それが魔力……だけどそれも集中力が欠けばとっさのタイミングで使えない。今の君のようにね」

 彼女はどうも僕を過大評価しているらしい。
 万が一、僕が冷静さを保っていたとして……魔力による身体能力向上を使用できたとしても、おそらく彼女のスピードについていくことは出来なかっただろう。目にも追えないほどのスピードには。
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