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8 新たなる武器
81 憧れ
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「どうかしたの?」
感慨深く昔のことを思いだしていた僕の顔をアルタが覗き込む。
この上なく綺麗で、きちんと毛並も整えられた耳が僕の眼前まで迫る。耳だけ見れば、それはまさに犬のそれだ。だが残念なことに彼女が犬種であると証明できる部分は、その耳とあとは目に見えていない犬歯や尻尾程度もものであろう。
非常に大きなくくりで言うのであれば、彼女も確かに犬なのであろうが、僕が愛する犬とはまるで違う。いうなれば完成度の高い犬のコスプレをした人間だ。……犬種に残った犬の痕跡を見せつけられれば見せつけられるほど、この世界に犬が存在していないという事を思い知らされた。
「い……え、なんでもありません」
とっくに諦めたはずの犬……だが前世を思い出せば思い出すほど、犬に会いたくなる。二度と会えないことは分かっているのに。
そんな僕の心の内を知ってか知らずか、アルタは軽く首をかしげて耳をぴくぴくとさせる。
「うん。あの魔王もどきはもう大丈夫みたい。隙を狙っている様子もないし……でもいつかはせめて来るかもしれないか……イザベラ、どうすればいいかな?」
彼女はやはり僕なんかと比べものにならないほどの冒険者だ。僕と話している時もずっと警戒を怠っていなかったらしい。それはたぶん、イチゴも同じなのだろう。だが、イチゴはかなり不機嫌そうだ。
「私に聞くな。私は冒険者をやめた。今回は特例でリグダミスの依頼を受けはしたが、ブランクと言うものはどうしようもない。戦場での感覚はもう戻らないだろう。私の意見など、もはや老害のそれだ……だが強いて言うなら、奴はまた性懲りもなく攻めて来るだろう。それがいつかは分からないがな」
なぜそんなに不機嫌なのかはわからない。魔王を取りにがしてしまったことに責任を感じているのだろうか。それも仕方のないことなのかもしれない。彼女の言うとおりなら、魔王を名乗ったあの男は再び攻めてくる。それもいつ攻めてくるかはわからないと来た。それなら、倒せるうちに倒しておきたかったというのもうなずける。
いつ、どこから攻めてくるかわからない敵ほど恐ろしいものはない。
「私はイザベラのことを信頼しているわ。どれほどのブランクがあったとしても……どんな結末が待っていたとしても、あなたは私にとっての英雄だもの」
アルタは恥ずかしげもなくそんなことを力説した。
イザベラは聞こえるか聞こえないか程度の舌打ちをして、半分ほど体ごとこちらを振り向いた。
「英雄ね……私はそんなもんじゃない。歴史の表舞台には顔すらだいちゃいけないような人間さ。誰も救えず、何も得ず。残った者は空虚な器。壊れた器は満たされることもなく、ただ入ってくる水を垂れ流すのみ……私が抱えたものは全て流れてゆく」
彼女がみせた表情はかなり薄暗く、今にも何かを壊してしまいそうなものだ。
それを見たアルタの表情はどこかせつなそうにも感じた。
とにもかくにも、僕はそんな彼女たちの薄暗い話に入れるはずもなく、ただ黙って聞いているほかない。
「あなたがどのような『今』を生きようと、私にとっては『今』も憧れの人に違いないわ」
「私に憧れていれば、ロクな存在になれないぞ」
「それでも……あなたは私の恩人よ。ううん。いつでも私を導いてくれるし、道を切り開いてくれる」
「過去の幻影に囚われているだけだ。お前を導く勇者はもう存在しない。人々を導く勇者はお前なんだから……」
イチゴの言葉を最後に二人は黙り込む。それにつられて僕も言葉を発することが出来ないままに、全ての説明を聞くことも出来ずにそのまま僕たちは静寂を保ったまま街へと戻った。
街へ帰っても沈黙は続き、家に帰ってもイチゴはついに口を開くことはなかった。
感慨深く昔のことを思いだしていた僕の顔をアルタが覗き込む。
この上なく綺麗で、きちんと毛並も整えられた耳が僕の眼前まで迫る。耳だけ見れば、それはまさに犬のそれだ。だが残念なことに彼女が犬種であると証明できる部分は、その耳とあとは目に見えていない犬歯や尻尾程度もものであろう。
非常に大きなくくりで言うのであれば、彼女も確かに犬なのであろうが、僕が愛する犬とはまるで違う。いうなれば完成度の高い犬のコスプレをした人間だ。……犬種に残った犬の痕跡を見せつけられれば見せつけられるほど、この世界に犬が存在していないという事を思い知らされた。
「い……え、なんでもありません」
とっくに諦めたはずの犬……だが前世を思い出せば思い出すほど、犬に会いたくなる。二度と会えないことは分かっているのに。
そんな僕の心の内を知ってか知らずか、アルタは軽く首をかしげて耳をぴくぴくとさせる。
「うん。あの魔王もどきはもう大丈夫みたい。隙を狙っている様子もないし……でもいつかはせめて来るかもしれないか……イザベラ、どうすればいいかな?」
彼女はやはり僕なんかと比べものにならないほどの冒険者だ。僕と話している時もずっと警戒を怠っていなかったらしい。それはたぶん、イチゴも同じなのだろう。だが、イチゴはかなり不機嫌そうだ。
「私に聞くな。私は冒険者をやめた。今回は特例でリグダミスの依頼を受けはしたが、ブランクと言うものはどうしようもない。戦場での感覚はもう戻らないだろう。私の意見など、もはや老害のそれだ……だが強いて言うなら、奴はまた性懲りもなく攻めて来るだろう。それがいつかは分からないがな」
なぜそんなに不機嫌なのかはわからない。魔王を取りにがしてしまったことに責任を感じているのだろうか。それも仕方のないことなのかもしれない。彼女の言うとおりなら、魔王を名乗ったあの男は再び攻めてくる。それもいつ攻めてくるかはわからないと来た。それなら、倒せるうちに倒しておきたかったというのもうなずける。
いつ、どこから攻めてくるかわからない敵ほど恐ろしいものはない。
「私はイザベラのことを信頼しているわ。どれほどのブランクがあったとしても……どんな結末が待っていたとしても、あなたは私にとっての英雄だもの」
アルタは恥ずかしげもなくそんなことを力説した。
イザベラは聞こえるか聞こえないか程度の舌打ちをして、半分ほど体ごとこちらを振り向いた。
「英雄ね……私はそんなもんじゃない。歴史の表舞台には顔すらだいちゃいけないような人間さ。誰も救えず、何も得ず。残った者は空虚な器。壊れた器は満たされることもなく、ただ入ってくる水を垂れ流すのみ……私が抱えたものは全て流れてゆく」
彼女がみせた表情はかなり薄暗く、今にも何かを壊してしまいそうなものだ。
それを見たアルタの表情はどこかせつなそうにも感じた。
とにもかくにも、僕はそんな彼女たちの薄暗い話に入れるはずもなく、ただ黙って聞いているほかない。
「あなたがどのような『今』を生きようと、私にとっては『今』も憧れの人に違いないわ」
「私に憧れていれば、ロクな存在になれないぞ」
「それでも……あなたは私の恩人よ。ううん。いつでも私を導いてくれるし、道を切り開いてくれる」
「過去の幻影に囚われているだけだ。お前を導く勇者はもう存在しない。人々を導く勇者はお前なんだから……」
イチゴの言葉を最後に二人は黙り込む。それにつられて僕も言葉を発することが出来ないままに、全ての説明を聞くことも出来ずにそのまま僕たちは静寂を保ったまま街へと戻った。
街へ帰っても沈黙は続き、家に帰ってもイチゴはついに口を開くことはなかった。
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