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 ◇

 店を出て、薄暗い路地を抜け、イチゴの店に戻った。
 アニーとは、また明日、魔力水を探すための算段を立てようと話して金貨を両替して前報酬を山分けしてから解散した。アニーは報酬の山分けにに対して、いまだに渋っている様子だったが、最終的には受け取り、一言二言お礼の言葉を述べていた。
 もともと報酬は山分けという条件でパーティーを組んでいるのだから、お礼を言われるようなことでもないのだが、そんなことを口にするとなおのこと面倒なことになりそうだったので、何も言わずに見送る。
 店に戻ったのは、午後2時を回ったころだ。

「――ってことなんですけど……」
 イチゴに事情を説明する。食事がてら彼女に相談に乗ってもらっているとこだ。
 僕の能力に『持った武器の使い方がわかる』というものがあったのだが、骨はしょせん杖の形をしていても骨でしかないということなのか、触っても使い方はまるで分らなかった。
「そりゃ……まあ仕方ないと思う。だってそうだろう? 職業は魔法使いなんだ。魔法使いが使うのは杖と相場が決まっている。武器屋なら普通はそうする。まあ、杖を武器と呼ぶのならだがな」
「他人事みたいですね……」
 イチゴが入れてくれた水を飲み干す。
 そんな僕の愚痴を聞いて、イチゴはため息交じりに口を開いた。

「まあ他人事なんだが、これでも真剣に考えているぞ。犬種の獣人が野垂れ死ぬところは何度見ても気持ちのいいもんじゃないし、なにより、メリーにつらい思いはさせたくないからな……だが、魔力というのは、実のところ歴史が浅い。獣人の体に宿る量はそれほどだが……魔物に宿る量はかなり多いと聞く。いくらお前の魔力が普通より多いとは言っても、魔物とは比べ物にならないぐらい低いだろう……まあ……いや、これは言っても仕方ないことだが、なんだ。ああ、意地汚い猫種とはいえ、その武器屋の言っていたように、魔物の骨は魔力を抽出するための媒介になる……それを踏まえて何か思いつかないか?」

 僕の持っている知識だけでは何も浮かばない。魔力に関して言うなら、武器としての使い方は能力のおかげで何となくわかっているのだが、杖を持っても、それで叩く以外の方法は思いつきもしない。だが、これっぽっちの重量のもので殴りつけても何ら意味はないだろう。運がよくてかすり傷がつけられる程度だ。
 しかし、これといって他にいいアイデアが浮かぶわけでもない。ますます気分は暗くなる。
「そこなんですよね……聞いた話によると、魔法使いたちは自身の魔力を抽出するのにこれを使うらしいんですけど、僕はそんなものなくても普通に魔力を放出できるんですよね……」
 それが僕だけの特別なチート的な能力なのかは分からないが、出来てしまうものは仕方がない。しかし、そうなると、別に媒介となるものは必要ないことになる。となると、僕には杖が不要だということだ。確かにそれは利点なのだが、それはつまり杖はただのお荷物ということだ。
 必要のない荷物を抱えて冒険に出るというのは、まさしく自殺行為そのものに過ぎない。

「狡猾だが、見せる価値のある者には腹を見せるのが猫種だ。意味もなく、杖を武器としてお前に渡したりはしないだろう。しかもボーナス払いでなんて、死んでもおかしくない者や信頼できない奴にそんなことを提案するわけがない。その武具屋はお前のどこかしらに可能性を感じたはずだ」
「可能性ですか……」
 イチゴも大概、僕に対して大きな期待を抱いているようだが、しょせん僕はもともと普通の人間だ。この世界での知識も一般教養すら持ち合わせていないだろう。
 犬種に生まれていなければまだしも、犬種に生まれてしまったがゆえに、この街にやってくるまでに学んだことは少ない。すべて自分の望んだことではあるのだが、何ともハードな人生だ。
 それでも、僕は深く思考を張り巡らせてみる。
 イチゴの手料理で腹を満たした今なら、何か奇策を思いつくかもしれない。

「何か思いついたか?」
 イチゴがそう尋ねる。
 僕はというと、まったく何も思いつかない。それどころかこの店に帰ってきた時から、先祖返りのことで気になることがずっと頭の中を往復していて、杖の使い方について考えている余裕すらない。
「あ、そうだ。ずっと聞きたかったんですが、犬種にも先祖返りっているんですか?」
「なぜそれを今聞く?」
 僕の質問に、イチゴが質問で返す。
 たぶん、僕も同じ状況で同じ質問をされたら同じことを聞き返すと思う。でも、そもそも僕がこの世界に転生した理由は、犬とイチャイチャして暮らすということにある。ずっと考えてこなかったことではあったが、よくよく考えてみれば、犬種の先祖返りがいたら、それは他の種族のように犬に近い形相をしているのではないだろうか……きっとそのはずだ。そう考え始めたらもう止まらない。ほかの事なんか考えている場合ではない。僕の人生が僕だけのものだというのなら、もはや犬種の先祖返り以外はどうでもよくなっているほどだ。
 でも、僕は1人じゃない。妹を……メリーがまともな生活を送れるぐらいには稼がないといけないわけだ。目下の問題は今すぐに解決しておきたい。そうなると、僕よりも博識であるイチゴにそのことを聞く以外に選択肢もないのだ。
「なにかをいいアイデアを考えようとするとき、こういった小さな疑問が邪魔な時ありません?」
 今の信条をありのままイチゴに話す。
 彼女はそれほど納得していないような感じだが、それでも無理やり納得してくれたのだろう。首を数回横に振ってから、1度だけかすかにうなずいて質問に答えてくれた。
「なるほど。じゃあ、その疑問に答えてやろう。犬種にはいない。というより、今のところは見つかっていない」
「それは残念です」
 内心では胸をなでおろしながら、これでようやく杖の使い道を考えることだけに集中できると安堵した。
 犬種の先祖返りが存在していたら、たぶん僕は自分の気持ちを抑えることが出来ず、今すぐに店を飛び出して世界中を飛び回って探していたことだろう。理性ではそうするべきではないと理解わかっていても、本能には逆らえない。
 僕という人物の内面はほとんどが犬愛にあふれていて、むしろそれ以外はほぼ何もない。唯一あるとするなら、メリーに対する兄弟愛だけだ。だから本能に逆らってでも、今は彼女のためだけに頑張りたい。

 もしかしたら、イチゴもそれを理解して、存在しているのに『いない』と答えてくれたのかもしれない。ってそんなわけはないだろう。僕は彼女に自分の心の内をすべて話したわけではない。僕が犬を愛しいるということは話していないし、犬種である彼女には絶対に話せないことだ。
 たまたま、運がよく、犬種の先祖返りが存在しなかっただけだろう。
 もうそんなことは考えるのをやめて、杖の使い方について考えよう。
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