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6 勝者と敗者

46 コボルト 4

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 一発の銃声が数メートル先から放たれたかと思えば、すぐに残りの4発も発射された。
 アニーの持つ銃はライフルのようにスコープを装着できるものでもなければ、何発もの弾丸を一気に装填できるような代物でもない。――それなのにアニーは手動で4発を装填し、それぞれのコボルトを狙って、それも脳天に直撃させた。
 その瞬間は僕にはスローモーションのようにも感じられ、しばらくの間動くことすら出来なかった。

「何をやってるの!? 来るよ!!」
 アニーの叫び声がわずかに耳に聞こえた。耳鳴りが響く中、ようやっと声が耳に入ったという感じだ。
 予想外だった。
 この前はどれだけ撃っても当たらなかった弾が、一発たりとも外れることなく目標に命中する。通常なら起こり得ないだろう。まさに奇跡と呼んでも何の不都合もない。そんな中で、僕の反応が遅れてしまったことを責めることが誰に出来よう……誰にも出来まい。
 とはいえ、これ以上立ち止まっているわけにもいかない。

「すみません!」
 コボルトの巣に向かって全力疾走する。
 装備品を携行していないだけ素早く動くことが出来る。これも僕の特権と呼べなくもないだろう。
 銃声に驚いたコボルトの何体かは、蜂の巣をつついたようにあわてて表へと出てくる。そんな彼らと目があった僕は、普通なら緊張するのだろうが今は気分がいい。
 大気中の魔力がいつもより濃いからだろうか、それとも緊張感が限界を突破してそうなったのかはわからない。
 ただいつもよりも魔力が操りやすい気がする。
 体中から力が溢れてくるように、体の節々から暖かさを感じる。これも魔力を体中に浸透させた影響なのだろう。
「君たちに恨みはないけど……僕の糧になってもらうよ……!」
 コボルトの顔面に向かってこぶしを放つ。やはりいつもより調子がいいようだ。僕の拳が触れるたびにコボルト達は予想をはるかに超えた勢いで吹き飛んでいく。
 数日前まではたった三体のコボルト達に恐怖し逃げていた僕が、今では人間の常識をはるかに超えた攻撃力を誇っている。――と言っても、そもそも人間ではないのだが。
 だがしかし、これが僕自身の実力かと問われれば簡単に否定できる。魔力というやつ不思議なもので、力を上げたり、守りを上げたり、自己治癒力を上げたりすることは出来るが、それはあくまで獣人の体に依存する。魔力の扱い方で上昇率は変化するが、そもそも扱う獣人が貧弱ならば魔力の補助は意味をなさない。0には何をかけても0なのだ。
 そして生物というのは突然強くなることはない。すべての物事には過程というものがあり、僕はその過程を終えていない。

「お姉ちゃんが言ってた。魔法使いという存在は、魔力が濃い場所でこそ実力を発揮するって。これがそういうことだったんだ……でもこれじゃあ修行にはならないよ……」
 背後でアニーが何かをつぶやいた気がした。
 だけどそんなことは関係ない。僕は今気分がいい……すべて力で解決してしまいたい気分だ。力におぼれるってこういうことを指すのかもしれない。それはたぶんいけないことなのだろうが、それでも僕は力におぼれてしまいたい。
 ああ、力というものはなんて素晴らしい者なのだろう。
 持たざる者と、持つもの。勝者と敗者というやつの間には精神面だけでこれほどまでに違うのか……それは自慢したくもなくもなるよな。金を持っている。力を持っている。知識を持っている。そのすべてが自信につながり、何でも出来るかのような昂揚感をもたらす。
 それらを持っていた者はどれだけ気分がよかっただろう。
……どうして僕は持っていなかったのだろう。それを持っていればあんなことにはならなかったはずだ。
 やっぱり世界は不定だ。差別、孤独、貧乏、そんなものに溢れる世界はあってはならない。
 頭の中に黒い感情が溢れては消える。
 いいや、僕はそうじゃないはずだ。差別も、孤独も、貧乏も乗り越えてきた。世界は不定なんかじゃない。僕には妹がいるんだから。

「……ケ、ン……ケン!!」
 アニーに肩を叩かれてようやく我に返る。
 あたりは酷い有様で、コボルト達が何十体も地面に倒れ伏している。それも僕を中心にして円状に転がっているのだから、まるで台風でも通った後みたいだ。
「これは一体……?」
 飛び出したところまでは覚えている。
 だがそこから先の記憶が曖昧で、詳しく思い出そうとすれば頭が痛くなる。自分というものが、自分の意思というものがすっかり消え去ってしまったみたいだ。
「これはケンがやった。覚えてないんだよね?」
「はい、全く覚えていません……っ!?」
 口を開いたとたんに、再び頭痛に襲われる。今度は頭が割れそうなぐらいに痛い。
「後遺症だね。こんな禍々しい魔力を吸収したりするから……とにかく今はゆっくり休んだ方がいい。説明は後でするから」
 アニーの言葉は耳に入ってはきたが、痛みのあまり返答は出来ず小さくうなずくことしかできなかった。
 全く情けない限りだ。次があればもっときちんとしなくちゃ……そう思ったところで僕の意識は虚空の彼方へと消え去った。

 
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