上 下
46 / 170
6 勝者と敗者

44 コボルト 2

しおりを挟む
 僕とアニーが受けた依頼は、『西の森に発生したコボルトの巣の調査と討伐』だ。
 受付のお姉さん曰く、「魔物の巣が生まれる場所は高確率で空気中の魔力量が多い」らしい。
 つまりコボルトを討伐するついでに、魔力水の調査も行えるという一石二鳥の依頼ということなのだろう。
 そして僕たちは目的地へとやって来た。
「コボルト討伐は簡単な依頼……そうですよね?」
 僕は目の前に広がっている光景に開いた口がふさがらない。
「うん。コボルトは一対一なら成人ならほとんどの人が倒せるからね」
 アニーはなんでそんな当然なことを聞くのかといった顔だ。
 だがこの状況下において、コボルトの情報を再確認しておくのは当たり前だろう。油断は禁物――だとかそんなことを言いたいわけじゃない。
「いや、ちょっと待ってください。コボルトは少数で行動する魔物ですよね?」
「うん? もしかしてコボルトの巣は初めて?」
 会話がかみ合っていない事に気がついたようで、アニーはまさかと尋ねる。
 僕が勝手に驚いているだけで、コボルトの巣というのはこういうものなのかもしれない。そんな風に納得できればどれほどよかっただろう。いや納得できまい。
「初めてです。今は関係ない話ではありませんか? 僕も一応は資料を読んで依頼を受けているんです。資料によれば、コボルトの巣は10体程度のコボルトで構成されたものだと書かれていたはずです」
 むしろそうでなければ、この依頼が力にならないなんて思うわけもない。
 目に映るだけでも20……いや30はいる。巣の中にはもっと多くのコボルトがいることだろう。少なくとも50はいると考えた方がいい。
「なるほど……それでお姉ちゃんにあんな啖呵を……」
 アニーは呆れた顔をする。
「もしかして、資料が?」
「間違ってはないと思うけど、資料は幾つぐらい読んだの?」
「一つです。魔物学入門という本を読みました」
「魔物学入門……」
 彼女の顔は呆れ顔から、可哀想なものを見るような顔へと変化した。
「え、ダメなんですか?」
「リグミダス・ロットワイラー様の名言に、こういった言葉がある。『百聞は一見にしかず』と、意味は100回聞くよりも、1回実際に見た方がいいってこと。もし仮に、資料だけで勉強した気になりたいのなら、100は読まないと……すべての本に正しいことがすべて書かれているというわけじゃないんだから」
 これだから駆け出し冒険者は……と彼女は大きくため息を吐いた。
 確かにそれは僕のミスだ。会社員時代にもあったが、全ての資料が正しいとは限らない。人間というのはミスをする生き物なのだ。だからこそ、資料というものは何度も校閲と推敲を繰り返すのだが、それでもミスをすべて排除するのは困難だ。
 特に入門書というやつは、基本的なこと以外は書いていないことが多い。すべてを書いてしまえば、膨大なページ数になってしまうだろう。それを避けるために、基本的なことしか書かないのだ。
「僕はまだ冒険者として真剣になりきれていなかったみたいですね」
 こんな初歩的なミスをしてしまうとは、自分が情けない。
「大丈夫。そのために私がいるんだから」
「頼もしいです」
 仲間でいるうちは。
 助言をくれることには感謝しているが、アニーは他人だ。まるで完全に信用しきるというのは無理だ。少なくとも今の僕には無理だ。
 僕は心臓のあたりを軽くなでる。
 少しだけ心臓が締め付けられるような感覚があったが、どうやら気のせいだったらしい。今では何事もなかったかのように全身に酸素を送り続けている。
「大丈夫?」
「問題ありません。それより――」
 コボルト達に動きがありそうだ。数体だけ外に残して、巣の中へと帰っていく。
「チャンスだね」
 この機を待っていましたと言わんばかりに、アニーは肩に背負っていた銃を構える。コボルト達との距離はそれほど遠くない。距離にして20メートルと言ったところか。
「ちょっと待ってください。音で気がつかれませんか?」
 僕は彼女を制止する。
 本当のことを言えば彼女の銃弾が当たるかどうかの方が心配だったが、それは口にしないことにした。そもそも、弾が当たらなければ彼女がついてきたこと自体が無意味になるのだから、そこは考慮しない方がいい。
 それよりも重要なのは、彼女が弾を撃った途端に大量のコボルト達が音に惹かれて出てくることだ。そうなってしまえば意味がない。
「大丈夫。5匹まとめて殺せば、中のやつらに私たちの場所を知られることはない」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

その幼女、最強にして最恐なり~転生したら幼女な俺は異世界で生きてく~

たま(恥晒)
ファンタジー
※作者都合により打ち切りとさせて頂きました。新作12/1より!! 猫刄 紅羽 年齢:18 性別:男 身長:146cm 容姿:幼女 声変わり:まだ 利き手:左 死因:神のミス 神のミス(うっかり)で死んだ紅羽は、チートを携えてファンタジー世界に転生する事に。 しかしながら、またもや今度は違う神のミス(ミス?)で転生後は正真正銘の幼女(超絶可愛い ※見た目はほぼ変わってない)になる。 更に転生した世界は1度国々が発展し過ぎて滅んだ世界で!? そんな世界で紅羽はどう過ごして行くのか... 的な感じです。

異世界に転生したのでとりあえず好き勝手生きる事にしました

おすし
ファンタジー
買い物の帰り道、神の争いに巻き込まれ命を落とした高校生・桐生 蓮。お詫びとして、神の加護を受け異世界の貴族の次男として転生するが、転生した身はとんでもない加護を受けていて?!転生前のアニメの知識を使い、2度目の人生を好きに生きる少年の王道物語。 ※バトル・ほのぼの・街づくり・アホ・ハッピー・シリアス等色々ありです。頭空っぽにして読めるかもです。 ※作者は初心者で初投稿なので、優しい目で見てやってください(´・ω・) 更新はめっちゃ不定期です。 ※他の作品出すのいや!というかたは、回れ右の方がいいかもです。

システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。

大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった! でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、 他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう! 主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!? はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!? いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。 色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。 *** 作品について *** この作品は、真面目なチート物ではありません。 コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております 重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、 この作品をスルーして下さい。 *カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。

転生したらチートすぎて逆に怖い

至宝里清
ファンタジー
前世は苦労性のお姉ちゃん 愛されることを望んでいた… 神様のミスで刺されて転生! 運命の番と出会って…? 貰った能力は努力次第でスーパーチート! 番と幸せになるために無双します! 溺愛する家族もだいすき! 恋愛です! 無事1章完結しました!

転生王子の異世界無双

海凪
ファンタジー
 幼い頃から病弱だった俺、柊 悠馬は、ある日神様のミスで死んでしまう。  特別に転生させてもらえることになったんだけど、神様に全部お任せしたら……  魔族とエルフのハーフっていう超ハイスペック王子、エミルとして生まれていた!  それに神様の祝福が凄すぎて俺、強すぎじゃない?どうやら世界に危機が訪れるらしいけど、チートを駆使して俺が救ってみせる!

家庭菜園物語

コンビニ
ファンタジー
お人好しで動物好きな最上 悠(さいじょう ゆう)は肉親であった祖父が亡くなり、最後の家族であり姉のような存在でもある黒猫の杏(あんず)も静かに息を引き取ろうとする中で、助けたいなら異世界に来てくれないかと、少し残念な神様に提案される。 その転移先で秋田犬の大福を助けたことで、能力を失いそのままスローライフをおくることとなってしまう。 異世界で新しい家族や友人を作り、本人としてはほのぼのと家庭菜園を営んでいるが、小さな畑が世界には大きな影響を与えることになっていく。

私公爵令嬢としてこの世界を楽しみます!

神桜
ファンタジー
小学生の子を事故から救った華倉愛里。本当は死ぬ予定じゃなかった華倉愛里を神が転生させて、愛し子にし家族や精霊、神に愛されて楽しく過ごす話! 『私公爵令嬢としてこの世界を楽しみます!』の番外編を『私公爵令嬢としてこの世界を楽しみます!番外編』においています!良かったら見てください! 投稿は1日おきか、毎日更新です。不規則です!宜しくお願いします!

処理中です...