上 下
27 / 170
4 勇者が生まれる

26 勇者の存在

しおりを挟む
 すっきりした……それは厳密に言えば違うと思う。
 私自身が思い込んでいたことを1つ解消できたというだけで、別段、今までと何ら変わりはないし、これからも私の考えが大きく変わることはない。
 戦場に戻る。それ自体はそれほど嫌でもないし、毎晩寝る前には戦場のことばかり考えていたほどだ。――日常には刺激が少なすぎると。
 だがそんなことは、冒険者だった過去とは何ら関係のないことだ。つまらない日常を嫌うものは、冒険者以外にだってたくさんいる。私だけがそんなことを考えているわけじゃない。
 だから今回のことは、一つの区切りに過ぎない。何もすっきりするような出来事ではないし、むしろもやもやが収まらないぐらいだ。

「私は何を求めているのだろう……」
 刺激を求めている。だがそれは危険を求めることとは同義ではない。
 非日常に垣間見る何らかの刺激……その何らかを求めている。

 そんな私を慰めるかのようにベティは自嘲気味に言う。
「イザベラ様はすっきりしておられますよ。私なんかに比べれば随分と」
「お前はまだ引きずってるのか?」
 どうやら彼女はあの事件のことを引きずっているらしい。あの忌々しいロットワイラー事件のことを。
 私の問いに彼女は自身の右腕に移して、もう一度私の方を見たかと思うと、血走った目を見開いて淡々とした口調で、「一生終わりませんよ」とつぶやいた。
 
 それにつられるように、私は自身の右足を見た。傷はずいぶんと癒えたが、それでも昔見たいに全力で走ることは出来ないだろう。それはベティにとってもそうだ。彼女が受けた傷では、軽いペンのようなものは持てたとしても、重たい物は持つことは出来ないだろう。
 故に、私とベティは以前のような冒険者そして活動することは一生無理だ。
 私にとってはくだらないことに成り下がった事件だが、私よりも若い彼女にとってはまだ心の傷をえぐり続ける事件らしい。
「そうか……まあそうだよな」
「イザベラ様が気にするようなことではありせんよ。あなたがいなければ私の腕はなくなっていたでしょうし、むしろイザベラ様には感謝しています。だから今回だって、イザベラ様たってのお願いだということで、全ての予定をキャンセルしたんですから」
 あの事件以来ずっと彼女はずっとそうだ。すべて私のために尽くそうとする。私はただその場所に居合わせただけだというのに。
 今はそれよりも、『私のお願い』というやつの方が気になる。私は彼女にお願いなんてした記憶がない。
 だったら、そのお願いとやらはなんだというのだろう。

「どんなことかちゃんと覚えているか?」
 私に記憶がないのだ。むしろ、私ではない誰かにその記憶が残っている方が不自然なぐらいだが、今回は他人の記憶に頼るほかない。
 自分で言っていてもおかしな問いだとはわかるが、彼女は私の質問にはすぐさま答えてくれることだろう。
「えっと、誰かの適職検査をしてほしいと手紙を送ってくださいましたよね?」
 もちろん、そんな手紙を出した記憶は私にはない。適職検査を斡旋する業者でもなければ、そんな手紙を書く必要もないし、私はただの喫茶店経営者だ。斡旋する理由がない。

「なるほど、それで私はメリーをここに連れてきたということか……」

 しかし今の言葉で、概ねなぜこのような事態に陥ったのかは理解した。私がここまでメリーを連れて来ることを予見できたのはたった一人しかいない。いや事実としては正しい表現ではないだろう。――予見できた者は山の数ほどいるのかもしれない。言い直すとすれば、それをのはただ一人だけだ。
 それはメリーの体に憑依した自称天使、ここに私たちを送り出した存在だ。

 私が納得するのと同時に、ベティも同じように納得した。
「なるほど、ケン様のお連れの方……メリー様の適職検査ですか」
 今の状況を見るに、彼女にとって考えれ得ることはそれしかない。現に私はメリーをここまで連れてきてしまったのだから。
 だけど、それでも私はメリーを冒険者にするつもりはない。ケンがそう望んでいないからということもあるが、犬種のそれも幼い娘に苦労多き道を歩ませることなど好ましくないからだ。
 私は慌てて否定する。

「悪いがそれは違う。それはまた今度になった」
「そうなんですか?」
 ベティは納得いかなそうな顔はしているものの、別段怒るようなそぶりも見せない。

「今日は役所に登録されている勇者がの他にいるのかを確認したくてな」
 彼女とは、言わずもがなアルタ・ロットワイラーのことだ。ベティは彼女のことあまり好きではない。だからこそ名前は口に出さないが、ベティもそれを察してくれる。
「そうなんですね……わかりました。個人情報なので、基本的にはそういったことは出来ないんですが、イザベラ様たってのお願いです。お調べしましょう」
 実に無理なお願いだ。役所には役所のルールがあるのだから、それでもベティは了承してくれたみたいだ。
 ベティをいいように利用することに対して、ほんの少しの罪悪感はあった。
 たがしかし、私はそれを悟られないように一言だけ告げた。

「悪いな」

 そんな私に対して彼女は声を一オクターブほど上げて、元気付けるように言う。
「いえいえ、もっと頼ってくださっていいんですよ。私とあなたの仲なんですから」

――結局のところ、ベティが確認できる資料の中には、アルタ以外の勇者に関する情報は存在しなかった。
 役所以外で冒険者を募集しているところには、私は顔が効かない。勇者を探すには難しいだろう。
 ベティは申し訳なさそうにしているが、別に彼女のせいでもない。
 いないなら別にそれでもいいしな。私にとっては重要なことでもないし、ケンの仲間なんてケン自身が見つけるだろう。

「それより、メリーさんの職業調べてみませんか?」
 落ち着きを取り戻したベティが突然そんな提案をする。
 いや、さっきまでそんな話をしていたのだから突然というわけでもないか。しかし、話を戻した理由が気になる。――理由次第では、彼女に対する不信にもなるしな。
「どうしてだ?」
 そう聞き返すと、ベティは深刻そうに尋ね返した。
「ケン様の職業についてはご存知ですか?」
 どうして、それを今効くのだろうか?
「魔法使いだと聞いているが?」
「なるほど……わかりました」
 ベティはそう呟くと何度か頷いた。

「なんで止めなかったんだ?」
「ケン様が魔法使いになったことですか?」
「それ以外なにがある?」
「そうですね……魔力量が尋常じゃないからです。あとは、本人の希望っていうのもありますが、やはり魔力量が多いからこそ、承認することが出来ました」
 若い奴らは、みんな頭の中がお花畑なのだろうか。最初に魔法使いを選ぶなんて死も同じだ。それほどに愚かな行為だというのに……
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界転生したらよくわからない騎士の家に生まれたので、とりあえず死なないように気をつけていたら無双してしまった件。

星の国のマジシャン
ファンタジー
 引きこもりニート、40歳の俺が、皇帝に騎士として支える分家の貴族に転生。  そして魔法剣術学校の剣術科に通うことなるが、そこには波瀾万丈な物語が生まれる程の過酷な「必須科目」の数々が。  本家VS分家の「決闘」や、卒業と命を懸け必死で戦い抜く「魔物サバイバル」、さらには40年の弱男人生で味わったことのない甘酸っぱい青春群像劇やモテ期も…。  この世界を動かす、最大の敵にご注目ください!

あの、神様、普通の家庭に転生させてって言いましたよね?なんか、森にいるんですけど.......。

▽空
ファンタジー
テンプレのトラックバーンで転生したよ...... どうしようΣ( ̄□ ̄;) とりあえず、今世を楽しんでやる~!!!!!!!!! R指定は念のためです。 マイペースに更新していきます。

欠損奴隷を治して高値で売りつけよう!破滅フラグしかない悪役奴隷商人は、死にたくないので回復魔法を修行します

月ノ@最強付与術師の成長革命/発売中
ファンタジー
主人公が転生したのは、ゲームに出てくる噛ませ犬の悪役奴隷商人だった!このままだと破滅フラグしかないから、奴隷に反乱されて八つ裂きにされてしまう! そうだ!子供の今から回復魔法を練習して極めておけば、自分がやられたとき自分で治せるのでは?しかも奴隷にも媚びを売れるから一石二鳥だね! なんか自分が助かるために奴隷治してるだけで感謝されるんだけどなんで!? 欠損奴隷を安く買って高値で売りつけてたらむしろ感謝されるんだけどどういうことなんだろうか!? え!?主人公は光の勇者!?あ、俺が先に治癒魔法で回復しておきました!いや、スマン。 ※この作品は現実の奴隷制を肯定する意図はありません なろう日間週間月間1位 カクヨムブクマ14000 カクヨム週間3位 他サイトにも掲載

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

乙女ゲームの断罪イベントが終わった世界で転生したモブは何を思う

ひなクラゲ
ファンタジー
 ここは乙女ゲームの世界  悪役令嬢の断罪イベントも終わり、無事にエンディングを迎えたのだろう…  主人公と王子の幸せそうな笑顔で…  でも転生者であるモブは思う  きっとこのまま幸福なまま終わる筈がないと…

魔物の装蹄師はモフモフに囲まれて暮らしたい ~捨てられた狼を育てたら最強のフェンリルに。それでも俺は甘やかします~

うみ
ファンタジー
 馬の装蹄師だった俺は火災事故から馬を救おうとして、命を落とした。  錬金術屋の息子として異世界に転生した俺は、「装蹄師」のスキルを授かる。  スキルを使えば、いつでもどこでも装蹄を作ることができたのだが……使い勝手が悪くお金も稼げないため、冒険者になった。  冒険者となった俺は、カメレオンに似たペットリザードと共に実家へ素材を納品しつつ、夢への資金をためていた。  俺の夢とは街の郊外に牧場を作り、動物や人に懐くモンスターに囲まれて暮らすこと。  ついに資金が集まる目途が立ち意気揚々と街へ向かっていた時、金髪のテイマーに蹴飛ばされ罵られた狼に似たモンスター「ワイルドウルフ」と出会う。  居ても立ってもいられなくなった俺は、金髪のテイマーからワイルドウルフを守り彼を新たな相棒に加える。  爪の欠けていたワイルドウルフのために装蹄師スキルで爪を作ったところ……途端にワイルドウルフが覚醒したんだ!  一週間の修行をするだけで、Eランクのワイルドウルフは最強のフェンリルにまで成長していたのだった。  でも、どれだけ獣魔が強くなろうが俺の夢は変わらない。  そう、モフモフたちに囲まれて暮らす牧場を作るんだ!

オタクおばさん転生する

ゆるりこ
ファンタジー
マンガとゲームと小説を、ゆるーく愛するおばさんがいぬの散歩中に異世界召喚に巻き込まれて転生した。 天使(見習い)さんにいろいろいただいて犬と共に森の中でのんびり暮そうと思っていたけど、いただいたものが思ったより強大な力だったためいろいろ予定が狂ってしまい、勇者さん達を回収しつつ奔走するお話になりそうです。 投稿ものんびりです。(なろうでも投稿しています)

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

処理中です...