ファンタズマ

真白 悟

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 楽しい時はすぐに過ぎてしまう。そんな風に時間を作った神を僕はちょっとだけうらみたい気分だ。
 時が前にしか進まないと決められた世界で、僕は延々えんえんと時にとらわれ続けてそして最後には死を迎えることになるだろう。楽しい時というのはその中でもさらに限られた時間の一部でしかない。そんな光陰こういんが放たれた矢のように過ぎ去る一瞬のきらめきが終わりを告げる。

「次、授業だから、もう行かなくちゃ」

 アカリが口惜くちおしそうにそうつぶやく。
 おそらく彼女にとっては、親しい友達との別れを惜しむぐらいの感覚なのだろうが、僕にとってはかがやかしい何かが失われるにも等しくあった。

「そうだね」

 今にもあふれそうな気持ちをかくし、僕は出来る限り愛想あいそをよく見せるために笑って見せた。
 別に二度と会えないというわけでもない。それなのにこんなにも女々めめしくなれる自分に嫌悪感けんおかんすらいだく。
 アカリは立ち上がり食器を片づけ始める。

「あ、そうだ……ご飯はいつおごってくれるの?」
「時間があるなら明日にでも」

 そうだった。僕にはまだまだ時間はある。告白する勇気はなくとも、その猶予ゆうよは十分にあるはずだ。

「ごめん。明日は用事があるから……だから明日のお昼も一緒には食べられないんだよね」
「そ、そうなんだ」

 そんな彼女の言葉ですぐに現実に引き戻された。
 考えても見れば、ほぼ毎日のように一緒に食事をしているのに、たった一日食事をすることの何が楽しいんだ。これも全部あいつのせいだ。あいつが『デートを楽しんで』なんて言うから変に意識してしまった。
 この気持ちのしずみようもあいつのせいだ。

「――だから、次の日曜日なんてどうかな? 久しぶりに休日出かけて、昼食もとるっていうのは?」
「……そ、そうだよな」

 人生そんなにうまくいくはずもない。そんなことは最初からわかっていたことだ。
 そうだよ、単なる友だともなると、休日に遊んで食事するぐらいのことしかできないに決まっている……ってなんだって?

「……嫌?」

 物悲しそうに声のトーンを明らかに落として彼女が聞き返す。
 もちろん嫌なわけがない。あまりにも予想外すぎる言葉に気が動転どうてんしてしまっただけだ。答えはもちろん、迷う事すらなく――

「それでいいよ。楽しみすぎて眠れないくらいにうれしすぎて言葉に詰まっただけだから!!」

 しまった。うれしすぎて余計なことまで口走ってしまった。
 これじゃあ逆にドン引きさせてしまう。

「そうなんだ。よかった! じゃあ、また連絡れんらくするから……って連絡れんらくしなくても同じ講義とってるし、別にすぐに会えるか……でもとにかく連絡れんらくするから! ごめん、本当に時間がないからいかなくちゃ!」
「わかった! 気をつけなよ!」

 彼女はせわしなくテーブルを後にする。
 残された僕は次の予定もなく、特に何もする予定がないわけだ。
 さて何をしようかな。
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