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ベイルモンド砂漠編
居眠り
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灰色の教室に、スーツ姿でバーコード頭の中年男が座っている。黒縁眼鏡を通してこちらをじっと見つめている。
あり得ない光景に一瞬混乱したが、すぐに気づいた。
私は夢を見ているのだ。
世の多くの人は夢見ている時自分が夢の中だと気づかないそうだが、私は夢なら夢といつもはっきり分かる。
どうやらイズマイルの大図書館で居眠りをしてしまっているようだ。
そう思って目の前の男をよく見れば、彼が中学校2年生の時の担任だと分かった。彼は落ち着いた様子で口を開いた。
「どうして此処に呼ばれたかは分かるな?」
「さあ。」
中学時代の私がぶっきらぼうに答える。多くの夢と同様、夢見る私は夢の中の私の言動に干渉できない。
教師は私の答えを予期していたかのように苛立たず言葉を続けた。
「図書室での長谷川との件だ。呼び出されることは分かっていただろう。」
夢を見ている方の私にも、何のことだかわかった。中学2年生の一学期、学校の図書室でクラスメイトに絡まれた。具体的にどんなことを言われたかは覚えていない。ただ当時の私が言い返すのも面倒になって、相手の鼻っ柱に頭突きをして泣かせたのだ。
「ああ。指導か。」
「そうだ。」
「反省して長谷川に謝れって話?」
ここで教師は首を振った。それが中学時代の私にとっては意外だった。
「違うな。長谷川は君の…他の生徒とは違う部分を嘲笑った。敢えてどちらが悪いというならば、今回は長谷川に非があるだろう。」
「…。じゃあ、暴力は良くないって話?」
教師は再び首を振る。
「建前としては、もちろん教師が暴力を肯定することはない。だが、ここだけの話、長谷川は一発ガツンとやられると大人しくなるタイプだ。もうお前に下らないちょっかいを出すことはないだろう。」
「じゃあ、俺は何でここに呼ばれたんだ?」
「さっき言っただろう。指導のためだ。お前は相手がどういうタイプか考えもせずに反射的に頭突きをしたな。逆恨みするタイプやすぐ親に言いつける奴だったら、とは考えもしなかっただろう。正解を引いたのは偶然だ。」
「…。」
去年までの小中学校の担任達とは違う異質な教師の言葉に、中学生の私は戸惑った。教師は机の上で組んだ手を崩さず、淡々と続けた。
「お前は学ばなければならない。『処世術』ってやつをな。多くの子供達は自分で学び取っていくものだが…お前には特殊な家庭というハンデがある。意識的に学ぼうとしなければ身につかない。」
「他の奴らがそんな難しい事を考えながら行動しているようには思えない。」
「まあ、そうかもな。中学生ってのは大抵馬鹿ばかりやっている。でも、そんな奴らでも必要に迫られればすべきことをする。殆どの奴はそういう『感覚』を持っているんだ。だが、お前には無い。そして中学2年の時点でその感覚を持っていない奴がこれから得られる可能性は極めて低い。」
「…。」
「無いものねだりをしても仕方がない。お前は手持ちのカードでやっていくしかない。その方法をこれから一年かけて教えてやる。」
「…。」
「何を言われているのかもよく分からないという顔だな。だが、いずれ分かる。」
そう。今の私には、この時の教師…吉澤先生の言葉の意味が分かる。
中学時代の私は首を傾げる。自分の家庭環境が人と違う事は理解しても、そういった環境が自分の性質に深く影響していることを本質的には分かっていない頃だった。私を腫れ物扱いせず歯に衣着せぬ言葉で私を教え導こうとしたこの奇妙な教師のおかげで、これから私の人生がどれだけ大きく変わったのかも知らない。
世界がもやもやと薄れていく。そろそろ目が覚める。夕方にはアレーナとの約束がある。目覚めたら一度宿に戻って準備をしよう。
あり得ない光景に一瞬混乱したが、すぐに気づいた。
私は夢を見ているのだ。
世の多くの人は夢見ている時自分が夢の中だと気づかないそうだが、私は夢なら夢といつもはっきり分かる。
どうやらイズマイルの大図書館で居眠りをしてしまっているようだ。
そう思って目の前の男をよく見れば、彼が中学校2年生の時の担任だと分かった。彼は落ち着いた様子で口を開いた。
「どうして此処に呼ばれたかは分かるな?」
「さあ。」
中学時代の私がぶっきらぼうに答える。多くの夢と同様、夢見る私は夢の中の私の言動に干渉できない。
教師は私の答えを予期していたかのように苛立たず言葉を続けた。
「図書室での長谷川との件だ。呼び出されることは分かっていただろう。」
夢を見ている方の私にも、何のことだかわかった。中学2年生の一学期、学校の図書室でクラスメイトに絡まれた。具体的にどんなことを言われたかは覚えていない。ただ当時の私が言い返すのも面倒になって、相手の鼻っ柱に頭突きをして泣かせたのだ。
「ああ。指導か。」
「そうだ。」
「反省して長谷川に謝れって話?」
ここで教師は首を振った。それが中学時代の私にとっては意外だった。
「違うな。長谷川は君の…他の生徒とは違う部分を嘲笑った。敢えてどちらが悪いというならば、今回は長谷川に非があるだろう。」
「…。じゃあ、暴力は良くないって話?」
教師は再び首を振る。
「建前としては、もちろん教師が暴力を肯定することはない。だが、ここだけの話、長谷川は一発ガツンとやられると大人しくなるタイプだ。もうお前に下らないちょっかいを出すことはないだろう。」
「じゃあ、俺は何でここに呼ばれたんだ?」
「さっき言っただろう。指導のためだ。お前は相手がどういうタイプか考えもせずに反射的に頭突きをしたな。逆恨みするタイプやすぐ親に言いつける奴だったら、とは考えもしなかっただろう。正解を引いたのは偶然だ。」
「…。」
去年までの小中学校の担任達とは違う異質な教師の言葉に、中学生の私は戸惑った。教師は机の上で組んだ手を崩さず、淡々と続けた。
「お前は学ばなければならない。『処世術』ってやつをな。多くの子供達は自分で学び取っていくものだが…お前には特殊な家庭というハンデがある。意識的に学ぼうとしなければ身につかない。」
「他の奴らがそんな難しい事を考えながら行動しているようには思えない。」
「まあ、そうかもな。中学生ってのは大抵馬鹿ばかりやっている。でも、そんな奴らでも必要に迫られればすべきことをする。殆どの奴はそういう『感覚』を持っているんだ。だが、お前には無い。そして中学2年の時点でその感覚を持っていない奴がこれから得られる可能性は極めて低い。」
「…。」
「無いものねだりをしても仕方がない。お前は手持ちのカードでやっていくしかない。その方法をこれから一年かけて教えてやる。」
「…。」
「何を言われているのかもよく分からないという顔だな。だが、いずれ分かる。」
そう。今の私には、この時の教師…吉澤先生の言葉の意味が分かる。
中学時代の私は首を傾げる。自分の家庭環境が人と違う事は理解しても、そういった環境が自分の性質に深く影響していることを本質的には分かっていない頃だった。私を腫れ物扱いせず歯に衣着せぬ言葉で私を教え導こうとしたこの奇妙な教師のおかげで、これから私の人生がどれだけ大きく変わったのかも知らない。
世界がもやもやと薄れていく。そろそろ目が覚める。夕方にはアレーナとの約束がある。目覚めたら一度宿に戻って準備をしよう。
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