優しい希望

すかーれっとしゅーと

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第19話 妹ができた日

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 最近は、少し暖かくなった。
新しく住み始めた、この都市での生活にも、慣れてきた。
自分でも、様にはなってきたと、勘違いするくらいに慣れた作業着姿。
最初は、頭が重くてやりきれなかった、ヘルメット。
今は、被っていないと不安になるから、不思議である。


★★★


「中山、さん。これは、この、カゴに、入れたら、いい、でしょうか」
「お願いね」
「わかり、ました」

 各所に配布する部品や、消耗品などを分配する。
棚に置いてあるカゴに、番号を確認しながら、納めていく。
配属された当初は、この単純作業に辟易していたが、これにも慣れてきた。


 ここは「部品庫」。
製品を加工していく過程で必要になる部品、もしくは材料を保管する場所である。
この工場には毎日、全国各地から、部品や材料が届く。
取り扱っている部品数、およそ数百万種。
その数多くの届いた部品、材料を、工場各所に滞りなく届けるために、この部署は存在する。
番号で管理され、機械で読み取って、分配されていく。
危険な作業はなく、力仕事もない。
毎日、繰返しの単純作業。
注意散漫にならない限りは、流れ作業で進む、簡単なお仕事……。


17時のチャイムが鳴る。仕事が終わった合図だ。

 いつもなら、同僚とともに、更衣室で着替えて帰路につく。
が、今日は、佐々木部長と約束がある。

約束の時間は17時半。

 私は、ふうっと、ため息を吐いた。
すでに他の同僚は、部署の待機室から退出し、1人になっていた。

「……正直、面倒……」

 誰もいないことを確認してつぶやく。
早く家に帰って「この仕事」から解放されたい。


 佐々木 優、そして、相田 希。
クライアントからマークするように言われている人物である。

今回、佐々木 優と1対1で会うことは、クライアントの希望……なのだろうか。

今日の昼休みに関わった、相田 希の自己紹介生中継。
準備時間が少なくて、佐々木 優の秘書に伝える以外の方法がなかった……。

 本来は、何日かかけて、綿密に計画を立ててから実行するもの。
少なくとも、即日実行するものではない。
クライアントは焦ったのか?


 生中継は成功したものの、佐々木 優に報告が行ってしまった。
不審に思われたのか、勤務時間外に呼び出しということになってしまった。

 何か言い訳を考えるしかない。
早速クライアントに報告し、相談した。
しかし、「上手く立ち回って。お願い!」そんなメールが返ってきた。

いやいやいや。

無理でしょ。完全に疑われているでしょうが。
ここからどうすれば……。


★★★


私のクライアント……、山崎やまさき 小夜さよ。16歳。

 全国有数の警備会社、ヤマサキ綜合警備の1人娘。
この会社、普通の警備関係の仕事以外に、身元調査や組織潜入にまで手を出している。
ただ、その仕事を社員にやらせるわけにはいかない。
万が一見つかったときに、会社に直接しわ寄せがくるからだ。
そのため、部外者に頼んでいる。

私のように。

 私は、つい1年前までは、東京にいた。
東京のあるプロダクションの所属。一応、女優を目指していた。
ただ、容姿は人並みで背は低い。ダンスも人並みにしか踊れない。
そのため、大きな仕事は回って来ず、毎日、エキストラばかりしていた。
年は26歳。見た目は若造りだが、いろいろ後がない……。

 そんな中、代表に呼び出された。
そのときは、契約打ち切りを覚悟した。
が、代表の口から、思ってもいない言葉が飛び出すことになる。

「榎本。お前にしかできない仕事があるが、やるか?」

 その時はびっくりしたものだ。
私にしかできない仕事って。
この世に、そんなものがあるのか……と。

2つ返事で引き受けることにした。


そして、クライアントとの顔合わせ。

 そこに来たのは、学生服を着込んだ少女とスーツ姿の男性。
男性は、シルバーのアタッシュケースを2つ持っている。

 代表が手を擦り合わせながら、少女に向かってペコペコしている。
男性が少女に言われて、アタッシュケースを開ける。
中には諭吉さんがギッシリ詰まっていた。

「その女性を派遣してもらえるなら、これくらい出します」
少女はそんなことを言っている。

「もちろん、派遣します」
代表もホクホク顔だ。不意に肩を叩かれる。

「山崎 小夜様だ。おい、榎本、挨拶しろ」

 不意に話を向けられて慌てる。
詳しく聞いていなかったが、この少女が雇い主のようだ。

「……はい。榎本 あかりと申します。よろしくお願いします」
軽く頭を下げた。

「あかりちゃんか……。山崎 小夜です。今後よろしく」

 見た目学生と思われる少女に、「ちゃん付」された……。
雇い主側からとはいえ、年上に向けてのその言葉。
ショックは大きかった。

「小夜様。榎本様は26歳です。年相応の対応をなされて下さい」
少女は、スーツの男に注意された。

「いーじゃん、相馬。彼女、見た目若いしー」
今までの言葉遣いが、ウソのように、砕けた返しをする彼女。

「あーわかった、わかった」
相馬と呼ばれた男に言われ、面倒くさそうに言い直す。

「榎本ちゃん、よろしくねー」
言い直せていない。わざとなのか。こっちが素なのかもしれない……。

「で、仕事内容だけどー」

 少女は、気にせずに説明を始めた。
相馬さんも代表も黙っている。
すでに、話はついているのだろう。

「榎本ちゃんにはー、潜入捜査をやってもらいまーす」

 えっ?何それ?私の頭が追い付かない。
そんな私に構わず次々と話していく彼女。
主な内容はこんな感じである。

・広島市に住居を移す
・22歳の大卒女性になって、ある会社に潜入してもらう
・その会社の部長を徹底マークする

 なぜ、22歳になる必要があるのか……。
質問すると、少女は後ろに回り込んできた。
肩口まで伸びていた私の髪を2つに分ける。
ツインテールにされた。
この年を考えると、かなり恥ずかしい。

「ね、どこから見ても、大学生のおねーさん」

少女が満足感一杯の顔をして、そんなことを言ってきた。
代表は、私の姿を見て、驚愕している。
対して相馬さんは、表情を変えずに手鏡を渡してくれた。
誰?私なんだけど、別人がそこにいた。
これは確かに、大学生だわ……。

心の整理がつかない私。
そんな私に構わず、彼女からの説明が続く。

 この仕事は1年更新であること、潜り込むための準備はすでに済んでいることなど、様々な事を聞かされた。
報酬は、目が飛び出そうなくらいのものだったので、不満はない。
その割には、拘束はされない。不思議な仕事だ。

1つだけ気になる事柄があった。

・いずれ、山崎 小夜と一緒に住むこと

 雇い主、お客様と一緒に住む。
山崎 小夜は、有名会社社長の1人娘。
近くに置くということは、護衛や身の回りの世話をすることになるのだろうか。 
護身術や家事手伝い、メイド、執事、秘書……。
私はどの技術、知識とも、縁がない。

 それについて彼女に聞いたが、「問題ない」との声。
いつから一緒に住み始めるのかは、まだ決まっていない、とも言われた。

 とりあえず、代表は納得済みのようなので、了承する。
すると相馬さんが、数枚の書類を取り出し、近くの机に広げる。

「榎本様、書類を確認の上、サインをお願いします」

 イスを後ろに下げて、誘導してくる。
座ると、ペンを渡してきた。
彼の手際の良さが、余計に緊張感を呼び立てる。

「先程まで話をしていたことを、書類に示しています。質問があれば、遠慮なくお聞き下さい」

 凛とした声が響く。
そんな彼は、私の一歩左後ろに立ち、見守っているようだ。

 20枚近くある契約書。
独特の緊張感に負けないよう、奮い立てながら確かめていく。
大体は、先程話していた通りの内容だった。

1部を除いて。

 私がその文章を読み終わり、頭を上げると、気配を感じる。
学生服の少女の顔が、私のすぐ横に存在した。

「……その条文については、相馬にも内緒なの」
私の耳元で囁く。

「何も言わずに、サインしてくれると、嬉しいな……」
相馬さんの様子を伺うため、後ろを振り向こうとして、止められた。

「……大丈夫。相馬には、私が確認している様にしか見えないから」
相馬さんの視界を、この少女は、私との間に立つことにより、塞いでいるらしい。

「……いいんですか?」
「うん。アナタがいいの」

 この少女に、どこを気に入られたのだろうか……。
考えても答えが出なかった。
雇い主の彼女が良いと言っているのだ。
私はペンを動かす。

「……しかと、サインを頂きました」
相馬さんは、書類をまとめて、確認している。

「これで、榎本との契約、完了だな」
代表も嬉しそうに声を上げている。

「榎本、がんばってこいよー」
「……はい……」

 私は、煙に包まれた気分でいた。こんな都合のいい契約ってあるのだろうか。
何か裏がありそうだが、思いつかない以上、断る理由はなかった。

「では、小夜様。私はお車を回してきます」

 書類を束ね、片付けた相馬は、颯爽と歩いて出て行った。
代表もアタッシュケースを手に、部屋を出て行ったらしい。
少女と2人きりになっていた。

「よろしくね、あかりお姉ちゃん」
そう言うと抱き着いてきた。

「ハイ、山崎様……」
戸惑いながらも答えると、ブスッとした少女の顔。

「なんで様付、苗字なのー!ブー!ブー!」

 私の座っているイスの脚を蹴ってくる。
軽く。何回も。まるで、じゃれているかのように。

「私はアナタの妹なのよー!妹に苗字呼びはないでしょー!」
……契約書は、本当なのか……。

「わかりました、小夜ちゃん」
「……むー、まあいいよ、お姉ちゃん。許してあげる」

そう言って、にこやかな表情をして、部屋を出て行った。


★★★


そして、昨日。

「アナタのかわいい妹、いざ、参上!」

 そんな声を上げ、私の住居に転がり込んできた、山崎 小夜。もとい、小夜ちゃん。
「私の住居」と言っても、実際は彼女に用意されたものなので、正しくは彼女の住居。

 ある会社の部長、佐々木 優の監視について4か月。
監視とは名ばかりで、実際私のやっていることは、ただの工場勤務。

 昨日聞いた話によると、小夜ちゃんの親友が相田 希で、その娘の許嫁が佐々木 優なのだそうだ。

私を雇った理由って、親友の監視なのだろうか。

その答えは少し違うようだ。
彼女いわく、親友が焦がれる相手の素性が気になったらしい。
他に理由を聞こうとするが、顔を赤くして答えてくれなかった。
誤魔化すつもりなのか、抱きついてくる。

彼女にとっては、会った日以来の「姉成分吸収」なんだとか。
わけがわからない。

でも、そんな彼女は、非常にかわいい。
私も独りっ子だから、妹の存在は新鮮だ。
契約だしね。快く受け入れよう。



★★★


甲は、山崎 小夜(以下、小夜と呼ぶ)の姉になり、小夜を妹扱いすること。
ただし、定められた任務中は、小夜の言うことを聞くこと。


そんな文章を思い出し、私は笑う。

 小夜ちゃん。
姉は妹の言うことを、何でも聞いてしまうものなんだよ。
特に年の離れた姉妹はね……。

 ツインテールも拙い言葉遣いも、全部演技。
妹の要望を受け入れた形。何の意味があるのかなんて、聞いてはいない。

友人にとても仲の良い姉妹がいた。
姉が言うには、普段生意気な妹でも、何だかんだ言って、かわいい、と。
何でも言うことを聞いてしまいたくなるくらい、破壊力抜群なんだそうな。
ならば、姉を演じるなら、その姉妹を目標にしますか。
まだ会って間もない「妹」を想い、にやける。

さて、あきらかに妹の失態のようなので、お姉ちゃんが、言い訳してきますか。

何とか言い訳となる考えをまとめた私は、事務室に向かうのだった。
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