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鷹華の真実
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正体不明の男達に狙われた怖さと、以前の自分を思い出せない恐怖。黒服の男達は、私の過去を知っているのだろうか? 樂斗さんの勧めもあって、通りで襲われたあの日から、私はなるべく店に出ないようにしている。
「ええー鷹華ちゃん今日も休みー? これじゃあ何のために来たのかわからないよ」
「芽衣子さんはきっついもんなぁ。コーヒーだけは美味しいけど……わぶっ」
階下から聞こえる声に、私はどうすることもできない。いつもなら今頃は、お客様の冗談を聞きながら、笑っていたはず。給仕としてあまり役には立たなくても、私だってお店は好きなのに。
淹れたてのコーヒーと甘い香りに包まれたあの場所にいると、心が落ち着くから。お客様の元気な声と街のざわめきに、いつも元気をもらう。私は決して一人じゃない。
そんなことを考えた時、私の頭に閃くものがあった。白い壁に白い天井。鋼鉄製の無機質なベッド。薄茶の髪の眼鏡をかけた白衣の男性――その顔は見えないけれど、何かを話しているようだ。
頭が痛い。貴方は誰? そして私はいったい……
「鷹華、変わりはないか? 巡回しているが、目撃情報が少なくてなかなか捕まらない」
「樂斗さん!」
「そんな顔してどうした? 大丈夫、俺が君を守るから」
私は好きな人にも、無理をさせている。樂斗さんは同僚と担当地域を交代し、私が襲われないように、警戒してくれているのだ。
『弟は武道の達人だから安心なさい』
『でも、彼にもしものことがあれば……』
『そう思っているのは、鷹華だけじゃないってこと。男なら、好きな子の一人や二人、守れなくてどうするの』
『いえ、二人はちょっと……』
そう言って、芽衣子さんと笑い合ったのがつい昨日のこと。早く思い出したい。浮かび上がらない記憶の底に、ヒントはあるはず。
「樂斗さん……ごめんなさい」
何もわからない自分が歯がゆくて、小声で呟く。樂斗さんはいつものように、私の髪をポンポンと撫でてくれる。優しいその手に、私はなぜだか泣きたくなってしまう。
この人を好きになって良かった。私が記憶を取り戻しても、貴方は一緒にいてくれる?
半月後、私は元通りカフェで給仕として働くことになった。あれ以来、男達の姿は見かけない。黒い車はたくさん通るけど、その度にビクビクするのはもうやめた。私の不安でお客様の楽しい時間を壊してはならないと、そう思って。
ところが、それから幾日も経たないうちに黒い車が現れた。車はあろうことか、猛スピードでお店に向かって突っ込んでくる!
「危ないっ」
考える前に反射的に身体が動く。大事なお客様と芽衣子さんに、何かあってからでは遅い。私は持っていたお盆を放り投げ、車の前に走り出ると無意識に手を伸ばす。
次の瞬間、私の手に車のボンネットが激突し、ぐしゃりと歪んで動きを止めた。
「ひぃっ」
「車を一撃?」
「ば、化け物だ!」
飛び込んできたのは、黒服の男達とは関係ない車だったらしい。けれど私は、お店の人々に恐怖を与えてしまった。何より「化け物」と言われたことで、過去の自分の映像が次々と頭に浮かぶ。
「鷹華! あんた平気なの? とにかく二階で手当てをしなさい」
芽衣子さんの言葉に私は素直に従う。
お客様を怯えさせてはいけない。ただその一心で。
私は鷹華。鷹束財閥の総帥の娘として生まれた。小さな頃は何不自由のない生活を送っていたけれど、原因不明の事故で両親が亡くなると一変。七歳の時に実の叔父の手で、研究所に売り飛ばされてしまう。
「若い身体の方が、適合性があっていい」と研究者達は笑った。白い壁と天井、無機質なベッドだけの研究所内の私の部屋。警備は厳重で、逃げることなどできない。怪しい薬で身体を強化され、気づけば力だけが強くなっていた。「軍事利用できるな。お前は高く売れるだろう」。研究者達は喜んだ。
でも私は、そんな自分が嫌だった。狭い場所で一生を終えるのも。太ももの痣は、特殊な薬を入れた注射針の痕。繰り返される実験に、私が耐え抜いた証拠だ。なんてことはない、記憶は私自身が手放したものだった!
私を騙した眼鏡の博士。彼からカギを奪った私は、研究所を抜け出した。山中に身を隠し、ある時は走りある時は歩き。汽車に紛れ密航し、とにかく遠くを目指して私は逃げる。
疲れ切ってたどり着いたこの街――都会に紛れていれば、見つからないと考えた。顔を上げると、昔読んだ絵本のような可愛らしい建物がある。緑の屋根に白い壁、楽しそうな笑い声。中から漂うのは、父が好きだったコーヒーの香り。『LUCK―MAY館』は懐かしい我が家の失った温かさを象徴しているようで。憧れの目でボーっと眺めていたところを、樂斗さんに保護された。
「鷹華! 今、下で聞いた。怪我はなかったか?」
青ざめた様子の樂斗さんが、血相を変えて飛び込んで来る。だけど私は知ってしまった。車なんかに私は傷つけられないと。
全てを思い出し、震える私を樂斗さんが抱き締める。そんな彼に、私はしがみつくことすらできないのだ。力を抜いて寄りかかるだけ。
「樂斗さん……」
あと少し、ほんの少しでいいから。ただの鷹華として、貴方の側にいたい。普通の19歳の女の子として、夢を見ていたいの――
「ええー鷹華ちゃん今日も休みー? これじゃあ何のために来たのかわからないよ」
「芽衣子さんはきっついもんなぁ。コーヒーだけは美味しいけど……わぶっ」
階下から聞こえる声に、私はどうすることもできない。いつもなら今頃は、お客様の冗談を聞きながら、笑っていたはず。給仕としてあまり役には立たなくても、私だってお店は好きなのに。
淹れたてのコーヒーと甘い香りに包まれたあの場所にいると、心が落ち着くから。お客様の元気な声と街のざわめきに、いつも元気をもらう。私は決して一人じゃない。
そんなことを考えた時、私の頭に閃くものがあった。白い壁に白い天井。鋼鉄製の無機質なベッド。薄茶の髪の眼鏡をかけた白衣の男性――その顔は見えないけれど、何かを話しているようだ。
頭が痛い。貴方は誰? そして私はいったい……
「鷹華、変わりはないか? 巡回しているが、目撃情報が少なくてなかなか捕まらない」
「樂斗さん!」
「そんな顔してどうした? 大丈夫、俺が君を守るから」
私は好きな人にも、無理をさせている。樂斗さんは同僚と担当地域を交代し、私が襲われないように、警戒してくれているのだ。
『弟は武道の達人だから安心なさい』
『でも、彼にもしものことがあれば……』
『そう思っているのは、鷹華だけじゃないってこと。男なら、好きな子の一人や二人、守れなくてどうするの』
『いえ、二人はちょっと……』
そう言って、芽衣子さんと笑い合ったのがつい昨日のこと。早く思い出したい。浮かび上がらない記憶の底に、ヒントはあるはず。
「樂斗さん……ごめんなさい」
何もわからない自分が歯がゆくて、小声で呟く。樂斗さんはいつものように、私の髪をポンポンと撫でてくれる。優しいその手に、私はなぜだか泣きたくなってしまう。
この人を好きになって良かった。私が記憶を取り戻しても、貴方は一緒にいてくれる?
半月後、私は元通りカフェで給仕として働くことになった。あれ以来、男達の姿は見かけない。黒い車はたくさん通るけど、その度にビクビクするのはもうやめた。私の不安でお客様の楽しい時間を壊してはならないと、そう思って。
ところが、それから幾日も経たないうちに黒い車が現れた。車はあろうことか、猛スピードでお店に向かって突っ込んでくる!
「危ないっ」
考える前に反射的に身体が動く。大事なお客様と芽衣子さんに、何かあってからでは遅い。私は持っていたお盆を放り投げ、車の前に走り出ると無意識に手を伸ばす。
次の瞬間、私の手に車のボンネットが激突し、ぐしゃりと歪んで動きを止めた。
「ひぃっ」
「車を一撃?」
「ば、化け物だ!」
飛び込んできたのは、黒服の男達とは関係ない車だったらしい。けれど私は、お店の人々に恐怖を与えてしまった。何より「化け物」と言われたことで、過去の自分の映像が次々と頭に浮かぶ。
「鷹華! あんた平気なの? とにかく二階で手当てをしなさい」
芽衣子さんの言葉に私は素直に従う。
お客様を怯えさせてはいけない。ただその一心で。
私は鷹華。鷹束財閥の総帥の娘として生まれた。小さな頃は何不自由のない生活を送っていたけれど、原因不明の事故で両親が亡くなると一変。七歳の時に実の叔父の手で、研究所に売り飛ばされてしまう。
「若い身体の方が、適合性があっていい」と研究者達は笑った。白い壁と天井、無機質なベッドだけの研究所内の私の部屋。警備は厳重で、逃げることなどできない。怪しい薬で身体を強化され、気づけば力だけが強くなっていた。「軍事利用できるな。お前は高く売れるだろう」。研究者達は喜んだ。
でも私は、そんな自分が嫌だった。狭い場所で一生を終えるのも。太ももの痣は、特殊な薬を入れた注射針の痕。繰り返される実験に、私が耐え抜いた証拠だ。なんてことはない、記憶は私自身が手放したものだった!
私を騙した眼鏡の博士。彼からカギを奪った私は、研究所を抜け出した。山中に身を隠し、ある時は走りある時は歩き。汽車に紛れ密航し、とにかく遠くを目指して私は逃げる。
疲れ切ってたどり着いたこの街――都会に紛れていれば、見つからないと考えた。顔を上げると、昔読んだ絵本のような可愛らしい建物がある。緑の屋根に白い壁、楽しそうな笑い声。中から漂うのは、父が好きだったコーヒーの香り。『LUCK―MAY館』は懐かしい我が家の失った温かさを象徴しているようで。憧れの目でボーっと眺めていたところを、樂斗さんに保護された。
「鷹華! 今、下で聞いた。怪我はなかったか?」
青ざめた様子の樂斗さんが、血相を変えて飛び込んで来る。だけど私は知ってしまった。車なんかに私は傷つけられないと。
全てを思い出し、震える私を樂斗さんが抱き締める。そんな彼に、私はしがみつくことすらできないのだ。力を抜いて寄りかかるだけ。
「樂斗さん……」
あと少し、ほんの少しでいいから。ただの鷹華として、貴方の側にいたい。普通の19歳の女の子として、夢を見ていたいの――
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