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第三章 料理で王都に返り咲く

登場したのは……

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 私はそでで涙を拭い、魔界へ続く扉の跡地を見つめた。

「石の扉が突然出現したり…………は、ないか」

 いくら待っても現れない。
 私は深いため息をつくと、森の広場に背中を向けた。

 帰る途中、道なかばを過ぎたところで、誰かの話し声がする。

「本当にこっちで合っているのか?」

「はい。狩人の話によると、この辺に魔界に通じる道があるそうです」

 ――残念! 魔界に通じているのは、道ではなくて扉だ。

 だけど今の声、なんとなく覚えがあるような……。

 慌てて木の陰に隠れると、列を成して歩く人の姿が見えた。
 金糸の入った騎士の制服を着ているから、もしかして王城から派遣された騎士?
 木々の多い森なので、馬は入り口に置いてきたみたい。
 
「偵察隊を出すという話は、本当だったのね」

 だけど石の扉がないため、今はただの空き地だ。いくら探しても、何も出てこない。

 ――どう頑張っても、魔界へは行けないはずよ。

 安心してその場を離れようとしたところ、列の先頭にいる男性が振り向いた。
 金髪のその顔は――。

「エミリオ様!」

「誰だっ」

 元婚約者の王子がいるとは思わなかった。驚いてらした声を、お付きの騎士に聞かれてしまう。

「そこにいるのはわかっている。怪しいやつめ、出てこい!」

 ――どうしよう。このまま隠れてやり過ごす?

 ダメだ。向こうは数が多いから、逃げ切れそうにない。

 考えてみると王子は以前、せた私に気づかなかった。今回も、目を合わせなければ大丈夫。なんとかやり過ごそう。

 うつむきながら出て行くと、騎士が私を取り囲む。

「女、こんなところで何している?」

「道に迷ってしまいました。気づけばここにいて……」

「一人でか?」

「ええ。連れとはぐれてしまいました」

 もちろん真っ赤な嘘だけど、この場合、仕方がないと思う。

「お前、この森がどんなところか知っているのか?」

「いいえ、存じません。この辺には詳しくありませんので」

「……待て。そんな嘘を、我らが信じると?」

「ああ。一般人が魔の森に入ること自体、どう考えてもおかしい」

「女、顔を上げろ」

 私はギュッと目を閉じた。
 観念しつつ顔を上げ、ゆっくり目を開く。すると、王子が青い瞳で私を見ていた。

「殿下、どうします?」

「顔をよく見せろ」

 気づかれたらどうしよう?
 王子は私のことなど忘れているよね?
 どうかヴィオネッタだと、バレませんように。

「お前、魔物か?」

 王子、やっぱりバカなの?
 たとえ魔族であっても、「はい、そうです」と素直に言うとは思えない。

 私は無言で首を横に振る。
 王子は考え込んでいるみたい。

「どこかで見た気がするんだが。お前、僕と会ったことがあ……」

「いいえ」 

 いけない、否定するのが早すぎた。
 エミリオ王子はいぶかしげな視線を向けるし、周りの兵士は剣のつかに手をかけている。
 私はうろたえ息をむ。

「待てよ? 姿は変われど、その瞳には覚えがある。髪も青い部分を多くして、もっと太らせれば……」

 王子が目を丸くする。

「まさか、ヴィオネッタか!?」

「ち、違います!」

 動揺しつつ、即否定。
 どうやらそれが、良くなかったらしい。

「僕の言葉を聞き入れない、可愛げのないところがそっくりだ。それにあいつは、僕がここに追放した」

「いいえ」

「なんと! お前、ここでしぶとく生きていたのだな」

「いいえ!」

 首を横に振り、じりじり後ずさる。
 そんな私に、エミリオ王子が近づく。

「僕を見る目つきも同じ。その緑の瞳、絶対ヴィオネッタだ!」

「いいえ、いいえ!」

「傷一つないとは、驚いた。追放された悪女は、魔の森で魔女になったというわけか」

「違うわ!!」

「殿下、加勢します」

「必要ない。死に損ないには、僕が直接手を下す」

「嫌よっ!」

 私は必死に向きを変え、元来た道を駆け戻る。木々の間をくぐり抜け、森の奥へ。

「待て! 待つんだ、ヴィオネッタ!!」

 かつての婚約者の声が、私の背中を追いかける。
 命の危機が迫っているのに、待てと言われて待つバカはいない。

 狼に追われた際は、扉の中に逃げた。
 それなら今は?
 草地に行けば、なんとかなる?



 草地の広場に出てみるが、依然がらんとしている。石の扉など見当たらず、絶望が身体を貫いた。

「そんな!」

 立ち止まった私の後ろで、声が聞こえる。

「逃げ足がずいぶん速くなったようだな。だが、ここまでだ。悪しき者は成敗してやる」

「嫌よ! わたくしは、何も悪くない!!」

「悪人は、みんなそう言う」

 王子に同意するように、周りの騎士達が笑い声を上げた。
 その手は全員、腰に下げた剣の柄にかかっている。

 ――今度こそ、ダメみたい。

 思わず胸に手を当てた。
 せっかく生き延びたのに、真面目に頑張ってきたのに、私は今日、ここで終わるのね。
 
「もう一度会いたかった。魔界のみんなと魔王、いえ、レオンザーグ様……」

「ごちゃごちゃと何を言っている? 往生際が悪いぞ」

 王子が剣を抜くのに合わせて、周りの騎士も剣を抜く。

 怖くて身をちぢめた直後、立っていられないほどの突風が吹いた。

「なんだ? 何が起こった?」

「殿下、こちらへ」

 その場でしゃがんだ私をよそに、騎士達が騒ぐ。多くの木々が揺れたので、避難を優先するのだろう。

 けれど王子は聞き入れず、剣を振り上げた。

「魔女め、覚悟し……」

 その途端、目の前を炎が走る。

「うわっ」

 王子は慌てて飛び退くが、火の粉が鼻先をかすめたようだ。一方私に怪我けがはない。

「あちっ、熱いぞ!!」

 炎は草地で壁となり、ちょうど私と王子達とを分断していた。

「殿下、ご無事ですか?」

「今のはどこから……ま、まま、まさか」

「あれを見ろ!」

 つられるように空を見上げて驚いた。
 なんと大きなドラゴンが、上空を旋回している!

 突如、ドラゴンが急降下。
 エミリオ王子の一行は、焦って逃げ惑う。

「引け、引けーーっ」

「ドラゴンがいるとは聞いてないぞ」

「殿下、早く!」

「何をやってる。こっちだっ」

 私のことなどそっちのけ。
 騎士は王子を回収し、一目散に逃走していく。

 当のドラゴンはというと、低空飛行で彼らに炎を吐いていた。
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