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第二章 魔界の料理は命懸け!?
魔王のひとりごと
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「今日はまだ、来ておらぬのか?」
「はい、まだのようです」
侍従が左右に首を振る。
仕方なく着ていたマントを翻し、ドサリと席に着く。
魔王の仕事はこれでも忙しく、たった今帰還したばかりだ。
「……疲れたな」
「お一人で向かわれたからでしょう。クリストラン様をお連れになられた方が、よろしかったのでは?」
「あやつには、書類仕事を任せておる。それに人間界には、行きたくもなかろう」
「それは、そうかもしれませんが……」
エルフの森から要請が来た。
なんでも人間が森を焼き払おうとしている、と慌てていたのだ。
人間側の言い分は、「森に住む魔族に襲われた」。
だが、あの地に魔族はおらず、エルフも人との関わりを好まない。
嘘をついてまで森を我がものにしようと企む人間は、地下の鉱脈狙いか、あるいは川の砂金を手に入れたかったのか。
ともかく直接出向き、追い払うことにした。
『魔物が出た!』
『残虐非道の魔王だ。神よ、お助けを』
散り散りになって逃げる兵の姿は、見ものだった。
自分達が魔族に襲われたと広めたくせに、今さら何を言う。
「残虐非道の魔王……か。最初に仕掛けたのは、人間だがな」
人は神に祈り、聞き届けられないと知るや、魔族のせいにする。己の勝手を顧みず、魔族に罪をなすりつけることもあるのだ。
「神もいい加減、迷惑だろうに」
呟き、窓辺に移動した。
人の中にはもちろん、善良な者もいる。
窓の外の淡い光は、その善良なる者に請われて魔力を注いだ光の球だ。維持にはほとんど魔力を使わないが、そのことを彼女は知らない。
「知れば、訪ねて来ぬかもしれぬな」
「魔王様、今、なんと?」
「なんでもない」
片手を上げて、侍従に退がれと合図した。
もうすぐ彼女がやってくる。
人間は愚かだと知りつつも、彼女は不思議と憎めない。顔を見て言葉を交わす時間が、近頃は待ち遠しくもある。
「待ち遠しいのは、彼女の作る料理か?」
ノックの音が響いたため、触れずに扉を開く。
戸口に立つヴィオネッタは、今日も目を瞠っている。
――相変わらず、魔法には慣れていないらしい。
白いキャップからこぼれた青い髪と、輝く緑の瞳。整った顔立ちだが、彼女は何より魂の色が美しい。
「魔王様、大変お待たせいたしました。本日は、シュー・ア・ラ・クレームです!」
得意げな笑みを浮かべているところを見ると、今回も満足のいくものができたのだろう。
「しゅーあらくれーむ、とは? 昨日は、ぷりんあらもーど、だったぞ。同じ仲間か?」
「言われてみればそうですね。二つとも人気があります。シュークリームやプリンという名で親しまれているんですよ」
「しゅーくりーむ……か」
彼女が手にした盆の上には、薄茶の塊が載っていた。
光の球のお礼にと、ヴィオネッタは甘い菓子をせっせと作っては、運んでくる。
手作りのジャムを添えたパイやスコーン、サブレやタルトにジュレ。ジェラートは、冷たくて美味しかったな。
「甘いものは疲れに効きます。さ、どうぞ」
黒曜石を加工したテーブルの上には、侍従が淹れたお茶がある。退がれと命じたはずなのに、気の利くやつだ。
そっと置かれた『しゅーあらくれーむ』とやらも、その存在を主張している。
「一つは岩で、もう一つは水鳥を象っているのか?」
「ええっと。一つは一般的な形で、シューはキャベツを意味します。もう一つは白鳥なのですが……」
「きゃべつ? よくわからぬが、食べものなのか?」
「はい。野菜の一種です」
「こっちは白鳥か。口に入れば同じなのに、なぜ手間をかける?」
「もちろん、魔王様にご覧いただきたくて。見た目も楽しい方が、ワクワクするでしょう?」
「そんなものか?」
「ええ。料理は味も大事ですが、見た目も大事です」
食事は魔力を得るためなので、正直なんでも構わない。
だが、みなは違うようで、年々不満を募らせていた。そんな魔族の様子を見て、このままで良いのかと頭を悩ませていたことは、事実だ。
きっかけは、彼女の放った一言だった。
『わたくしなら、魔界の食糧事情を改善できるでしょう』
何をバカなと呆れたが、もしその言葉が真実だとしたら?
魔界に迷い込む者が、今までいなかったわけではない。
通常は他の魔族の目を欺くため、床の魔法陣に引き込むフリをして、遠くに飛ばす。転移先がどこかは知らぬが、命を失うよりはマシだろう。
いつもはそれで済むはずなのに、あの時ばかりはためらいが生じた。
――信用できる……か?
それからは、人間である彼女を魔界に繋ぎとめ、料理をさせたり食材の調査をさせてみたり。ここまで真面目に働くとは予想外だが、嬉しい誤算でもある。
城の食事が改善されたため、魔力不足を訴える魔族はほとんどいなくなった。
「ささ、遠慮なさらずにどうぞ」
ヴィオネッタが、期待に満ちた顔を向けている。
我の感想を待っているのか?
「柔らかい。中のこれは?」
「カスタードクリームといって、卵と先日のてんさい糖に少量の麦の粉を合わせたものです」
「悪くない」
「ありがとうございます!」
ぶっきらぼうな答えにも、ヴィオネッタは礼を言う。
明るい口調のせいか、逆境にも負けない強靱な精神のせいか。
あのフェンリルですら、この人間には一目置いている。下級魔族のインプは言うまでもなく、サイクロプスやスケルトン、ゴブリンや人に恨みを持つドワーフまでもが、彼女の虜だ。
種族を超えた感情や、特別な時間。
理解できぬこともないが、自分は魔族の王として、人に流されるわけにはいかない。
たとえ彼女が、稀有な魂を持つ者だとしても。
「魔王……様?」
両手で盆を抱えた彼女が、首をかしげる。
優しい言葉をかけるのは簡単だが、いずれ人間界に戻す者と親しくしても、意味がない。
「ご苦労だった。退がってよいぞ」
けれど彼女はまだ、ぐずぐずしている。
「あのぉ……」
「なんだ、まだ何か?」
「魔王様のお好きなものは、なんですか?」
「そなたの作るものなら、なんでもいい。今日のも嫌いではない」
「わかりました。頑張りますね!」
ヴィオネッタは笑い、弾むような足取りで部屋を出た。
突き放すように告げたのに、喜ぶとはどういうことだ?
――人間は、よくわからない。
「はい、まだのようです」
侍従が左右に首を振る。
仕方なく着ていたマントを翻し、ドサリと席に着く。
魔王の仕事はこれでも忙しく、たった今帰還したばかりだ。
「……疲れたな」
「お一人で向かわれたからでしょう。クリストラン様をお連れになられた方が、よろしかったのでは?」
「あやつには、書類仕事を任せておる。それに人間界には、行きたくもなかろう」
「それは、そうかもしれませんが……」
エルフの森から要請が来た。
なんでも人間が森を焼き払おうとしている、と慌てていたのだ。
人間側の言い分は、「森に住む魔族に襲われた」。
だが、あの地に魔族はおらず、エルフも人との関わりを好まない。
嘘をついてまで森を我がものにしようと企む人間は、地下の鉱脈狙いか、あるいは川の砂金を手に入れたかったのか。
ともかく直接出向き、追い払うことにした。
『魔物が出た!』
『残虐非道の魔王だ。神よ、お助けを』
散り散りになって逃げる兵の姿は、見ものだった。
自分達が魔族に襲われたと広めたくせに、今さら何を言う。
「残虐非道の魔王……か。最初に仕掛けたのは、人間だがな」
人は神に祈り、聞き届けられないと知るや、魔族のせいにする。己の勝手を顧みず、魔族に罪をなすりつけることもあるのだ。
「神もいい加減、迷惑だろうに」
呟き、窓辺に移動した。
人の中にはもちろん、善良な者もいる。
窓の外の淡い光は、その善良なる者に請われて魔力を注いだ光の球だ。維持にはほとんど魔力を使わないが、そのことを彼女は知らない。
「知れば、訪ねて来ぬかもしれぬな」
「魔王様、今、なんと?」
「なんでもない」
片手を上げて、侍従に退がれと合図した。
もうすぐ彼女がやってくる。
人間は愚かだと知りつつも、彼女は不思議と憎めない。顔を見て言葉を交わす時間が、近頃は待ち遠しくもある。
「待ち遠しいのは、彼女の作る料理か?」
ノックの音が響いたため、触れずに扉を開く。
戸口に立つヴィオネッタは、今日も目を瞠っている。
――相変わらず、魔法には慣れていないらしい。
白いキャップからこぼれた青い髪と、輝く緑の瞳。整った顔立ちだが、彼女は何より魂の色が美しい。
「魔王様、大変お待たせいたしました。本日は、シュー・ア・ラ・クレームです!」
得意げな笑みを浮かべているところを見ると、今回も満足のいくものができたのだろう。
「しゅーあらくれーむ、とは? 昨日は、ぷりんあらもーど、だったぞ。同じ仲間か?」
「言われてみればそうですね。二つとも人気があります。シュークリームやプリンという名で親しまれているんですよ」
「しゅーくりーむ……か」
彼女が手にした盆の上には、薄茶の塊が載っていた。
光の球のお礼にと、ヴィオネッタは甘い菓子をせっせと作っては、運んでくる。
手作りのジャムを添えたパイやスコーン、サブレやタルトにジュレ。ジェラートは、冷たくて美味しかったな。
「甘いものは疲れに効きます。さ、どうぞ」
黒曜石を加工したテーブルの上には、侍従が淹れたお茶がある。退がれと命じたはずなのに、気の利くやつだ。
そっと置かれた『しゅーあらくれーむ』とやらも、その存在を主張している。
「一つは岩で、もう一つは水鳥を象っているのか?」
「ええっと。一つは一般的な形で、シューはキャベツを意味します。もう一つは白鳥なのですが……」
「きゃべつ? よくわからぬが、食べものなのか?」
「はい。野菜の一種です」
「こっちは白鳥か。口に入れば同じなのに、なぜ手間をかける?」
「もちろん、魔王様にご覧いただきたくて。見た目も楽しい方が、ワクワクするでしょう?」
「そんなものか?」
「ええ。料理は味も大事ですが、見た目も大事です」
食事は魔力を得るためなので、正直なんでも構わない。
だが、みなは違うようで、年々不満を募らせていた。そんな魔族の様子を見て、このままで良いのかと頭を悩ませていたことは、事実だ。
きっかけは、彼女の放った一言だった。
『わたくしなら、魔界の食糧事情を改善できるでしょう』
何をバカなと呆れたが、もしその言葉が真実だとしたら?
魔界に迷い込む者が、今までいなかったわけではない。
通常は他の魔族の目を欺くため、床の魔法陣に引き込むフリをして、遠くに飛ばす。転移先がどこかは知らぬが、命を失うよりはマシだろう。
いつもはそれで済むはずなのに、あの時ばかりはためらいが生じた。
――信用できる……か?
それからは、人間である彼女を魔界に繋ぎとめ、料理をさせたり食材の調査をさせてみたり。ここまで真面目に働くとは予想外だが、嬉しい誤算でもある。
城の食事が改善されたため、魔力不足を訴える魔族はほとんどいなくなった。
「ささ、遠慮なさらずにどうぞ」
ヴィオネッタが、期待に満ちた顔を向けている。
我の感想を待っているのか?
「柔らかい。中のこれは?」
「カスタードクリームといって、卵と先日のてんさい糖に少量の麦の粉を合わせたものです」
「悪くない」
「ありがとうございます!」
ぶっきらぼうな答えにも、ヴィオネッタは礼を言う。
明るい口調のせいか、逆境にも負けない強靱な精神のせいか。
あのフェンリルですら、この人間には一目置いている。下級魔族のインプは言うまでもなく、サイクロプスやスケルトン、ゴブリンや人に恨みを持つドワーフまでもが、彼女の虜だ。
種族を超えた感情や、特別な時間。
理解できぬこともないが、自分は魔族の王として、人に流されるわけにはいかない。
たとえ彼女が、稀有な魂を持つ者だとしても。
「魔王……様?」
両手で盆を抱えた彼女が、首をかしげる。
優しい言葉をかけるのは簡単だが、いずれ人間界に戻す者と親しくしても、意味がない。
「ご苦労だった。退がってよいぞ」
けれど彼女はまだ、ぐずぐずしている。
「あのぉ……」
「なんだ、まだ何か?」
「魔王様のお好きなものは、なんですか?」
「そなたの作るものなら、なんでもいい。今日のも嫌いではない」
「わかりました。頑張りますね!」
ヴィオネッタは笑い、弾むような足取りで部屋を出た。
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――人間は、よくわからない。
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