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第一章 めざせクロムサマスター
悪役令嬢クラリス
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「私の推しなのに! もうちょっと優しい言葉をかけてくれても……って、脱線したわね」
クラリスの顔色を窺いながら、急いで言葉を続ける。
「だから私、ゲームではわざと好感度を上げなかったの。そうすれば、クロム様と結ばれるルートがどこかで出現するかもしれないでしょう?」
「発想が怖いわ。それで?」
「結果は惨敗。全員の好感度をちょっとずつでも上げておかないと、カトリーナはクロム様に殺されてしまうの」
「まあね、ファンの間で『死にゲー』と言われていたくらいだもの。いくら複数の命を持つヒロインでも、大きなイベントを失敗すると一発でゲームオーバーよ」
「そこが悩みどころなのよね~」
オタク仲間って素晴らしい。
マニアックな話題でも、一度で通じる。
「ところでクラリスは、ファンブック『a piece of rose』は読んだ?」
「ファンブックって、攻略本のこと?」
「いいえ、純粋なファンブックよ。今の答えでわかったわ。読んでいないのね」
「……ええ」
つい責めるような口調になったのは、そこにクロム様の情報が記されているからだ。
「クロム様がものすごくカッコいいから、ぜひ読むべきだったわ! 街中にたたずむ彼の寂しそうな横顔。よく見ると、黒いコートの中で雨に打たれた捨て犬を暖めているの。そんなイラストに添えられた『心優しき暗殺者』の文字。何度見ても、切なさで涙が溢れたわ!」
「暗殺者なのに、心優しい???」
「ええ。ファンブックによると、クロム様は暗殺者と呼ぶには優しすぎる性格なの。最初の任務を遂行した時、幼い彼は一晩中泣いていた。『ごめんなさい、ごめんなさい』と、繰り返し呟いて。大人になっても性格は変わらず、小動物や子供に弱いみたい。高い戦闘能力を誇る暗殺者なのに、弱いものには優しいの。そんなギャップが、たまらなく素敵でしょう?」
「いや、ごめん。何を言っているのか、全然わからない」
クラリスったら、ひどいわ。
「だ~か~ら~。すんごくカッコいいのに控えめだし、暗殺者なのに心優しいんだってば。『バラミラ』に登場するキャラの中で誰よりも素敵だし、声も深みがあってセクシーだし」
「はあ? 聞き捨てならないわね。一番カッコいいのは、ルシウス様でしょう」
「ま~たその話? クラリスったら、私にルシウスの良さを力説しても無駄よ」
当時大学生だった私が毎日頑張ろうと思えたのは、クロム様と出会えたからだ。
彼への想いは、決して揺るがない。
「その話って? カトリーナこそ、結局クロムの話に持って行くじゃない。メインヒーローはルシウス様よ。彼ほど素晴らしい人はいないわ」
『バラミラ』の悪役令嬢クラリスは、攻略対象達を次々誘惑し、ヒロインの好感度をビシバシ下げていく。
カトリーナよりも大人っぽい顔立ちで、控えめに言って美人。スタイルも良く色気もあるが、とにかく性格が悪かった。
でも、目の前にいるクラリスは気さくで、隣国の第一王子ルシウスに夢中。
前世で倉田ありすという名の彼女は、私より若くして亡くなったらしい。病床で『バラミラ』にハマっていたと、話してくれたことがある。
元気に生まれ変わった彼女と、推しについて熱く語れる時間は貴重。
気づけばお茶もお菓子も進む。
「月を背にした立ち姿、本当にちゃんと見た? クロム様がカッコよくて日本中が発狂してもおかしくないのに、どうしてスチルがないのかしら」
「それを言うなら、ルシウス様の戦闘シーンでしょ。珍しいし絶対絵になるのに、スチルがないとは許せない!」
「あら、スチルがあるだけマシじゃない。クロム様はあんなにカッコいいのに、一枚しかないのよ。それもぼんやりしているし。カトリーナの驚く顔なんてどうでもいいから、クロム様をアップにしなさいよ! グッズだってちょっぴりで、くじを当てるのに苦労したんだから」
ファンの間で一番人気は、クラリスの好きなルシウスだ。
グッズも彼が一番多く、ぬいぐるみやフィギュア、アクリルキーにアクリルスタンド、缶バッジに文房具に財布やハンカチ、キーケースなど種類も豊富だった。
それに比べて、私のクロム様は……。
「たくさんあるのも大変だけど? 集めるためにお金がかかるし、お年玉だけでは足りなくて、バイトを増やしたわ」
クラリスも不満を口にする。
紅茶を何杯もお代わりし、互いに充実した時を過ごした。
『ファンの集い』はいつもこんな感じ。
好きな相手のことを勝手にしゃべっているだけの気もするが、楽しいからいいのだ。
――悪役令嬢? 何それ、そんなのいたっけ?
クラリスの顔色を窺いながら、急いで言葉を続ける。
「だから私、ゲームではわざと好感度を上げなかったの。そうすれば、クロム様と結ばれるルートがどこかで出現するかもしれないでしょう?」
「発想が怖いわ。それで?」
「結果は惨敗。全員の好感度をちょっとずつでも上げておかないと、カトリーナはクロム様に殺されてしまうの」
「まあね、ファンの間で『死にゲー』と言われていたくらいだもの。いくら複数の命を持つヒロインでも、大きなイベントを失敗すると一発でゲームオーバーよ」
「そこが悩みどころなのよね~」
オタク仲間って素晴らしい。
マニアックな話題でも、一度で通じる。
「ところでクラリスは、ファンブック『a piece of rose』は読んだ?」
「ファンブックって、攻略本のこと?」
「いいえ、純粋なファンブックよ。今の答えでわかったわ。読んでいないのね」
「……ええ」
つい責めるような口調になったのは、そこにクロム様の情報が記されているからだ。
「クロム様がものすごくカッコいいから、ぜひ読むべきだったわ! 街中にたたずむ彼の寂しそうな横顔。よく見ると、黒いコートの中で雨に打たれた捨て犬を暖めているの。そんなイラストに添えられた『心優しき暗殺者』の文字。何度見ても、切なさで涙が溢れたわ!」
「暗殺者なのに、心優しい???」
「ええ。ファンブックによると、クロム様は暗殺者と呼ぶには優しすぎる性格なの。最初の任務を遂行した時、幼い彼は一晩中泣いていた。『ごめんなさい、ごめんなさい』と、繰り返し呟いて。大人になっても性格は変わらず、小動物や子供に弱いみたい。高い戦闘能力を誇る暗殺者なのに、弱いものには優しいの。そんなギャップが、たまらなく素敵でしょう?」
「いや、ごめん。何を言っているのか、全然わからない」
クラリスったら、ひどいわ。
「だ~か~ら~。すんごくカッコいいのに控えめだし、暗殺者なのに心優しいんだってば。『バラミラ』に登場するキャラの中で誰よりも素敵だし、声も深みがあってセクシーだし」
「はあ? 聞き捨てならないわね。一番カッコいいのは、ルシウス様でしょう」
「ま~たその話? クラリスったら、私にルシウスの良さを力説しても無駄よ」
当時大学生だった私が毎日頑張ろうと思えたのは、クロム様と出会えたからだ。
彼への想いは、決して揺るがない。
「その話って? カトリーナこそ、結局クロムの話に持って行くじゃない。メインヒーローはルシウス様よ。彼ほど素晴らしい人はいないわ」
『バラミラ』の悪役令嬢クラリスは、攻略対象達を次々誘惑し、ヒロインの好感度をビシバシ下げていく。
カトリーナよりも大人っぽい顔立ちで、控えめに言って美人。スタイルも良く色気もあるが、とにかく性格が悪かった。
でも、目の前にいるクラリスは気さくで、隣国の第一王子ルシウスに夢中。
前世で倉田ありすという名の彼女は、私より若くして亡くなったらしい。病床で『バラミラ』にハマっていたと、話してくれたことがある。
元気に生まれ変わった彼女と、推しについて熱く語れる時間は貴重。
気づけばお茶もお菓子も進む。
「月を背にした立ち姿、本当にちゃんと見た? クロム様がカッコよくて日本中が発狂してもおかしくないのに、どうしてスチルがないのかしら」
「それを言うなら、ルシウス様の戦闘シーンでしょ。珍しいし絶対絵になるのに、スチルがないとは許せない!」
「あら、スチルがあるだけマシじゃない。クロム様はあんなにカッコいいのに、一枚しかないのよ。それもぼんやりしているし。カトリーナの驚く顔なんてどうでもいいから、クロム様をアップにしなさいよ! グッズだってちょっぴりで、くじを当てるのに苦労したんだから」
ファンの間で一番人気は、クラリスの好きなルシウスだ。
グッズも彼が一番多く、ぬいぐるみやフィギュア、アクリルキーにアクリルスタンド、缶バッジに文房具に財布やハンカチ、キーケースなど種類も豊富だった。
それに比べて、私のクロム様は……。
「たくさんあるのも大変だけど? 集めるためにお金がかかるし、お年玉だけでは足りなくて、バイトを増やしたわ」
クラリスも不満を口にする。
紅茶を何杯もお代わりし、互いに充実した時を過ごした。
『ファンの集い』はいつもこんな感じ。
好きな相手のことを勝手にしゃべっているだけの気もするが、楽しいからいいのだ。
――悪役令嬢? 何それ、そんなのいたっけ?
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