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第五章 あなただけを見つめてる

クロムの秘密 2

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 灰色のローブを突き飛ばした彼女は、自ら犠牲となっていた。

「あり得ない!」

 一歩間違えば死んでいた。
 心優しき王女は自分の命と引き換えに、一般人を助けようとしたのだ。

 ちっぽけな命などかえりみる必要はないと、俺は学んだ。
 人はみな、いつかは死に至る。それが早いか遅いかの違いで、我々の仕事は少し背中を押すだけ。だから何も気にする必要はないのだ、と。

 でもそれは、大きな間違いだった。
 命の光を消すたびに、心はすさびすり減っていく。

 ――王女を殺したくない!

 その考えは、組織からの脱退を考えるきっかけともなった。

『殿下はもっと、ご自分を大事になさるべきです。あの時、私がどれほど……』

 ……心配し、失いたくないと焦ったか!

 後日。危うく本音を吐露とろしそうになった俺は、慌てて口をつぐむ。

 ――俺に、カトリーナは殺せない。傷つけたくもない!!
 
 認めてしまえば簡単だった。
 なぜあんなにも、一緒にいる時間が貴重だと思えたのか。
 なぜ彼女を見るだけで、心がおどるのか。
 自身の秘密を暴露して、知ってほしいと願ったわけも。

 自分はもうとっくに、カトリーナにかれていたのだ!

 だけど自分は暗殺者。
 高貴な王女の側に、いていい存在ではない。



 だからこそ、わざと明るい満月の日を選び、カトリーナの部屋を訪れた。
 真実をはっきり見せて怖がらせ、俺への未練を断ち切らせるためだ。敵の刺客しかくに注意するよう警告し、姿を消すはずだった。

 それなのに――。

『かま~~~ん☆』
『…………は?』
 
 予想とは大きく異なる行動に、俺は心底目をむいた。
 警戒しろとうながすはずが、俺が王女を警戒する羽目に。身体全体で引き留める姿には、執念さえうかがえた。

 ――いったいどういうわけだ!?

 しかし愛情に飢えた自分には、その執念さえも心地いい。

 ――俺はこれからも、ここにいていい……のか?

 だが、その考えは甘かった。
 王女の視察に同行した帰り道、山賊に遭遇してしまう。
 組織の追っ手だと知って難なく倒したものの、このまま城にいてはカトリーナに危険が及ぶ。

 そう考えて街中に身を隠した俺を、なんと彼女自身が探しに来たのだ。
 牢にいる俺に会いに来たせいで、カトリーナは高熱を出し、倒れてしまった。

 ――一国の王女がこんな男のために、自分を犠牲にする必要はない。どうしてそこまで!!

 カトリーナのたっての願いで牢から釈放された俺は、いてもたってもいられずに人目を忍んで会いに行く。
 すると、俺に気づいた彼女がガラス戸を開けた。

『クロム様、あのね……』

 ふらふらしていた身体を、腕に抱き上げた。そこで俺は、よくわからない告白を受ける。

『あのね、私、あなたが好きなの。どれくらい好きかというと、ファンブックをすり切れるほど読み込んで…… 』

 意味不明な単語があるものの、カトリーナの目は真剣だ。

『大切なあなたに、笑顔になってもらいたい。私があなたを幸せにする。だからお願い……』

 当てたひたいはまだ熱い。
 熱に浮かされているせいで、こんなことを言うのだろう。
 ところが彼女は、目を合わせて口にする。

「好きよ」

 焦がれるほどの憧憬どうけいと渇望が、胸を締めつける。

 ――君は、そこまでこの俺を……。

「…………俺も」

 気づけば、そう答えていた。
 もしも望んでいいのなら、この先もずっとカトリーナの近くにいたい。日だまりのような明るさに、自分は何度も救われたから。

 俺は城に留まって、彼女の側で生きていくと誓った。



 セイボリーの王子が、自国に向けて出立したのと同時刻。
 王太子のハーヴィーに呼び出された。

 専用の執務室というだけあって、家具は磨き抜かれた高価なマホガニー製。あらかじめ人払いをしていたらしく、部屋には二人だけ。

 カトリーナの強い意向により、城への残留が認められた。
 アルバーノの捕縛に手を貸したので、犯罪者として扱われることもない。

 ――そんな俺になんの用だ?

「クロム・リンデル。いや、クロム。お前はオレガノ帝国の前の王について、どこまで知っている?」

 貧民街で暮らしていた俺は、王の顔など知るよしもない。また、かの王が亡くなってから二十年近くが経っている。

「個人的には何も。基礎的な知識として、武官上がりの現在の王にほろぼされたと学びました。先王の血を引く者は存在せず、【太陽の瞳】も消滅した、と」
「確かにそこまでが、広く知られているオレガノ帝国の歴史だ」

 ハーヴィーがうなずく。

「平民から成り上がった今の王に、王族の特徴を示す瞳の力はない。ところで【太陽の瞳】とは、どんな能力だと思う?」
「……わかりません。ですが、反乱が起こって以前の王の一族が根絶やしにされたため、瞳の力も失われたと聞いています。議論の必要性を感じません」
「本当にそうかな?」

 柔らかい口調のハーヴィーだが、その表情にはすきがない。

「おっしゃる意味が、わかりかねますが」
「そう。それなら教えてあげよう。【太陽の瞳】の力は強大で、闇を払い真実を照らし出すらしい」
「初めて聞きました」
「公にされていないからね。オレガノ国の先王は、自分の力を恐れていた。闇を払うとは、すなわち闇に対抗する唯一の手段。有事の際は先頭に立ち、戦わなければならない。おとなしい性格の王には、それが耐えられなかったのだろう。同じ苦労をさせたくなくて、わざと子を成さなかったという噂だ」
「そう……ですか」
「……と、ここまでが大金を積むと手に入る情報だ。でも、まだ続きがある」

 俺は無言で目を細めた。

「オレガノ帝国の先王には、隠し子がいたそうだ。国王の子を宿した女性が発覚を恐れて逃亡し、どこかでひっそり産み落とした。必死の捜索にもかかわらず、女性も子供も見つからない。どこにいったんだろうね?」
「……さあ」
「子を成さないと決めたものの、前王はどこかで期待していたらしい。気落ちし自棄やけになった彼を、反乱軍が滅ぼした」

 ハーヴィーは言葉を切って、俺を見据えた。

「クロム、この話に思うところがあるのでは?」
「いいえ、ありません」
「即答かい? 顔色も変えないとは、たいしたものだね」

 彼はいったん言葉を切ると、俺の耳に顔を寄せる。

「前オレガノ王が愛した唯一の女性は、宮廷画家らしい」

 ああ――。
 半ば予想はしていたが、これでようやくブローチに刻まれた言葉の意味がわかった。

【わたしを探さないで】

 母は恐らく、国王から逃げていたのだ。
 生まれた俺を、父親である王に悟られまいとして。

「クロム、自分でも薄々気づいているのだろう? お前だけが煙の中を自由に動けた。闇に取り込まれたアルバーノでさえ、お前にはかなわない。それが全て、真実を照らし出す【太陽の瞳】の能力のおかげだとしたら?」
「……まさか。たまたまでしょう」

 肩をすくめた俺の前で、彼がため息をつく。

「ま、今の時点ではそういうことにしておこう。話は以上だ。行っていいよ」
「失礼いたします」
「いや、まだだ」

 戸口に向かった俺の背中に、再び声がかかる。

「でも、これだけは覚えておいてくれ。たとえ亡き王の息子でも、私はお前を認めない。カトリーナは、私がこの手で幸せにする」

 ドアに手をかけたまま、ゆっくり振り向く。
 射貫くようなハーヴィーの目に、俺も負けじと視線を合わせた。

「なるほど。この私に宣戦布告というわけか。お前はそこまで、あの子のことを?」
「はい」
「……しゃまああああ、しゅきいいいい☆」

 応えた声に、外から聞こえた謎の絶叫が重なった。
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