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第五章 あなただけを見つめてる
ルシウスの回想 1
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大事なカトリーナが、傷つけられずに済んだ。
暴れたのはアルバーノという男で、彼女とは旧知の仲らしい。
けれど、僕――ルシウスには、アルバーノより無視できない者がいる。先ほど呼び出したので、もうすぐ来るはずだ。
ここは、大輪の薔薇の模様が表現された木の床と、赤い壁紙が貼られた小さな部屋。事件の起こった大広間からは、だいぶ離れている。
内密な話に適している反面、有事の際は逃げ場がないため危険を伴う。
「この僕が、彼を恐れている……のか?」
一国の王子として、自分は誰にも負けないほどの鍛錬を積み重ねてきた。怖気づくなど、とんでもない!
「バカなことを」
首を小さく横に振り、過去を振り返る。
*****
幼い頃、僕は病気がちだった。
めったに外に出られないせいか、手足は細く青白い。銀色の髪も相俟って、鏡に映った姿はまるで幽霊だ。
父の国王も僕のことは諦めていて、外交会議に出席する客人への挨拶も免除されていた。
行事なんて煩わしいし、出席したくもない。こちらこそ、ご免だ。
そう考えて部屋に籠もっていたところ、窓の外から明るい笑い声が聞こえた。
「こっちよ。お兄さまってば、早く~」
不思議に思って見下ろすと、金の髪の僕より小さな女の子が、元気に走り回っている。付き添う少年は、彼女の兄だろうか?
子連れで参加した者がいるとは初耳だ。
僕は好奇心から、咳をしつつも飽くまで眺めた。
「健康な身体であれば。ゴホッ、僕だってあそこにいたのに……」
侍従に尋ると、あの少年こそが隣国ローズマリーの代表だと教えられた。
「でも、成人前でしょう? 子供が会議に出席するの?」
「はい。ローズマリー国のハーヴィー王太子殿下は、これまでも多数の会議にご出席されています。若いながらも博識で、機知に富んだ受け答えをなさるとか」
「過大評価では? いや、真に有能だとしても、妹はただの子供だろう? コホッ、なぜ付いてきた?」
「さあ? 事情があるとしか、伺っておりません」
「ゴホン、ゴホッ、ゴホッ」
「ルシウス様!」
まったく、いつもこうだ。
長く話すと咳き込んでしまう。
「殿下、質問はその辺にして、お休みください」
仕方なくベッドに入り、上掛けを被った。
僕が何もできないのは、身体が弱いせい。
病気がちな身体に生んだ母上や、放任がちな父上が悪い。
侍医に軽い運動を勧められたけど、無理なものは無理。
己を擁護し他人のせいにする方が、怠惰で楽な生き方だ。甘えだと知りつつも、変えるつもりはなかった。
けれど、好奇心は抑えられない。
「ゴホッ……じゃあ、最後に一つだけ。一緒にいた、ゴホゴホ、妹の名前は?」
「確か、カトリーナ様とおっしゃっていました」
「カトリーナ……コホッ、可愛らしい名前だね」
僕はなぜか、その子が気になった。
明くる日。
侍医の許可を得て外に出るが、噴水の前で待たされた。侍従は日よけを忘れたと、慌てて取りに戻っている。
「噴水の近くだと気分がいい。湿気があって、咳も出ないし」
久々の太陽の光は暖かく、花壇の薔薇が目に眩しい。頭上で聞こえる鳴き声は、ヒバリだろうか?
――ここにいれば、あの子が現れるかもしれない。思い切って「友達になって」って、言ってみようかな。
願いが天に通じたのか、彼女はすぐに現れた。
ツタのトンネルから飛び出したカトリーナは、妖精のように可愛くて、生き生きしている。
――何を話せばいいだろう?
仲良くなる方法なんて、誰も教えてくれなかったから緊張する。
当のカトリーナは、僕を見て目を丸くしているようだ。
――僕が痩せっぽちで、みっともないからか?
急に自信がなくなって、思わず目を伏せた。
すると突然、彼女が叫ぶ。
「おおかみ!」
城の庭に? まさか。
しかし獣が現れて、低く唸る。
大型の獣は小さなカトリーナではなく、僕をまっすぐ見つめていた。
――嫌だ、こんなところで死にたくない!
僕は怯えて後ろに下がる。
彼女をを護ろうなんて考えは、これっぽっちもない。
次の瞬間、何かが上にのしかかる。
恐怖はつかの間。
気がつけば、カトリーナが小さな身体で、狼犬から僕を庇っている!
「うわ~~~ん、いたいよお~~~」
激しい泣き声を聞き、後悔に襲われた。
――僕のせいで人が死ぬ。こんな身体で死にたくないと、願ったからか?
だったら僕と引き換えに、彼女を助けてほしい。神様!!!
奇跡が起こり、カトリーナは助かった。
だけど震えるだけの自分は、彼女に話しかける資格がない。
明日こそきっと……。
その夜、またもや発作が起こる。
激しく咳き込み発熱し、息をするのもやっとだ。
結局僕は、彼女にお礼も別れも告げられなかった。
――ごめんね、カトリーナ。いつか僕が、君を護るから。
暴れたのはアルバーノという男で、彼女とは旧知の仲らしい。
けれど、僕――ルシウスには、アルバーノより無視できない者がいる。先ほど呼び出したので、もうすぐ来るはずだ。
ここは、大輪の薔薇の模様が表現された木の床と、赤い壁紙が貼られた小さな部屋。事件の起こった大広間からは、だいぶ離れている。
内密な話に適している反面、有事の際は逃げ場がないため危険を伴う。
「この僕が、彼を恐れている……のか?」
一国の王子として、自分は誰にも負けないほどの鍛錬を積み重ねてきた。怖気づくなど、とんでもない!
「バカなことを」
首を小さく横に振り、過去を振り返る。
*****
幼い頃、僕は病気がちだった。
めったに外に出られないせいか、手足は細く青白い。銀色の髪も相俟って、鏡に映った姿はまるで幽霊だ。
父の国王も僕のことは諦めていて、外交会議に出席する客人への挨拶も免除されていた。
行事なんて煩わしいし、出席したくもない。こちらこそ、ご免だ。
そう考えて部屋に籠もっていたところ、窓の外から明るい笑い声が聞こえた。
「こっちよ。お兄さまってば、早く~」
不思議に思って見下ろすと、金の髪の僕より小さな女の子が、元気に走り回っている。付き添う少年は、彼女の兄だろうか?
子連れで参加した者がいるとは初耳だ。
僕は好奇心から、咳をしつつも飽くまで眺めた。
「健康な身体であれば。ゴホッ、僕だってあそこにいたのに……」
侍従に尋ると、あの少年こそが隣国ローズマリーの代表だと教えられた。
「でも、成人前でしょう? 子供が会議に出席するの?」
「はい。ローズマリー国のハーヴィー王太子殿下は、これまでも多数の会議にご出席されています。若いながらも博識で、機知に富んだ受け答えをなさるとか」
「過大評価では? いや、真に有能だとしても、妹はただの子供だろう? コホッ、なぜ付いてきた?」
「さあ? 事情があるとしか、伺っておりません」
「ゴホン、ゴホッ、ゴホッ」
「ルシウス様!」
まったく、いつもこうだ。
長く話すと咳き込んでしまう。
「殿下、質問はその辺にして、お休みください」
仕方なくベッドに入り、上掛けを被った。
僕が何もできないのは、身体が弱いせい。
病気がちな身体に生んだ母上や、放任がちな父上が悪い。
侍医に軽い運動を勧められたけど、無理なものは無理。
己を擁護し他人のせいにする方が、怠惰で楽な生き方だ。甘えだと知りつつも、変えるつもりはなかった。
けれど、好奇心は抑えられない。
「ゴホッ……じゃあ、最後に一つだけ。一緒にいた、ゴホゴホ、妹の名前は?」
「確か、カトリーナ様とおっしゃっていました」
「カトリーナ……コホッ、可愛らしい名前だね」
僕はなぜか、その子が気になった。
明くる日。
侍医の許可を得て外に出るが、噴水の前で待たされた。侍従は日よけを忘れたと、慌てて取りに戻っている。
「噴水の近くだと気分がいい。湿気があって、咳も出ないし」
久々の太陽の光は暖かく、花壇の薔薇が目に眩しい。頭上で聞こえる鳴き声は、ヒバリだろうか?
――ここにいれば、あの子が現れるかもしれない。思い切って「友達になって」って、言ってみようかな。
願いが天に通じたのか、彼女はすぐに現れた。
ツタのトンネルから飛び出したカトリーナは、妖精のように可愛くて、生き生きしている。
――何を話せばいいだろう?
仲良くなる方法なんて、誰も教えてくれなかったから緊張する。
当のカトリーナは、僕を見て目を丸くしているようだ。
――僕が痩せっぽちで、みっともないからか?
急に自信がなくなって、思わず目を伏せた。
すると突然、彼女が叫ぶ。
「おおかみ!」
城の庭に? まさか。
しかし獣が現れて、低く唸る。
大型の獣は小さなカトリーナではなく、僕をまっすぐ見つめていた。
――嫌だ、こんなところで死にたくない!
僕は怯えて後ろに下がる。
彼女をを護ろうなんて考えは、これっぽっちもない。
次の瞬間、何かが上にのしかかる。
恐怖はつかの間。
気がつけば、カトリーナが小さな身体で、狼犬から僕を庇っている!
「うわ~~~ん、いたいよお~~~」
激しい泣き声を聞き、後悔に襲われた。
――僕のせいで人が死ぬ。こんな身体で死にたくないと、願ったからか?
だったら僕と引き換えに、彼女を助けてほしい。神様!!!
奇跡が起こり、カトリーナは助かった。
だけど震えるだけの自分は、彼女に話しかける資格がない。
明日こそきっと……。
その夜、またもや発作が起こる。
激しく咳き込み発熱し、息をするのもやっとだ。
結局僕は、彼女にお礼も別れも告げられなかった。
――ごめんね、カトリーナ。いつか僕が、君を護るから。
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