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第四章 残酷な組織のテーゼ
大事なあなた
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「なっ……」
入って来たのはタールで、床に座った私を凝視している。
「カトリーナ様、何があったのですか?」
「なんでもないの。ちょっとふらついて……」
……というのは嘘で、耳元に寄せられたクロム様の唇と、かすれた声を意識しすぎたせい。
『カトリーナ――大事なお前を、他の男の元に行かせるわけにはいかない』
彼はさっき、確かにそう言った。
クロム様がデレた!?
これってもはや、両思い?
「それはそうと、カトリーナ様ったらひどいですよ~。散々探し回った俺の身にもなってください。オレガノ産の茶葉は、この世に存在しないんでしょう?」
「それはそうと?」
おのれ~、タールめ。
余韻に浸っていたのに、ぶった切るなんて。
「女官長にも確認したので、間違いありません」
「ええっと、なんの話かしら?」
すっとぼけた私の横を素通りし、クロム様が出口に向かう。
「用事を思い出しました。私はこれで」
「ええっ!? やっと戻って来たのに、もう移動するのか?」
「あら、ター坊。それならあなたが、私の話し相手になってくださらない?」
タールをここに留めておけば、クロム様も動きやすいはずだ。
「いえ、任務ですので。……って、おい、クロム! 勝手に行くな。カトリーナ様、ではっ」
クロム様は扉を開けて、音も立てずに部屋を出た。
その後をタールが慌てて追いかける。
クロム様のことだから、きっと上手く躱すだろう。
「ぴゃああああ、クロムしゃまに大事って言われた~~~♪」
一人になって叫んだ直後、はたと気づく。
もしかしてさっきの甘いセリフは、私をおとなしくさせるため?
たとえ嘘でも悔いはない。
彼は私を『大事』と言ってくれた。
私の方がもっと大事で、だからこそ彼の力になりたい。
「いったい誰が、連絡役なの?」
首を捻ると、机の上の分厚い本が目に飛び込んだ。
「私ったら嫌だわ。どうしてこんな簡単なことに、気づかなかったのかしら」
先生としてクロム様を私に紹介したのは、兄のハーヴィーだ。
誰が推薦したにしろ、最終決定権は兄のもの。
だったら兄は、推薦人の名前を知っている。
その推薦人こそ、連絡役に違いない。
「ハーヴィーの側には護衛もいて、安全だしね。妹に隠すとは思えないから、すぐに聞いてみよう!」
そうと決まれば、即実行。
私はハーヴィーの執務室に、勢いよく飛び込んだ。
ところが部屋の中は空っぽで、残っていた秘書官の話では会議室にいるらしい。
すぐさま向かうと、入り口で警備の兵にとめられた。
「ハーヴィー様はただいま、セイボリー王国のルシウス殿下と重要な会議をしておられます」
「緊急の用件なの。すぐに会いたいと伝えてくださる?」
「誰も入れるな、とのご指示です」
「私は王女で妹よ。その私でもダメなの?」
「はい。最後の会議ゆえ集中して審議に入る、とおっしゃっていました」
まあね。今まで何もなかったし、まだ大丈夫よね?
「そう。それなら仕方ないわ。あとどのくらいかかるのかしら?」
「予定では、二刻半です」
「一時間ちょっとね。それなら私が会いたがっていたと、兄に伝えてくださる? 部屋で待っているので、終了次第お越しください、と」
「かしこまりました」
一時間ほど遅れるくらい、どうってことはないだろう。
これ以上何もできないし、部屋でおとなしく待ちましょう。
戻る途中の回廊で、クラリスと鉢合わせた。
「クラリスじゃない。どうしたの?」
「カトリーナ……」
うっかり声をかけたけど、庭で揉めたあの日以降、気まずい仲だ。
ルシウスファンのクラリスは、私に対して思うところがあるらしく、今も目を逸らしている。
「もしかして、推しに会いに来たの?」
「え? 私は……」
「残念ね。彼なら兄と会議中よ。当分出てこないんですって。私も兄に用があるから、終わるまで一緒に待ちましょう」
どうせ暇だし、腹を割って話そうか。
「いいえ。今日はアルバーノに会いに来たの」
「アルバーノ? それってヘルプ係の?」
「……ええ」
クラリスも、彼に恋愛相談しようとしている?
それとも、惚れさせ薬がようやく完成したのかな?
「それなら私も行くわ」
どうせ時間はまだあるし、アルバーノにはひとこと文句を言ってやりたい。秘密だって念押ししたのに、私のクロム様への恋心を兄にバラしたからだ。
ここから研究塔までは、片道十五分。
苦情を告げて帰るだけなら、会議終了後のハーヴィーを待たせなくていい。
――クラリスの用事はなんだろう? ま、行けばわかるわよね。
好奇心を抑えて、塔の急な石段を上る。
ゲームでは画面の切り替えでヘルプ係を呼び出せたのに、現実では結構ハードだ。
ター坊と鍛えた私の足取りは軽く、クラリスはだいぶ後方にいる。
「カトリーナ……お先に……どうぞ!」
「わかった。中で待ってるわ」
私は軽くノックをして、木製の扉を開いた。
「これはこれは、カトリーナ様。ようこそお越しくださいました」
立ち上がったアルバーノに、両手を広げて歓迎されたら、悪い気はしない。
灰色に紫の刺繍が入ったローブを着ているアルバーノ。
そんな彼の側には、ウサギ型ロボット『わか~るくん』と『みえ~るくん』がいる。机の上に置かれたこの二つは、ゲームではお馴染みの光景だ。
「アルバーノ、久しぶりね。お元気そうで何よりだわ」
「王女様こそ、本日も大変お美しい」
五年前は寡黙だった彼が、お世辞を言えるまでになった。
それって、セイボリー王国での修行の成果?
いやいや、感心している場合ではない。
きっちり文句を言わなくちゃ。
私は勢いよく突き進む。
「王女様……。あの、何か?」
「何かって、あのねえ。私、あなたには失望したわ!」
両手を腰に当てて怒鳴ると、戸口で声がした。
「連れてきてあげたわよ。約束は守ってね」
入って来たのはタールで、床に座った私を凝視している。
「カトリーナ様、何があったのですか?」
「なんでもないの。ちょっとふらついて……」
……というのは嘘で、耳元に寄せられたクロム様の唇と、かすれた声を意識しすぎたせい。
『カトリーナ――大事なお前を、他の男の元に行かせるわけにはいかない』
彼はさっき、確かにそう言った。
クロム様がデレた!?
これってもはや、両思い?
「それはそうと、カトリーナ様ったらひどいですよ~。散々探し回った俺の身にもなってください。オレガノ産の茶葉は、この世に存在しないんでしょう?」
「それはそうと?」
おのれ~、タールめ。
余韻に浸っていたのに、ぶった切るなんて。
「女官長にも確認したので、間違いありません」
「ええっと、なんの話かしら?」
すっとぼけた私の横を素通りし、クロム様が出口に向かう。
「用事を思い出しました。私はこれで」
「ええっ!? やっと戻って来たのに、もう移動するのか?」
「あら、ター坊。それならあなたが、私の話し相手になってくださらない?」
タールをここに留めておけば、クロム様も動きやすいはずだ。
「いえ、任務ですので。……って、おい、クロム! 勝手に行くな。カトリーナ様、ではっ」
クロム様は扉を開けて、音も立てずに部屋を出た。
その後をタールが慌てて追いかける。
クロム様のことだから、きっと上手く躱すだろう。
「ぴゃああああ、クロムしゃまに大事って言われた~~~♪」
一人になって叫んだ直後、はたと気づく。
もしかしてさっきの甘いセリフは、私をおとなしくさせるため?
たとえ嘘でも悔いはない。
彼は私を『大事』と言ってくれた。
私の方がもっと大事で、だからこそ彼の力になりたい。
「いったい誰が、連絡役なの?」
首を捻ると、机の上の分厚い本が目に飛び込んだ。
「私ったら嫌だわ。どうしてこんな簡単なことに、気づかなかったのかしら」
先生としてクロム様を私に紹介したのは、兄のハーヴィーだ。
誰が推薦したにしろ、最終決定権は兄のもの。
だったら兄は、推薦人の名前を知っている。
その推薦人こそ、連絡役に違いない。
「ハーヴィーの側には護衛もいて、安全だしね。妹に隠すとは思えないから、すぐに聞いてみよう!」
そうと決まれば、即実行。
私はハーヴィーの執務室に、勢いよく飛び込んだ。
ところが部屋の中は空っぽで、残っていた秘書官の話では会議室にいるらしい。
すぐさま向かうと、入り口で警備の兵にとめられた。
「ハーヴィー様はただいま、セイボリー王国のルシウス殿下と重要な会議をしておられます」
「緊急の用件なの。すぐに会いたいと伝えてくださる?」
「誰も入れるな、とのご指示です」
「私は王女で妹よ。その私でもダメなの?」
「はい。最後の会議ゆえ集中して審議に入る、とおっしゃっていました」
まあね。今まで何もなかったし、まだ大丈夫よね?
「そう。それなら仕方ないわ。あとどのくらいかかるのかしら?」
「予定では、二刻半です」
「一時間ちょっとね。それなら私が会いたがっていたと、兄に伝えてくださる? 部屋で待っているので、終了次第お越しください、と」
「かしこまりました」
一時間ほど遅れるくらい、どうってことはないだろう。
これ以上何もできないし、部屋でおとなしく待ちましょう。
戻る途中の回廊で、クラリスと鉢合わせた。
「クラリスじゃない。どうしたの?」
「カトリーナ……」
うっかり声をかけたけど、庭で揉めたあの日以降、気まずい仲だ。
ルシウスファンのクラリスは、私に対して思うところがあるらしく、今も目を逸らしている。
「もしかして、推しに会いに来たの?」
「え? 私は……」
「残念ね。彼なら兄と会議中よ。当分出てこないんですって。私も兄に用があるから、終わるまで一緒に待ちましょう」
どうせ暇だし、腹を割って話そうか。
「いいえ。今日はアルバーノに会いに来たの」
「アルバーノ? それってヘルプ係の?」
「……ええ」
クラリスも、彼に恋愛相談しようとしている?
それとも、惚れさせ薬がようやく完成したのかな?
「それなら私も行くわ」
どうせ時間はまだあるし、アルバーノにはひとこと文句を言ってやりたい。秘密だって念押ししたのに、私のクロム様への恋心を兄にバラしたからだ。
ここから研究塔までは、片道十五分。
苦情を告げて帰るだけなら、会議終了後のハーヴィーを待たせなくていい。
――クラリスの用事はなんだろう? ま、行けばわかるわよね。
好奇心を抑えて、塔の急な石段を上る。
ゲームでは画面の切り替えでヘルプ係を呼び出せたのに、現実では結構ハードだ。
ター坊と鍛えた私の足取りは軽く、クラリスはだいぶ後方にいる。
「カトリーナ……お先に……どうぞ!」
「わかった。中で待ってるわ」
私は軽くノックをして、木製の扉を開いた。
「これはこれは、カトリーナ様。ようこそお越しくださいました」
立ち上がったアルバーノに、両手を広げて歓迎されたら、悪い気はしない。
灰色に紫の刺繍が入ったローブを着ているアルバーノ。
そんな彼の側には、ウサギ型ロボット『わか~るくん』と『みえ~るくん』がいる。机の上に置かれたこの二つは、ゲームではお馴染みの光景だ。
「アルバーノ、久しぶりね。お元気そうで何よりだわ」
「王女様こそ、本日も大変お美しい」
五年前は寡黙だった彼が、お世辞を言えるまでになった。
それって、セイボリー王国での修行の成果?
いやいや、感心している場合ではない。
きっちり文句を言わなくちゃ。
私は勢いよく突き進む。
「王女様……。あの、何か?」
「何かって、あのねえ。私、あなたには失望したわ!」
両手を腰に当てて怒鳴ると、戸口で声がした。
「連れてきてあげたわよ。約束は守ってね」
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