45 / 70
第三章 愛・おぼえていますが
愛しているから
しおりを挟む
執務机の正面にあった椅子に、腰を下ろす。ハーヴィーとは、机を挟んで向かい合う形だ。
「先日、クロム・リンデルの友人だと名乗る者が、城を訪ねてきた。兵士の報告によると、身なりのいい男性が三名だったらしい」
――クロム様のご友人って、どんな方?
あれ? でも彼は、同室の仲間を全員亡くしたと言っていた。それなら別の人?
「不思議なのはその後だ。彼らが城を出るところを、誰も見ていない」
「……え?」
「入城記録は残っているけど、手続きを踏まずに帰ったようだ。または、クロムの手で始末されたのか」
――クロム様が殺害した?
「まさか!!」
城に残ってくれた彼が、そんな真似をするとは思えない。
事実だとしたら、大きな理由があるはずだ。
――たとえば正当防衛で、襲ってきた相手を倒した、とか?
あることに思い至り、私は息を呑む。
訪ねてきたのが友人ではなく、組織の人間だとしたら?
王女の暗殺に失敗した彼を消すための、『追っ手』という可能性は?
もしそうなら、正当防衛でも彼は無言を貫くだろう。
だって取り調べに応じたら、自らの過去も白日の下に晒される。暗殺者とバレれば、この国を追い出されてしまう。
――残ってほしいと頼んだ私のせいで、彼は身動きが取れないの?
「びっくりするのも無理はない。私だって、初めは信じられなかった。だが、クロムは真面目な顔をしてお前の気を引いただろう? 何があってもおかしくない……」
「違うわ、クロム様は悪くない! 私が勝手に慕っているだけよ」
「カトリーナ、まだわからないのか! 危険な男の側に、お前を置いておけない。仮に無関係だとしても、疑いが出た時点で教師としては失格だ」
「そんな、ひどいっ」
私は勢いよく席を立ち、机を回る。
クロム様への誤解を解こうと、ハーヴィーの腕にしがみつく。
「お兄様、証拠もないのにどうして彼を疑うの!」
「やましい覚えのない人間が、黙って城を抜け出すか? 友人と名乗る男性が、訪れた直後に揃って姿を消したのはどうしてだ?」
「それは…………私にもわからない」
本当は薄々気づいている。
クロム様は他に方法がなく、組織の者を返り討ちにしたのだろう。
男達は城を出ないのではなく、きっと出られない。
そうさせた原因は、私にある。
人を殺めるたびに傷つく優しい性格を知っていながら、私は彼にこう頼んだのだ。
『お願い、生きることを諦めないで。ここで生きて、世の中には楽しいこともあるとわかってほしい。そしていつか、笑顔を見せて』
私の願いは、組織を抜けた彼にとっては難しい。
それは、差し向けられた追っ手を躱し、過去を捨て、自分自身さえ偽って生きていくことを意味しているから。
――偽りの人生を送ることが、クロム様の幸せ? それで本当に、心から笑えるの?
考えが甘かったせいで、クロム様の命が危険に晒されている。自由を奪い厩舎の仕事をさせることが、彼のためなの?
「……リーナ、カトリーナ! 聞いているのか?」
「え? いえ、あの……」
兄の声で考えごとを中断する。
「もう一度言っておく。いくらお前が懐いていても、クロム・リンデルはクビだ。明日にでも出国させる」
「待って、お兄様! クロムさ――先生は、真摯に教えてくださったわ。だからお願い、もう少し一緒にいたいの」
お別れも言えないまま、さよならなんてあんまりだ。
「却下」
「講義が途中なの。先生でなければ、勉強が手に付かないわ。お兄様、お願い。あと一日でいいから、先生の元で学ばせて」
兄は腕を組み、考え込んでいる。
説得するならもうひと押しだ。
「どうかお願い。王女の名に恥じぬよう行動すると誓うから」
顔の前で両手を組んで、祈るように訴えた。
兄に断られたら彼にもう会えないかもしれないと思うと、自然に涙が浮かぶ。
険しい顔のハーヴィーが、唸るような声を出す。
「気は進まないが、あと一日だけなら。タールを護衛に付けよう。あの男がお前を惑わせた場合、即刻斬り捨てる」
「ありがとう、お兄様」
クロム様は凄腕なので、斬り捨てるのは無理よ。
残されたのは、たった一日。
大好きな人の大好きな姿を、心ゆくまでこの目に焼き付けたい。
暗い過去を背負ったクロム様。
私が彼を笑顔にし、幸せにしたかった。
いつかは叶うと信じていたし、そのための努力は惜しまないつもりだった。
けれどここに縛りつけた私のせいで、彼が危険な目に遭い、悪い噂を立てられている。
大切な人の身体や心を傷つけるくらいなら、自分は彼との別れを選ぶ。
愛しているから――――。
私の願いは叶わない。
「先日、クロム・リンデルの友人だと名乗る者が、城を訪ねてきた。兵士の報告によると、身なりのいい男性が三名だったらしい」
――クロム様のご友人って、どんな方?
あれ? でも彼は、同室の仲間を全員亡くしたと言っていた。それなら別の人?
「不思議なのはその後だ。彼らが城を出るところを、誰も見ていない」
「……え?」
「入城記録は残っているけど、手続きを踏まずに帰ったようだ。または、クロムの手で始末されたのか」
――クロム様が殺害した?
「まさか!!」
城に残ってくれた彼が、そんな真似をするとは思えない。
事実だとしたら、大きな理由があるはずだ。
――たとえば正当防衛で、襲ってきた相手を倒した、とか?
あることに思い至り、私は息を呑む。
訪ねてきたのが友人ではなく、組織の人間だとしたら?
王女の暗殺に失敗した彼を消すための、『追っ手』という可能性は?
もしそうなら、正当防衛でも彼は無言を貫くだろう。
だって取り調べに応じたら、自らの過去も白日の下に晒される。暗殺者とバレれば、この国を追い出されてしまう。
――残ってほしいと頼んだ私のせいで、彼は身動きが取れないの?
「びっくりするのも無理はない。私だって、初めは信じられなかった。だが、クロムは真面目な顔をしてお前の気を引いただろう? 何があってもおかしくない……」
「違うわ、クロム様は悪くない! 私が勝手に慕っているだけよ」
「カトリーナ、まだわからないのか! 危険な男の側に、お前を置いておけない。仮に無関係だとしても、疑いが出た時点で教師としては失格だ」
「そんな、ひどいっ」
私は勢いよく席を立ち、机を回る。
クロム様への誤解を解こうと、ハーヴィーの腕にしがみつく。
「お兄様、証拠もないのにどうして彼を疑うの!」
「やましい覚えのない人間が、黙って城を抜け出すか? 友人と名乗る男性が、訪れた直後に揃って姿を消したのはどうしてだ?」
「それは…………私にもわからない」
本当は薄々気づいている。
クロム様は他に方法がなく、組織の者を返り討ちにしたのだろう。
男達は城を出ないのではなく、きっと出られない。
そうさせた原因は、私にある。
人を殺めるたびに傷つく優しい性格を知っていながら、私は彼にこう頼んだのだ。
『お願い、生きることを諦めないで。ここで生きて、世の中には楽しいこともあるとわかってほしい。そしていつか、笑顔を見せて』
私の願いは、組織を抜けた彼にとっては難しい。
それは、差し向けられた追っ手を躱し、過去を捨て、自分自身さえ偽って生きていくことを意味しているから。
――偽りの人生を送ることが、クロム様の幸せ? それで本当に、心から笑えるの?
考えが甘かったせいで、クロム様の命が危険に晒されている。自由を奪い厩舎の仕事をさせることが、彼のためなの?
「……リーナ、カトリーナ! 聞いているのか?」
「え? いえ、あの……」
兄の声で考えごとを中断する。
「もう一度言っておく。いくらお前が懐いていても、クロム・リンデルはクビだ。明日にでも出国させる」
「待って、お兄様! クロムさ――先生は、真摯に教えてくださったわ。だからお願い、もう少し一緒にいたいの」
お別れも言えないまま、さよならなんてあんまりだ。
「却下」
「講義が途中なの。先生でなければ、勉強が手に付かないわ。お兄様、お願い。あと一日でいいから、先生の元で学ばせて」
兄は腕を組み、考え込んでいる。
説得するならもうひと押しだ。
「どうかお願い。王女の名に恥じぬよう行動すると誓うから」
顔の前で両手を組んで、祈るように訴えた。
兄に断られたら彼にもう会えないかもしれないと思うと、自然に涙が浮かぶ。
険しい顔のハーヴィーが、唸るような声を出す。
「気は進まないが、あと一日だけなら。タールを護衛に付けよう。あの男がお前を惑わせた場合、即刻斬り捨てる」
「ありがとう、お兄様」
クロム様は凄腕なので、斬り捨てるのは無理よ。
残されたのは、たった一日。
大好きな人の大好きな姿を、心ゆくまでこの目に焼き付けたい。
暗い過去を背負ったクロム様。
私が彼を笑顔にし、幸せにしたかった。
いつかは叶うと信じていたし、そのための努力は惜しまないつもりだった。
けれどここに縛りつけた私のせいで、彼が危険な目に遭い、悪い噂を立てられている。
大切な人の身体や心を傷つけるくらいなら、自分は彼との別れを選ぶ。
愛しているから――――。
私の願いは叶わない。
0
お気に入りに追加
426
あなたにおすすめの小説

思い出してしまったのです
月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。
妹のルルだけが特別なのはどうして?
婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの?
でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。
愛されないのは当然です。
だって私は…。

義妹が大事だと優先するので私も義兄を優先する事にしました
さこの
恋愛
婚約者のラウロ様は義妹を優先する。
私との約束なんかなかったかのように…
それをやんわり注意すると、君は家族を大事にしないのか?冷たい女だな。と言われました。
そうですか…あなたの目にはそのように映るのですね…
分かりました。それでは私も義兄を優先する事にしますね!大事な家族なので!

彼女がいなくなった6年後の話
こん
恋愛
今日は、彼女が死んでから6年目である。
彼女は、しがない男爵令嬢だった。薄い桃色でサラサラの髪、端正な顔にある2つのアーモンド色のキラキラと光る瞳には誰もが惹かれ、それは私も例外では無かった。
彼女の墓の前で、一通り遺書を読んで立ち上がる。
「今日で貴方が死んでから6年が経ったの。遺書に何を書いたか忘れたのかもしれないから、読み上げるわ。悪く思わないで」
何回も読んで覚えてしまった遺書の最後を一息で言う。
「「必ず、貴方に会いに帰るから。1人にしないって約束、私は破らない。」」
突然、私の声と共に知らない誰かの声がした。驚いて声の方を振り向く。そこには、見たことのない男性が立っていた。
※ガールズラブの要素は殆どありませんが、念の為入れています。最終的には男女です!
※なろう様にも掲載

【完結】彼を幸せにする十の方法
玉響なつめ
恋愛
貴族令嬢のフィリアには婚約者がいる。
フィリアが望んで結ばれた婚約、その相手であるキリアンはいつだって冷静だ。
婚約者としての義務は果たしてくれるし常に彼女を尊重してくれる。
しかし、フィリアが望まなければキリアンは動かない。
婚約したのだからいつかは心を開いてくれて、距離も縮まる――そう信じていたフィリアの心は、とある夜会での事件でぽっきり折れてしまった。
婚約を解消することは難しいが、少なくともこれ以上迷惑をかけずに夫婦としてどうあるべきか……フィリアは悩みながらも、キリアンが一番幸せになれる方法を探すために行動を起こすのだった。
※小説家になろう・カクヨムにも掲載しています。

無事にバッドエンドは回避できたので、これからは自由に楽しく生きていきます。
木山楽斗
恋愛
悪役令嬢ラナトゥーリ・ウェルリグルに転生した私は、無事にゲームのエンディングである魔法学校の卒業式の日を迎えていた。
本来であれば、ラナトゥーリはこの時点で断罪されており、良くて国外追放になっているのだが、私は大人しく生活を送ったおかげでそれを回避することができていた。
しかしながら、思い返してみると私の今までの人生というものは、それ程面白いものではなかったように感じられる。
特に友達も作らず勉強ばかりしてきたこの人生は、悪いとは言えないが少々彩りに欠けているような気がしたのだ。
せっかく掴んだ二度目の人生を、このまま終わらせていいはずはない。
そう思った私は、これからの人生を楽しいものにすることを決意した。
幸いにも、私はそれ程貴族としてのしがらみに縛られている訳でもない。多少のわがままも許してもらえるはずだ。
こうして私は、改めてゲームの世界で新たな人生を送る決意をするのだった。
※一部キャラクターの名前を変更しました。(リウェルド→リベルト)

初恋の兄嫁を優先する私の旦那様へ。惨めな思いをあとどのくらい我慢したらいいですか。
梅雨の人
恋愛
ハーゲンシュタイン公爵の娘ローズは王命で第二王子サミュエルの婚約者となった。
王命でなければ誰もサミュエルの婚約者になろうとする高位貴族の令嬢が現れなかったからだ。
第一王子ウィリアムの婚約者となったブリアナに一目ぼれしてしまったサミュエルは、駄目だと分かっていても次第に互いの距離を近くしていったためだった。
常識のある周囲の冷ややかな視線にも気が付かない愚鈍なサミュエルと義姉ブリアナ。
ローズへの必要最低限の役目はかろうじて行っていたサミュエルだったが、常にその視線の先にはブリアナがいた。
みじめな婚約者時代を経てサミュエルと結婚し、さらに思いがけず王妃になってしまったローズはただひたすらその不遇の境遇を耐えた。
そんな中でもサミュエルが時折見せる優しさに、ローズは胸を高鳴らせてしまうのだった。
しかし、サミュエルとブリアナの愚かな言動がローズを深く傷つけ続け、遂にサミュエルは己の行動を深く後悔することになる―――。

悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!
たぬきち25番
恋愛
気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡
※マルチエンディングです!!
コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m
2024.11.14アイク(誰?)ルートをスタートいたしました。
楽しんで頂けると幸いです。

行動あるのみです!
棗
恋愛
※一部タイトル修正しました。
シェリ・オーンジュ公爵令嬢は、長年の婚約者レーヴが想いを寄せる名高い【聖女】と結ばれる為に身を引く決意をする。
自身の我儘のせいで好きでもない相手と婚約させられていたレーヴの為と思った行動。
これが実は勘違いだと、シェリは知らない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる