乙女ゲームのヒロインですが、推しはサブキャラ暗殺者

きゃる

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第三章 愛・おぼえていますが

愛しているから

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 執務机の正面にあった椅子に、腰を下ろす。ハーヴィーとは、机を挟んで向かい合う形だ。

「先日、クロム・リンデルの友人だと名乗る者が、城を訪ねてきた。兵士の報告によると、身なりのいい男性が三名だったらしい」

 ――クロム様のご友人って、どんな方? 

 あれ? でも彼は、同室の仲間を全員亡くしたと言っていた。それなら別の人?

「不思議なのはその後だ。彼らが城を出るところを、誰も見ていない」
「……え?」
「入城記録は残っているけど、手続きを踏まずに帰ったようだ。または、クロムの手で始末されたのか」

 ――クロム様が殺害した? 

「まさか!!」

 城に残ってくれた彼が、そんな真似まねをするとは思えない。
 事実だとしたら、大きな理由があるはずだ。

 ――たとえば正当防衛で、襲ってきた相手を倒した、とか?

 あることに思い至り、私は息を呑む。

 訪ねてきたのが友人ではなく、組織の人間だとしたら? 
 王女の暗殺に失敗した彼を消すための、『追っ手』という可能性は?

 もしそうなら、正当防衛でも彼は無言をつらぬくだろう。
 だって取り調べに応じたら、自らの過去も白日の下にさらされる。暗殺者とバレれば、この国を追い出されてしまう。

 ――残ってほしいと頼んだ私のせいで、彼は身動きが取れないの?

「びっくりするのも無理はない。私だって、初めは信じられなかった。だが、クロムは真面目な顔をしてお前の気を引いただろう? 何があってもおかしくない……」
「違うわ、クロム様は悪くない! 私が勝手に慕っているだけよ」
「カトリーナ、まだわからないのか! 危険な男の側に、お前を置いておけない。仮に無関係だとしても、疑いが出た時点で教師としては失格だ」
「そんな、ひどいっ」

 私は勢いよく席を立ち、机を回る。
 クロム様への誤解を解こうと、ハーヴィーの腕にしがみつく。

「お兄様、証拠もないのにどうして彼を疑うの!」 
「やましい覚えのない人間が、黙って城を抜け出すか? 友人と名乗る男性が、訪れた直後にそろって姿を消したのはどうしてだ?」
「それは…………私にもわからない」

 本当は薄々気づいている。
 クロム様は他に方法がなく、組織の者を返り討ちにしたのだろう。
 男達は城を出ないのではなく、きっと出られない。

 そうさせた原因は、私にある。
 人をあやめるたびに傷つく優しい性格を知っていながら、私は彼にこう頼んだのだ。

『お願い、生きることを諦めないで。ここで生きて、世の中には楽しいこともあるとわかってほしい。そしていつか、笑顔を見せて』

 私の願いは、組織を抜けた彼にとっては難しい。
 それは、差し向けられた追っ手をかわし、過去を捨て、自分自身さえ偽って生きていくことを意味しているから。

 ――偽りの人生を送ることが、クロム様の幸せ? それで本当に、心から笑えるの?

 考えが甘かったせいで、クロム様の命が危険にさらされている。自由を奪い厩舎きゅうしゃの仕事をさせることが、彼のためなの?

「……リーナ、カトリーナ! 聞いているのか?」
「え? いえ、あの……」

 兄の声で考えごとを中断する。

「もう一度言っておく。いくらお前がなついていても、クロム・リンデルはクビだ。明日にでも出国させる」
「待って、お兄様! クロムさ――先生は、真摯しんしに教えてくださったわ。だからお願い、もう少し一緒にいたいの」

 お別れも言えないまま、さよならなんてあんまりだ。

「却下」
「講義が途中なの。先生でなければ、勉強が手に付かないわ。お兄様、お願い。あと一日でいいから、先生の元で学ばせて」

 兄は腕を組み、考え込んでいる。
 説得するならもうひと押しだ。

「どうかお願い。王女の名に恥じぬよう行動すると誓うから」
 
 顔の前で両手を組んで、祈るように訴えた。
 兄に断られたら彼にもう会えないかもしれないと思うと、自然に涙が浮かぶ。

 けわしい顔のハーヴィーが、うなるような声を出す。

「気は進まないが、あと一日だけなら。タールを護衛に付けよう。あの男がお前をまどわせた場合、即刻斬り捨てる」
「ありがとう、お兄様」

 クロム様は凄腕すごうでなので、斬り捨てるのは無理よ。

 残されたのは、たった一日。
 大好きな人の大好きな姿を、心ゆくまでこの目に焼き付けたい。

 暗い過去を背負ったクロム様。
 私が彼を笑顔にし、幸せにしたかった。
 いつかは叶うと信じていたし、そのための努力は惜しまないつもりだった。

 けれどここに縛りつけた私のせいで、彼が危険な目に遭い、悪い噂を立てられている。
 大切な人の身体や心を傷つけるくらいなら、自分は彼との別れを選ぶ。



 愛しているから――――。

 私の願いは叶わない。
  
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