乙女ゲームのヒロインですが、推しはサブキャラ暗殺者

きゃる

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第三章 愛・おぼえていますが

行かないで

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「違うわ! 私には、特殊な能力があるの。【薔薇の瞳】と言って、薔薇の花びらの数だけ命を持っている。残りは三つ。つまり、ちょっとやそっとじゃ死にません」

 クロム様が目を細め、ひたいに手を当てた。
 そんな何気ない仕草でも、見惚みとれてしまう。

「確かに王族に連なる者には、時々能力が発現すると聞く。瞳に神の象徴である太陽や月、星が浮かぶというならわかる。だが、薔薇とは?」
「……さあ?」

 大陸の国は元々一つで、天から降りた神が王族の祖先だという説が濃厚だ。そのため特殊能力を持つ者は、天体に関する印が瞳に浮かぶ。

 クロム様の疑問はもっともだけど、元々ゲームの設定なので、私にだってわからない。

「命が複数あるなんて、聞いたことがない。おとぎ話と混同しているのか?」
「いいえ、本当のことよ。疑うなら、試してみてもいいけれど……」

 私は落ちていた剣を拾うと、刃先を自分の手首に近づけた。

「やめろ。もし真実だとしても、やめてくれ……」

 振り絞るような彼の声にハッとする。

『クロムは、心優しき暗殺者。相手がどんな極悪人であろうと、亡くなった後は決まって心を痛める』

 ファンブックの一文だ。
 そのことを知りながら、私は――。
 慌てて剣を放り投げ、彼の腕にしがみつく。

「ごめんなさい、今のは私が悪かったわ。だけど、あなたを想う気持ちは本物だと信じてほしいの」

 私にとって推しのいない日々は、太陽が消えた砂漠、風のない大海原うなばら、星の見えない闇の夜。
 進むべき道を失って、己の存在意義さえ見失う。

「お願い。これからも、私のそばにいて」

 感情が高ぶり、涙があふれた。
 今度は泣き落としなどではなく、本物の涙だ。

「クロム様……うう、クロム様……」

 私を置いて行かないで。
 ずっと側にいて。
 そしていつか、あなたの笑顔を見せてほしいの。

 自分勝手な理屈だし推しのためと言いながら、本当は自分のため。彼の意思を尊重するなら、ここで別れるべきかもしれない。

 でも私は、彼を失うなんて耐えられない!

 危険に巻き込みたくないからと、黙って消えないで。
 同じ想いを返してくれなくてもいい。
 お願い、一人で遠くに行かないで。

 言いたいことはいっぱいあるのに、どれも口にはできなくて、ただただ泣きじゃくる。

「カトリーナ。君は、そこまで俺を……」

 クロム様が言葉を切って、天をあおぐ。
 漏れ出た大きな吐息は、何を意味しているのだろう?

 彼の腕にそっと触れると、赤い瞳と目が合った。

「クロム様、私は……」
「カトリーナ様! なっ……クロム、その場を動くなっ」

 私の名前を呼ぶ声に、続く言葉がかき消されてしまう。
 声の主はタールで、こっちに向かって全速力で駆けてきた。

「カトリーナ様、よくぞご無事で……」
「ター坊、よくここがわかったわね」

 冷静に対応しようと努めたけれど、涙の跡は隠せない。
 そんな私に気づいたせいか、タールの目がけわしくなった。

「クロム・リンデル。国家騎士の名において、貴様を捕縛する」
「ええっ!?」

 仰天する私を尻目に、タールがクロム様の腕を掴む。

「待って! タールったらどうしたの? 話が違うわ!!」

 タールは私の抗議を聞き流し、クロム様の腕に縄をかけている。
 私は焦って引き離そうとする……が、離れない。

「クロム様、逃げて!」

 しかし彼は抵抗せず、黙ってタールに従った。

「ター坊――タール、彼を離しなさい!!」

 それでも彼は聞き入れない。
 味方と思っていたタールが、私を裏切ったのだ。

 

 城に戻った私は、彼らと引き離された。
 自室で侍女に尋ねると、お召し替えが先だと言われてしまう。

「さあ、もういいでしょう。クロム先生を見なかった?」

 素早くそでに手を通し、彼の安否を尋ねた。

「彼の行方はわかりませんが、第三騎士団長なら王太子殿下の執務室に向かわれました」
「わかったわ」

 ハーヴィーの執務室に急ぎ、返事も待たずにドアを開ける。
 足音高く入室すると、兄とタールが同時に振り向いた。

「カトリーナ、お帰り。無事で良かった」

 穏やかな声のハーヴィーだけど、私の怒りは収まらない。

「ただいま戻りました。ねえ、タール。これはいったいどういうこと!」

 タールに詰め寄る私を、兄が制止する。

「カトリーナ、彼を責めないでくれ。全て私の指示だ」
「まさか……」

 開いた口がふさがらず、そのまま二人を見比べる。

「ハーヴィー様のおっしゃる通りです。クロム・リンデルを発見次第捕縛せよ、とのご命令を受けました」

 きびきびしたタールの声音こわねは、いつもより低い。

「そんな!」
「ですが、先ほどハーヴィー様に申し上げた通りです。俺は、裏通りに消えていく姫様を見失いました。一歩間違えば、危険な目に遭われていたでしょう」
「王女の護衛が、主を一人で裏通りに行かせたのか」
「申し訳ございません。どのような処罰でも受け入れます」

 ムッとした顔のハーヴィーに、タールが頭を下げている。
 でも待って! それなら言いたいことがある。

「お兄様。私が無事だったのは、クロム様のおかげよ!」

 途端に兄が不機嫌な声を出す。

「カトリーナの意見は聞いていない」
「いいえ、これだけは言わせて。クロム様は、裏通りでごろつきに襲われかけた私を守ってくださったの」
「なんだと!」

 兄の目が、怒りに燃え上がる。

「タール、どういうことだ?」
「いえ、あの……」

 ハーヴィーの剣幕けんまくされたタールが、ちょっぴり気の毒だ。

「お兄様やめて! 悪いのは、私だもの」

 気まずい空気をどうにかしようとしたのが、良くなかったらしい。
 ハーヴィーは私の眼前で、目をつり上げた。

「ああ、そうだ。まさか王女のお前が、裏通りに飛び込む愚行を犯すとは思わなかった。だが、全ての元凶はリンデル――いや、逃亡者クロムだ。職務放棄に留まらず、お前を誘惑したと見える」
「違う! 誘惑なんてされてない!」

 荒い口調の兄に、私は必死に言い返す。

「何が違う? まあ後日、詳しく取り調べれば済むことだ」
「後日? じゃあ、クロム様は今……」

 嫌な予感に襲われた私の前で、兄が無情に言い放つ。

「もちろん牢獄にいる」
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