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第三章 愛・おぼえていますが

焦る大捜査線

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「のおおおおおおお! クロムしゃまが、いなあああああああい!!」
「カトリーナ、落ち着いて。廊下の外まで丸聞こえよ」
「でもでもだって、でもでもでもでも……」
「しつっこい! 騒いだからって、どうなるものでもないでしょう?」
「そんな。うう、クラリスぅ」

 これぐらいは許してほしい。
 だって視察の翌日、クロム様が姿を消したのだ。
 あれからもう、三日も経っている。

 あまりの衝撃に、夜は眠れず食事ものどを通らない。
 クラリスのおかげで日々の仕度は完璧だけど、目の下のクマは、濃い化粧でも隠しきれていなかった。

「買い物に行っただけかもよ?」
「無断で城を出たみたい。誰も行き先を知らないの」
「そう。だったらようやく、本来のシナリオに戻ったのね」
「そんなのいやあああああ~」
「あのね! クロムの出番は終わったのよね。だったらもういいじゃない。攻略対象に目を向けて……」
「なんでえええええ! クロムしゃまがいいいいいいいいいい」
「やかましいっ!!」

 大きな声で怒鳴られて、私は一瞬押し黙る。

「いい加減にしてくれないと、鼓膜こまくが破れるわ。筋書き通りに逃げたんでしょう。放っておきなさいよ」
「いいえ、逃げたんじゃない! クロム様はご自分がいると、私に迷惑がかかると考えたんだわ。あの山賊も、組織と関係があるのかもしれない」
「山賊?」
「ええ。視察の帰りに、いきなり襲われて……」

 私はクラリスに、ことの顛末てんまつを詳しく語った。
 それでなくともクロム様を思い出すたび、胸が痛い。

 あの微笑み……はないけど、優しくエスコート……もされてないけど。
 彼は運命の日以降も私の願いを聞き届け、城に残ってくれたのだ。

「……はあ」
「ねえ、カトリーナ。ここはやっぱりゲームの世界で、何らかの強制力が働いているのかも。それならあなたが恋をしないと、先に進まないわ」
「だから、クロム様に恋を……」
「違う。私の言っている意味、わかるでしょう?」

 自分だってルシウスが好きなくせに。
 もし私が、彼に本気になったらどうするつもりだろう?

「でも……」
「カトリーナ。気持ちはわかるけど、サブキャラなんてあきらめなさい」
「クラリスの意地悪! 推しのいない世界なんて、豚の入っていない酢豚のようなもの。牛肉じゃない牛丼、タコの入っていないタコ焼きよ」
「たとえがおかしいわ」
「つまり、クロム様は最重要ってこと! 私は彼に会うために、この世に生まれ変わったんだもの」

 きっぱり言い切る私の前で、クラリスは浮かない表情だ。
 今、ルシウスのことを考えている?
 
「ねえ。今度こそ私、クラリスの恋を応援し……」
「この話はここまでにしましょう。カトリーナが元気そうで良かったわ。じゃあね」

 あれ? もう帰っちゃうの?
 気落ちした私を心配して、わざわざ来てくれたんだと思っていたのに。
 ポカンと眺める私をよそに、クラリスはさっさと帰って行った。
 
 

「いったい何がしたかったんだろう? ま、いっか」

 私はクロム様の捜索を依頼するため、第三騎士団長のタールを探しに行く。

 第一国家騎士団は、国王直属。
 第二国家騎士団は王太子ハーヴィーの管轄かんかつなので、動かせない。
 だけどタールひきいる第三国家騎士団は、その他の王族の護衛を主としている。

「会いたかったわ、ター坊!」
「……え? カトリーナ様が、俺に!?」

 剣の指導を終えたタールに声をかけると、目を丸くされた。

 ――変ね。そこまで驚くことかしら?

「俺も。……いや、ああっと、ご用件はなんでしょう?」
「あのね、クロム先生を探してほしいの」
「クロム・リンデル? 勝手にいなくなったと聞いていますが?」
「講義もまだ途中だし、事情があるはずなの。だからお願いっ」
「けど俺、あいつ嫌いです」

 嫌いって、そんな!
 平静を装い聞いてみる。

「あら、どうして?」
「それは……。カトリーナ様、彼は本当に教師ですか?」
「え? ……ええ。語学が堪能で、歴史にも詳しい優秀な先生よ」

 思わず言葉に詰まったが、笑顔で乗り切った。
 だけどタールは、顔をしかめている。

「おかしいな。この前、山賊をあっさり倒していましたよ。俺と同じか、それ以上に叩きのめしていたはずです」
「きゃあ♪ ……じゃなかった。ええっと、たまたま剣術が得意なんじゃない?」

 首をかしげて、すっとぼけた。

「いいえ。あの強さは尋常じんじょうじゃない。瞳の力を持たない者があそこまで動けるなんて、聞いたことがありません」
「それは……ター坊の見間違い、とか?」
「いいえ」

 第三国家騎士団長のタールは、クロム様の強さを見抜いている。でも、好き嫌いはどうでもいいから、とにかく探し出してほしい。

「あのね、クロム先生を最優先で見つけてほしいの。これは、あなたにしか頼めない。神様、騎士様、タール様、お願いっ」
「ぶふっ。なんですか、それ」

 タールは面白そうに笑うけど、私は全く笑えない。

 ――満月の夜を乗り越えたのに、もう会えないなんてつらすぎる!

 散々拝み倒した結果、タールが捜索を引き受けてくれることになった。
 あとは、クロム様が出国していないことを願うのみ!

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