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第二章 ムーンライト暗殺
運命の夜
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推しとの貴重な出会いから半年。
『バラミラ』のスタートからはあっという間に四ヶ月が経ち、とうとうその日がやってきた。
満月の今日、私は彼の手で暗殺される――。
そうは言っても、それは攻略対象達のヒロインへの好感度が足りていない場合のみ。
ルシウスの好意はバッチリで、ハーヴィーやタールもそこそこあるはずだ。
だから今日、私が本当に殺される可能性はない…………と思う。
惚れさせ薬を手に入れられなかったので、念のため、捕縛用の縄を用意した。これで準備はバッチリだ。
秋の空にはまん丸な月が浮かび、バルコニーに続く窓を開け放していると、寒く感じる。
薄着のせいかもしれないけれど、期待に胸を膨らませる私にとって、このくらいどうってことはない。
それよりも、クロム様の目に可愛く映ることの方が、はるかに重要なのだ。
「あと少し……なのね」
真夜中――。
ローズマリー国の王女である私――カトリーナは、ところどころに金色の飾りが付いた白いベッドに腰かけて、緊張しながら外を見つめた。
ガラス戸の奥に広がるバルコニー。
その白い手すりの向こうには、大きな月が浮かんでいる。
秋の夜はほんのちょっぴり肌寒く、私は羽織っていたガウンの前をぴったり合わせた。
紫のリボンが付いた桃色の寝衣は、今夜のためにあつらえたもの。華美すぎず控えめすぎないデザインで、肌が透けないギリギリの薄さだ。
上に羽織った同色のガウンも、私の金髪と紫の瞳が映えるように計算されている。
クロム様の登場に思い残すことがあってはいけないと、今夜は一番気に入っている服を着た。
「長いようで短かったわ。いよいよ、なのね」
ゲームの展開通りなら、もうすぐここに、愛しい推しが現れる。
先走ってはいけないと、私はベッドに腰かけたまま、ガラス戸の外に目を向けた。
そして、もう何度目かもわからないため息をつく。
身体が小刻みに震えるのは、寒さのせい?
それとも――――クロム様の登場が、待ち遠しくてたまらないから?
いざその時を迎えるとなると、胸が高鳴り息苦しい。
――彼は、どんな顔で私の前に現れるのだろう? そして私は、計画通りにことを運べるの?
ふいにカタンと音がして、私は外に目を向けた。
「あっ……」
バルコニーの手すりには、満月を背にした黒い影。均整の取れた立ち姿は怖いくらいに美しく、切れ味鋭いナイフを逆手に構えている。
――クロム様だ!
ゲーム画面と寸分違わぬ構図には、感動すら覚えてしまう。
推しの見せ場に立ち会えた感動で、私は涙ぐむ。
クロム様は覆面をしておらず、伊達眼鏡もかけていない。
胸元の開いた黒い衣装を纏い、夜の闇と同化したかのごとく、滑るように私の部屋へ侵入する。
私は興奮のためぶるぶる震えて、声すら出せない。
尊い尊い尊い尊い尊い尊い尊い尊い尊い尊い尊い尊い尊い尊い尊い尊い尊い尊尊尊尊尊……。
――いけない、ちょっと落ち着こう。
音もなく、徐々に近づく暗殺者。
月明かりに照らされた彫りの深い顔には、陰影が浮かぶ。
艶のある黒い髪、筋の通った高い鼻、引き締まった顎のライン。
赤い瞳が私を映して、わずかに煌めく。
その途端、私の動悸が激しくなった。
「クッ――(ロムしゃまあああああ! しゅきいいいいい☆)」
驚かせてはいけないわ、我慢我慢。
お仕事モードのなでつけられた黒髪は、教師の時と違って味がある。高い鼻と切れ長の目元、ルビーよりも真っ赤な瞳。眉をひそめる表情もとにかくカッコいい!
スタイルがいいのに黒一色の地味な服、なのにチラリと覗く鎖骨はファンサービスとしか思えない。豹のような身のこなしや高貴なたたずまいには、いつも以上に目を奪われた。
月を背にした姿もいいけれど、今の方が近くにいる分、心の距離も近い気がする。
無愛想でも仕草は優雅。溢れる知性と相俟って、とにかく素敵。
声も好みのど真ん中。
きっぱりした口調や囁き声、腰に響く低い声音に何度倒れそうになったことか。それから…………。
あ、そうそう。
はっきり見えているにも拘わらず、警戒しろとでも言うようにわざわざナイフを掲げるなんて、どうしてそんなに優しいの!【錯乱】
クロム様の良さは、一晩では到底語り尽くせない。
彼こそまさに歩く芸術。
いや、神(ゲーム制作会社)が作りたもうた奇跡だ!!
私は彼の一挙手一投足を見逃さないよう、必死に目を凝らす。
一方、黒髪の暗殺者は私をひたと見据えると、手にしたナイフを振り上げた。
その瞬間、私は両手を大きく広げる。
「かま~~~ん☆」
「…………は?」
驚いた様子の彼は、ナイフを手にしたままピタリと足をとめた。
私はにっこり笑い、すかさず突進。
絶対に離しはしないと、愛しい推しの足下にすがりつく。
「クロムしゃまあああああ、しゅきいいいいい☆」
とうとう本音を大暴露。
「なっ……」
「あなたは優しい人よ。だって、ナイフを持つ手が震えているもの」
床で何かが光った気もするが、私は構わずゲーム通りのセリフを述べた。
「……いや。ナイフは君の足下にあるんだが?」
「Oh……」
私が突進したせいで、クロム様はナイフを落としてしまったようだ。
その彼は、絡《から》みつく私を引き剥がそうと、足を乱暴に動かした。
「ナイフを見ても驚かないとは、なぜだ? それより放してくれ…………放せ!」
「ぐぎぎぎぎ」
邪険にされればされるほど、私は必死にしがみつく。
――ここで離れてなるものか。十年に渡る筋トレは伊達ではなく、この日のために身体を鍛えてきたのよ。
『バラミラ』のスタートからはあっという間に四ヶ月が経ち、とうとうその日がやってきた。
満月の今日、私は彼の手で暗殺される――。
そうは言っても、それは攻略対象達のヒロインへの好感度が足りていない場合のみ。
ルシウスの好意はバッチリで、ハーヴィーやタールもそこそこあるはずだ。
だから今日、私が本当に殺される可能性はない…………と思う。
惚れさせ薬を手に入れられなかったので、念のため、捕縛用の縄を用意した。これで準備はバッチリだ。
秋の空にはまん丸な月が浮かび、バルコニーに続く窓を開け放していると、寒く感じる。
薄着のせいかもしれないけれど、期待に胸を膨らませる私にとって、このくらいどうってことはない。
それよりも、クロム様の目に可愛く映ることの方が、はるかに重要なのだ。
「あと少し……なのね」
真夜中――。
ローズマリー国の王女である私――カトリーナは、ところどころに金色の飾りが付いた白いベッドに腰かけて、緊張しながら外を見つめた。
ガラス戸の奥に広がるバルコニー。
その白い手すりの向こうには、大きな月が浮かんでいる。
秋の夜はほんのちょっぴり肌寒く、私は羽織っていたガウンの前をぴったり合わせた。
紫のリボンが付いた桃色の寝衣は、今夜のためにあつらえたもの。華美すぎず控えめすぎないデザインで、肌が透けないギリギリの薄さだ。
上に羽織った同色のガウンも、私の金髪と紫の瞳が映えるように計算されている。
クロム様の登場に思い残すことがあってはいけないと、今夜は一番気に入っている服を着た。
「長いようで短かったわ。いよいよ、なのね」
ゲームの展開通りなら、もうすぐここに、愛しい推しが現れる。
先走ってはいけないと、私はベッドに腰かけたまま、ガラス戸の外に目を向けた。
そして、もう何度目かもわからないため息をつく。
身体が小刻みに震えるのは、寒さのせい?
それとも――――クロム様の登場が、待ち遠しくてたまらないから?
いざその時を迎えるとなると、胸が高鳴り息苦しい。
――彼は、どんな顔で私の前に現れるのだろう? そして私は、計画通りにことを運べるの?
ふいにカタンと音がして、私は外に目を向けた。
「あっ……」
バルコニーの手すりには、満月を背にした黒い影。均整の取れた立ち姿は怖いくらいに美しく、切れ味鋭いナイフを逆手に構えている。
――クロム様だ!
ゲーム画面と寸分違わぬ構図には、感動すら覚えてしまう。
推しの見せ場に立ち会えた感動で、私は涙ぐむ。
クロム様は覆面をしておらず、伊達眼鏡もかけていない。
胸元の開いた黒い衣装を纏い、夜の闇と同化したかのごとく、滑るように私の部屋へ侵入する。
私は興奮のためぶるぶる震えて、声すら出せない。
尊い尊い尊い尊い尊い尊い尊い尊い尊い尊い尊い尊い尊い尊い尊い尊い尊い尊尊尊尊尊……。
――いけない、ちょっと落ち着こう。
音もなく、徐々に近づく暗殺者。
月明かりに照らされた彫りの深い顔には、陰影が浮かぶ。
艶のある黒い髪、筋の通った高い鼻、引き締まった顎のライン。
赤い瞳が私を映して、わずかに煌めく。
その途端、私の動悸が激しくなった。
「クッ――(ロムしゃまあああああ! しゅきいいいいい☆)」
驚かせてはいけないわ、我慢我慢。
お仕事モードのなでつけられた黒髪は、教師の時と違って味がある。高い鼻と切れ長の目元、ルビーよりも真っ赤な瞳。眉をひそめる表情もとにかくカッコいい!
スタイルがいいのに黒一色の地味な服、なのにチラリと覗く鎖骨はファンサービスとしか思えない。豹のような身のこなしや高貴なたたずまいには、いつも以上に目を奪われた。
月を背にした姿もいいけれど、今の方が近くにいる分、心の距離も近い気がする。
無愛想でも仕草は優雅。溢れる知性と相俟って、とにかく素敵。
声も好みのど真ん中。
きっぱりした口調や囁き声、腰に響く低い声音に何度倒れそうになったことか。それから…………。
あ、そうそう。
はっきり見えているにも拘わらず、警戒しろとでも言うようにわざわざナイフを掲げるなんて、どうしてそんなに優しいの!【錯乱】
クロム様の良さは、一晩では到底語り尽くせない。
彼こそまさに歩く芸術。
いや、神(ゲーム制作会社)が作りたもうた奇跡だ!!
私は彼の一挙手一投足を見逃さないよう、必死に目を凝らす。
一方、黒髪の暗殺者は私をひたと見据えると、手にしたナイフを振り上げた。
その瞬間、私は両手を大きく広げる。
「かま~~~ん☆」
「…………は?」
驚いた様子の彼は、ナイフを手にしたままピタリと足をとめた。
私はにっこり笑い、すかさず突進。
絶対に離しはしないと、愛しい推しの足下にすがりつく。
「クロムしゃまあああああ、しゅきいいいいい☆」
とうとう本音を大暴露。
「なっ……」
「あなたは優しい人よ。だって、ナイフを持つ手が震えているもの」
床で何かが光った気もするが、私は構わずゲーム通りのセリフを述べた。
「……いや。ナイフは君の足下にあるんだが?」
「Oh……」
私が突進したせいで、クロム様はナイフを落としてしまったようだ。
その彼は、絡《から》みつく私を引き剥がそうと、足を乱暴に動かした。
「ナイフを見ても驚かないとは、なぜだ? それより放してくれ…………放せ!」
「ぐぎぎぎぎ」
邪険にされればされるほど、私は必死にしがみつく。
――ここで離れてなるものか。十年に渡る筋トレは伊達ではなく、この日のために身体を鍛えてきたのよ。
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