上 下
24 / 70
第二章 ムーンライト暗殺

心優しき暗殺者

しおりを挟む
 続いて私は、さりげなく兄の横に移動する。
 道幅は広くクラリスの隣にルシウス、その横にハーヴィー、私の順となった。一歩下がったところに護衛のタールが控えている。

 ルシウスからは離れたけれど、好意はきっと現状維持。
 ここからは、ハーヴィーの好感度上げに専念しよう。

「お兄様、見て! とっても可愛いわ」

 私はハーヴィーの腕を引っ張って、お店の丸い看板を指差した。
 描かれていたのは、小さな女の子が子犬と遊ぶ絵。
 ちょっとフェリーチェにも似ている。

「そうね。でも、お前の方が可愛いよ」

 クラリスはあきれ、ルシウスは難しい顔。
 でも、兄の返しはいつものことだから、特別な意味はない。

「お兄様は、身内に甘すぎるわ」

 笑いながら口にすると、ハーヴィーが微妙な顔をした。

 前世の記憶があるから、私は自分が彼の本当の妹ではないと知っている。けれどこの段階で明かすわけにはいかないので、わざと気づかないフリをする。

 ただでさえ、ハーヴィーの好感度は上がりにくい。
 言葉も重要だけど、妹らしく可愛い仕草を心がけよう。

 命がっているこの戦い、負けるわけにはいかない!

「カトリーナ、怖い顔してどうしたの?」
「怖い顔? 嫌ですわ。お兄様の寄りたいお店がないかなって、考えていたのに……」

 とっさにごまかすけれど、あながち嘘ではない。

『街中イベント』のハーヴィーは、カトリーナとの買い物デートだ。兄妹仲良く腕を組み、露店ろてんを見て歩く。途中、ハーヴィーが妹に花を贈る――という筋書きだった。

 ルシウスとは観劇デートだったので、さっきまでの行動で要件は満たしている。
 ちなみにタールとは食べ歩きデートで、いろんな出店や飲食店を回っていた。

 兄の好みそうな書店に寄ろうかどうしようか、と迷ったところで、おでこにぽつんとしたものを感じた。

「雨?」
「そうみたい」

 空は明るくこの辺だけが曇っているから、通り雨かもしれない。

「こちらへ。雨宿りをさせてもらいましょう」

 護衛のタールが、近くにあったパン屋の軒下のきしたに私達を導いた。
 雨が一気に激しさを増す。
 通りでは、焦った人々が散り散りになって逃げていく。

「ずいぶん急だね。僕らは運が良かったが、街の人達は平気かな?」

 通りから目を離さないルシウスの横で、クラリスがつぶやく。

「近くに避難するはずです。他の方まで気にかけるなんて、ルシウス様は優しいんですね」
「そうかな? でも、ありがとう」

 現実でのクラリスは、私を牽制けんせいしない。
 だったら彼はこのまま、クラリスにお願いしようかな?

 私は兄の、続いてタールの攻略に取りかかりたい。

 一番攻略したいのは、なんといってもクロム様。
 だけど彼はサブキャラなので、ヒロインと攻略対象達との『街中イベント』には、姿を見せなかった。



 ため息をつき、何気なく通りを眺めた。
 人がほとんどいないので、道を挟んだ向かいの店までよく見える。
 その時ふと、店の間の路地に立つ人影に気づく。

 薄手の黒いコートを着用した男性が、かがんで何かを拾い上げている。そしてためらうことなく、それを服の内側に入れた。

「ま、ま、まさか。あの尊いお姿は…………」

 なんてことのない仕草でも、ファンブックをすり切れるほど読みこんだ私には確信がある。

 ――街中にたたずむ彼の寂しそうな横顔。よく見ると、黒いコートの中で雨に打たれた捨て犬を暖めている。そんなイラストに添えられた『心優しき暗殺者』の文字。

 間違えようがない。
 あれは、ファンブックの憧れのイラスト。
 あの素敵なお姿は、クロム様だ!!

 私はいてもたってもいられず、通りに飛び出した。

「クロムしゃま♪」
「危ないっ」

 ガラガラという大きな音が聞こえた瞬間、私の目と鼻の先を大きな馬車が通り過ぎていく。びっくりして立ちすくむ私の肩を、何者かががっちりつかんでいた。

 呆然としている私に、後ろから腕が回される。
 次いで、かすれた声が響く。

「カトリーナ、怪我けがはなかった?」

 この声はルシウスだ! 
 私は彼に、後ろから抱きしめられているみたい。

「ルシウス様、あの……」

 彼は私を反転し、頭の上からつま先まで目を走らせた。傷一つないことを確認すると、私の頬に手を当てる。

「今度こそ、君をまもれて良かった。突然駆け出すなんて、いったいどうしたの?」
「それは…………」

 答えをひねりだそうとしていたら、ハーヴィーがルシウスの元から私を引きがす。

「カトリーナ、急に飛び出すなんて正気か!」
「お兄様、ごめんなさい。でも、私……」

 ――そうだ、気が動転して忘れてた。クロム様!!

 通りの向こうを見ようと慌てて顔をらすけど、タールの背中が邪魔をしている。

「ター坊――タール、ちょっと(どいて)」
「姫様が俺を呼ぶなんて、よっぽど怖かったんですね」

 ――違うから。クロム様のお姿を見たいだけだから。

 けれどタールが動くと、目当ての路地はがらんとしている。

「そんなあ……」

 さっきのあれは、絶対クロム様。
 ファンブックにしか出て来ない貴重な立ち絵が目の前で繰り広げられていたのに、見逃してしまった。

 雨はやんでも、私の心は晴れない。

 ――馬車さえ現れなければ、生のクロム様を拝めていたのに……。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。

猫菜こん
児童書・童話
 私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。  だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。 「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」  優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。  ……これは一体どういう状況なんですか!?  静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん  できるだけ目立たないように過ごしたい  湖宮結衣(こみやゆい)  ×  文武両道な学園の王子様  実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?  氷堂秦斗(ひょうどうかなと)  最初は【仮】のはずだった。 「結衣さん……って呼んでもいい?  だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」 「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」 「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、  今もどうしようもないくらい好きなんだ。」  ……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。

成り上がり令嬢暴走日記!

笹乃笹世
恋愛
 異世界転生キタコレー! と、テンションアゲアゲのリアーヌだったが、なんとその世界は乙女ゲームの舞台となった世界だった⁉︎  えっあの『ギフト』⁉︎  えっ物語のスタートは来年⁉︎  ……ってことはつまり、攻略対象たちと同じ学園ライフを送れる……⁉︎  これも全て、ある日突然、貴族になってくれた両親のおかげねっ!  ーー……でもあのゲームに『リアーヌ・ボスハウト』なんてキャラが出てた記憶ないから……きっとキャラデザも無いようなモブ令嬢なんだろうな……  これは、ある日突然、貴族の仲間入りを果たしてしまった元日本人が、大好きなゲームの世界で元日本人かつ庶民ムーブをぶちかまし、知らず知らずのうちに周りの人間も巻き込んで騒動を起こしていく物語であるーー  果たしてリアーヌはこの世界で幸せになれるのか?  周りの人間たちは無事でいられるのかーー⁉︎

友達の妹が、入浴してる。

つきのはい
恋愛
 「交換してみない?」  冴えない高校生の藤堂夏弥は、親友のオシャレでモテまくり同級生、鈴川洋平にバカげた話を持ちかけられる。  それは、お互い現在同居中の妹達、藤堂秋乃と鈴川美咲を交換して生活しようというものだった。  鈴川美咲は、美男子の洋平に勝るとも劣らない美少女なのだけれど、男子に嫌悪感を示し、夏弥とも形式的な会話しかしなかった。  冴えない男子と冷めがちな女子の距離感が、二人暮らしのなかで徐々に変わっていく。  そんなラブコメディです。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

【完結】悪役令嬢のトゥルーロマンスは断罪から☆

白雨 音
恋愛
『生まれ変る順番を待つか、断罪直前の悪役令嬢の人生を代わって生きるか』 女神に選択を迫られた時、迷わずに悪役令嬢の人生を選んだ。 それは、その世界が、前世のお気に入り乙女ゲームの世界観にあり、 愛すべき推し…ヒロインの義兄、イレールが居たからだ! 彼に会いたい一心で、途中転生させて貰った人生、あなたへの愛に生きます! 異世界に途中転生した悪役令嬢ヴィオレットがハッピーエンドを目指します☆  《完結しました》

悪役令嬢エリザベート物語

kirara
ファンタジー
私の名前はエリザベート・ノイズ 公爵令嬢である。 前世の名前は横川禮子。大学を卒業して入った企業でOLをしていたが、ある日の帰宅時に赤信号を無視してスクランブル交差点に飛び込んできた大型トラックとぶつかりそうになって。それからどうなったのだろう。気が付いた時には私は別の世界に転生していた。 ここは乙女ゲームの世界だ。そして私は悪役令嬢に生まれかわった。そのことを5歳の誕生パーティーの夜に知るのだった。 父はアフレイド・ノイズ公爵。 ノイズ公爵家の家長であり王国の重鎮。 魔法騎士団の総団長でもある。 母はマーガレット。 隣国アミルダ王国の第2王女。隣国の聖女の娘でもある。 兄の名前はリアム。  前世の記憶にある「乙女ゲーム」の中のエリザベート・ノイズは、王都学園の卒業パーティで、ウィリアム王太子殿下に真実の愛を見つけたと婚約を破棄され、身に覚えのない罪をきせられて国外に追放される。 そして、国境の手前で何者かに事故にみせかけて殺害されてしまうのだ。 王太子と婚約なんてするものか。 国外追放になどなるものか。 乙女ゲームの中では一人ぼっちだったエリザベート。 私は人生をあきらめない。 エリザベート・ノイズの二回目の人生が始まった。 ⭐️第16回 ファンタジー小説大賞参加中です。応援してくれると嬉しいです

愛されたくて悪役令嬢になりました ~前世も今もあなただけです~

miyoko
恋愛
前世で大地震に巻き込まれて、本当はおじいちゃんと一緒に天国へ行くはずだった真理。そこに天国でお仕事中?という色々と規格外の真理のおばあちゃんが現れて、真理は、おばあちゃんから素敵な恋をしてねとチャンスをもらうことに。その場所がなんと、両親が作った乙女ゲームの世界!そこには真理の大好きなアーサー様がいるのだけど、モブキャラのアーサー様の情報は少なくて、いつも悪役令嬢のそばにいるってことしか分からない。そこであえて悪役令嬢に転生することにした真理ことマリーは、十五年間そのことをすっかり忘れて悪役令嬢まっしぐら?前世では体が不自由だったせいか……健康な体を手に入れたマリー(真理)はカエルを捕まえたり、令嬢らしからぬ一面もあって……。明日はデビュタントなのに……。いい加減、思い出しなさい!しびれを切らしたおばあちゃんが・思い出させてくれたけど、間に合うのかしら……。 ※初めての作品です。設定ゆるく、誤字脱字もあると思います。気にいっていただけたらポチッと投票頂けると嬉しいですm(_ _)m

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

処理中です...