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第二章 ムーンライト暗殺
推しのいないイベントで 1
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推しにかまけていたけれど、ゲームでは『城内パート』を終えて共通ルート終盤の『街中イベント』へ。
その日の午後、私は兄のハーヴィーに呼び出された。
「ルシウス殿下が城下町を見学したいそうだ。カトリーナも同行してほしい」
「もちろんですわ。楽しみです」
これぞゲームの『街中イベント』だ。
主役はもちろんカトリーナ。
悪役令嬢のクラリスも、勝手に調べてついてくる。
「念のため、手紙を出しておきましょう。でもこのイベントって、ヒロインが事前に攻略対象の一人を選ぶのよね。選ばれなかった者とは、なぜか都合良く途中ではぐれてしまうんだっけ」
もし許されるなら、クロム様を指名したい。
けれど彼はサブキャラなので、街中イベントには出て来なかった。
「特定の人物に絞ると、後々面倒だわ。かといって一人でも好感度がゼロになると、カトリーナは暗殺されてしまう。だったらここは、私への好意が少ない相手を選ぶべきよね」
言いながら、首を捻る。
「兄はたぶん平気だし、ルシウスもきっと大丈夫。護衛のタールだって、毎日軽口を交わす仲だし……」
唐突に、不安に襲われた。
「待って。多忙でなかなか会えない兄と、積極的すぎて会わないようにしたルシウスは、そうとも言い切れない。タールも近頃事務的よね。どうしよう、全員が怪しく感じるわ」
額に手を当て思い悩む。
「一人を選べば、他が下がる。別画面で好感度を確認しながら進められればいいけれど、現実ではそうもいかない。だとすると……」
結論が出たので、大きく頷く。
「今度こそ団体行動ね。難しいけど三人まとめて好意を得れば、少なくとも私の命は助かるわ」
そして大事な推しにも、暗殺なんて悲しいことをさせずに済むだろう。
街中イベント当日。
ルシウスとハーヴィー、クラリスと私と護衛のタールは、王都の舗装された石畳の上を、二列に分かれて歩いている。
ルシウスは我が国の賓客でハーヴィーも王太子のため、二人は当然護衛付き。視察を兼ねているので、護衛を含めた全員が目立たない恰好をしている。
私は白いブラウスとピンクのフレアスカート姿で、茶色の編み上げブーツを履いている。これは、『バラミラ』の街中イベント通りの服装だ。
クラリスもゲームと同じ装いで、白いブラウスの上に濃い青のジャンパースカートを合わせている。
ルシウスは、白の開襟シャツで下は紺色のズボンに黒のブーツ。足が長くて顔もいいため、雑踏の中でも妙に目立つ。
タールは生成りのシャツに緑のベストと茶のズボン。私服だと一層若く、年下に見えてしまう。
町人用の帽子を目深に被ったハーヴィーは、白いシャツの上に淡い茶色のベストとズボンを合わせていた。地味な装いでも派手に見えるのは、性分だからしょうがない。
「ルシウス様、楽しんでいらっしゃいますか?」
「はい、とても」
前を歩く彼の顔は、ほとんど見えない。
声が笑みを含んでいたから、大丈夫かな?
街はクリーム色の壁に赤やオレンジなど明るい色の屋根の建物が多く、店先は買い物客で賑わっている。店先では売り子がお客を呼びとめようと大きな声を出し、花売りも負けじと叫ぶ。
「クラリス、ちょっとそこで買いものをしたいんだけど……」
「あら。いきなり買い食い?」
「そんなことを言わないで。ね、お願い」
漂う甘い香りは、この国特有のお菓子だ。
前世の『ゆべし』に似た食べもので、砂糖と果汁にデンプンを合わせたところにクルミやピスタチオを練り込んでいる。
王子のルシウスは、甘いものが好きだった。
賄賂ではないけれど、これで私への好感度が上がるなら、安いものだ。
ハーヴィーとルシウスはその間に、揃って露店を覗いている。真鍮製の鳥かごや珍しい色合いの陶磁器。南方から届いたと思われる緋色や紫や黄色の色鮮やかな布が、ひときわ目を引く。
「ルシウス様、毒味も済ませましたし、いかがですか?」
私は買い求めた菓子を、包まれた袋ごと彼に差し出した。
「毒味をしたのは、私です」
クラリスも、すかさず自分を売り込んだ。
「とっても甘い香りがするけど、これは?」
「『ロックム』と言います」
お菓子の名を教えた途端、私はここにいないあの人を思い出した。
その日の午後、私は兄のハーヴィーに呼び出された。
「ルシウス殿下が城下町を見学したいそうだ。カトリーナも同行してほしい」
「もちろんですわ。楽しみです」
これぞゲームの『街中イベント』だ。
主役はもちろんカトリーナ。
悪役令嬢のクラリスも、勝手に調べてついてくる。
「念のため、手紙を出しておきましょう。でもこのイベントって、ヒロインが事前に攻略対象の一人を選ぶのよね。選ばれなかった者とは、なぜか都合良く途中ではぐれてしまうんだっけ」
もし許されるなら、クロム様を指名したい。
けれど彼はサブキャラなので、街中イベントには出て来なかった。
「特定の人物に絞ると、後々面倒だわ。かといって一人でも好感度がゼロになると、カトリーナは暗殺されてしまう。だったらここは、私への好意が少ない相手を選ぶべきよね」
言いながら、首を捻る。
「兄はたぶん平気だし、ルシウスもきっと大丈夫。護衛のタールだって、毎日軽口を交わす仲だし……」
唐突に、不安に襲われた。
「待って。多忙でなかなか会えない兄と、積極的すぎて会わないようにしたルシウスは、そうとも言い切れない。タールも近頃事務的よね。どうしよう、全員が怪しく感じるわ」
額に手を当て思い悩む。
「一人を選べば、他が下がる。別画面で好感度を確認しながら進められればいいけれど、現実ではそうもいかない。だとすると……」
結論が出たので、大きく頷く。
「今度こそ団体行動ね。難しいけど三人まとめて好意を得れば、少なくとも私の命は助かるわ」
そして大事な推しにも、暗殺なんて悲しいことをさせずに済むだろう。
街中イベント当日。
ルシウスとハーヴィー、クラリスと私と護衛のタールは、王都の舗装された石畳の上を、二列に分かれて歩いている。
ルシウスは我が国の賓客でハーヴィーも王太子のため、二人は当然護衛付き。視察を兼ねているので、護衛を含めた全員が目立たない恰好をしている。
私は白いブラウスとピンクのフレアスカート姿で、茶色の編み上げブーツを履いている。これは、『バラミラ』の街中イベント通りの服装だ。
クラリスもゲームと同じ装いで、白いブラウスの上に濃い青のジャンパースカートを合わせている。
ルシウスは、白の開襟シャツで下は紺色のズボンに黒のブーツ。足が長くて顔もいいため、雑踏の中でも妙に目立つ。
タールは生成りのシャツに緑のベストと茶のズボン。私服だと一層若く、年下に見えてしまう。
町人用の帽子を目深に被ったハーヴィーは、白いシャツの上に淡い茶色のベストとズボンを合わせていた。地味な装いでも派手に見えるのは、性分だからしょうがない。
「ルシウス様、楽しんでいらっしゃいますか?」
「はい、とても」
前を歩く彼の顔は、ほとんど見えない。
声が笑みを含んでいたから、大丈夫かな?
街はクリーム色の壁に赤やオレンジなど明るい色の屋根の建物が多く、店先は買い物客で賑わっている。店先では売り子がお客を呼びとめようと大きな声を出し、花売りも負けじと叫ぶ。
「クラリス、ちょっとそこで買いものをしたいんだけど……」
「あら。いきなり買い食い?」
「そんなことを言わないで。ね、お願い」
漂う甘い香りは、この国特有のお菓子だ。
前世の『ゆべし』に似た食べもので、砂糖と果汁にデンプンを合わせたところにクルミやピスタチオを練り込んでいる。
王子のルシウスは、甘いものが好きだった。
賄賂ではないけれど、これで私への好感度が上がるなら、安いものだ。
ハーヴィーとルシウスはその間に、揃って露店を覗いている。真鍮製の鳥かごや珍しい色合いの陶磁器。南方から届いたと思われる緋色や紫や黄色の色鮮やかな布が、ひときわ目を引く。
「ルシウス様、毒味も済ませましたし、いかがですか?」
私は買い求めた菓子を、包まれた袋ごと彼に差し出した。
「毒味をしたのは、私です」
クラリスも、すかさず自分を売り込んだ。
「とっても甘い香りがするけど、これは?」
「『ロックム』と言います」
お菓子の名を教えた途端、私はここにいないあの人を思い出した。
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