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第二章 ムーンライト暗殺

推しのご褒美

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 ゲームではそろそろ、履修りしゅう度テストと題した『クロム先生とのミニゲーム』に突入する。
 ある日の講義後、予想通りクロム様が試験の日程を告げた。

「相当難しい問題にするので、ある程度答えられるように頑張ってください」

 ゲームでは、欠けたジグソーパズルで正解が出てくる。でも、ここでは本物の試験をするらしい。

 憧れの推しに直接教わって、難しい内容もイケボ――美声で再生されるので、勉強自体は楽しい。だけど全問正解できるかというと、自信がなかった。

「クロム先生、ちょっといいですか?」
「はい。試験に関することでしたら」

 ――くうぅ~。本日も安定の無表情。だけど、そんなお顔もス・テ・キ☆ 

 黒の開襟かいきんシャツにズボンというシンプルな装いのクロム様。
 まくり上げたそでからは鍛えられた腕がのぞき、なんとも眼福だ。

 私は桃色に薄紫色が差し色のすずしげなドレスを着ているが、当然おめの言葉はない。気にせず微笑み、続けてみる。

「もちろん試験のことですわ。先ほど、相当難しいとおっしゃっていましたよね?」
「はい。復習も兼ねているので、専門的な用語も出題するつもりです」
「でしたら、満点を取るのは無理かしら?」
「そうですね。セイボリー出身の者でも、難しいかもしれません」
「まあ……」

 ひとまず驚いて見せたものの、私にとっては好都合。
 だって難易度が高い方が、お願いもしやすくなる。

「先生、私、頑張ります! だから、もし満点を取れたらご褒美ほうびをくださいますか?」
「褒美……ですか?」 

 クロム様は眉根を寄せているけれど、私は一気に畳みかける。

「ええ。もし私が次のテストで満点を取れたら、一つだけかなえてほしいことがあるんです」

 途端に推しが身じろぎしたので、慌てて首を横に振る。

「大変なお願いではありません。嫌ならその場で断ってくださっても……。ですが、やりがいがある方が、勉強の励みになるので。ダメでしょうか?」

 上目遣いで彼を見て、顔の前で手を組んだ。
 どうか、可愛く見えますように。

 少しの間の後、クロム様が眼鏡の奥の目を細める。

「カトリーナ様が、そこまでおっしゃるのなら。その代わり、こちらも手加減しませんよ」
「クロムさ……先生、ありがとうございます!」

 嬉しさのあまり、声が弾む。

 ご褒美のために、猛勉強。
 部屋にもって、セイボリーの歴史と単語漬けの毎日を送る。
 私を案じたルシウスが、時々食事に誘うけど、食堂に行く時間がもったいない。



 そして、試験当日。
 濃い桃色のドレスを着た私は、詰め込みすぎて頭はパンパン。歩くと学んだ全てが落っこちそうで、勉強部屋までそろそろ歩いて移動する。

「セイボリー語の夢を見るようになったから、完璧ね。これでダメなら、どうしようもないわ」

 扉を開けると、すでに推しが待っていた。
 銀の刺繍ししゅうが入った黒い上着に白いシャツ、黒いズボンというきっちりした姿もよく似合う。

 でも今日ばかりは、クロム様のイイ顔と声に、酔ってなんかいられない。

「始め」

 試験科目はセイボリーの地理と歴史、語学に及ぶ。
 語学に至っては口述試験もあるが、思った通りジグソーパズルは置いていない。

 私はかつてないほど真剣に、答えを次々めていく。
 わかるところから解いていき、難しい問題は後回し。
 余った時間をたっぷり使い、全ての解答を導き出した。

 その結果――。

「驚きました。全問正解です」
「やったわ!」

 驚いたと言いながら、採点を終えたクロム様の表情はいつもと変わらない。

「カトリーナ様の勉学に対する姿勢には、感服いたします」
「ありがとうございます。ところで先生……」
「満点が取れたらご褒美を、というお話でしたね」
「ええ!」

 推しが、私の話を覚えていてくれた! 
 それだけで感激だけど、ぜひとも叶えてもらいたい。

「どんなことでしょうか? 私にできる範囲だと、ありがたいのですが」

 一瞬「笑顔を見せて」と言いたくなる気持ちを、ぐっとこらえた。ファンたるもの、推しに無理強いしてはいけない。

「子犬のフェリーチェを連れて、ピクニックに行きたいんです」
「は?」

 クロム様が切れ長の目を大きく開く。
 意外な内容で、びっくりしたみたい。

「ピクニック……ですか?」
「ええ」

 にっこり笑って首肯しゅこうする。
 私の願いは自分のためだが、推しのためでもある。
 心を打つ絵の背景とそっくりな場所に、彼を案内したかった。

 それともう一つ。
 推しの誕生会を開きたい!

 推しの喜ぶ顔が見られたら、それこそまさにご褒美だ。
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