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第二章 ムーンライト暗殺
一枚の絵
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近頃ずっと、勉強部屋以外でクロム様と会えない。
「おかしいわ。こんなに探しているのに、お姿を見かけないなんて。担当女官に確認したけど、ご病気ではないようだし……」
推しと親密になる予定が、勉強に関する話題しか持ち出せないまま、日々がどんどん過ぎていく。
「外出したご様子はないのに、いったいどこにいらっしゃるのかしら?」
庭園にも現れず、図書室や食堂にもいない。
念のため城の武器庫も見てみたが、影も形もなかった。
必死の捜索にはわけがある。
推しに会いたいのもそうだけど、一番は私の命がかかっているからだ。
複数の命を持つヒロインでも、暗殺は一度でゲームオーバー。攻略対象全員の好感度を上げておけば回避できるけど、現状では確認する術がない。
そこで私は、クロム様との絆を直接深めようと考えたのだ。
袖と裾に白いフリルが付いた薄紫色のドレスを着て、推しを求めて城中を練り歩く。人気のない廊下の奥に、ようやく目当ての男性を発見した。
「クロ……」
呼びかけて、慌てて口をつぐむ。
なぜならクロム様が、一枚の絵にじっと見入っていたから。
「ここだったのかあ~~」
てっきり美術館だと思っていたのに、城の廊下だったみたい。
オープニングの人影はクロム様で間違いないけれど、肝心の場所が違っていたようだ。
城にも美術館同様、いろんな種類の絵画が展示されている。好きな時に眺められるし、あの一画は確か、国内外の高名な画家の作品だ。
「さすがはクロム様、お目が高いわ! この数日お姿を見かけなかったのって、こちらにいらしたからかしら?」
そうだとすると、これこそ彼が絵を眺めるシーンだ。
――好きな人の好きな絵画は、なんだろう?
そろりそろりと近づくけれど、廊下の半分ほどを過ぎたところで、ぎくりと立ち止まる。
――彫りの深い横顔に光るのは……涙?
神聖な空間と、神がかった尊いお姿。
絵を夢中で眺めるクロム様に、何があったの?
奇跡の瞬間に立ち会えたものの、私は息を潜めて見守った。
「やあ、カトリーナ。何しているの?」
「ひゃっ」
振り向くと声の主はルシウスで、にこにこしながら立っていた。
前方の推しが気になるけれど、国賓の彼も無視できない。
「ルシウス様、ごきげんよう」
ドレスのスカートを摘まみ、失礼にならない程度に素早くお辞儀。慌てて後ろを向くと、クロム様の姿は消えていた。
「そんなあ……」
結局どの絵かわからない。
こんなことならぐずぐずしないで、さっさと確認しておけば良かったわ。
遅きに失した感じだが、廊下の絵を確認しに行く。
「どの絵がお好きか、直接尋ねられたらいいのに」
でもそれでは、涙を見てしまったと白状することになる。
気まずくなって避けられるのは嫌なので、自分で探そう。
「カトリーナ?」
「うわっ。ルシウス様、まだいらし……いえ、ルシウス様も絵画にご興味が?」
「絵画と言うより、君に興味があるかな」
「ほほほ」
この場面に彼がいた覚えはないので、とりあえず笑ってごまかした。
――おかしい。このルシウス、ゲームよりも積極的だわ。
けれど、ここはクロム様。
気にせず調査を続行しようと、有名な画家の絵を見上げた。
「これは聖母がモチーフの作品ね。こっちは?」
視線の先には、母子の細密画がある。
それは国外から取り寄せたもので、茶色い髪の母親が同じ色の髪の幼い男の子と手を繋いで木の下を歩く、という珍しい構図だった。
タイトルは『まだ見ぬ我が子と』。
どうしても欲しくて、手に入れた覚えがある。
まさかこの男の子が羨ましくて、見入っていたの?
「もしかして、これかしら?」
「これ、とは?」
「ええっと……。これは、どこかしら?」
適当に返したものの、ルシウスは真剣に悩んでくれている。
「作者不詳、か。我が国ではないから、カトリーナが知らないならオレガノ帝国かな?」
いいえ、私もこれと似た場所を知っている。
そうか、いいこと考えた!
にやにやする私の横で、不思議そうな顔のルシウス。
いいアイディアが浮かんだので、彼に構ってはいられない。
今後の方針が決まった。
全ては私次第。
勉強に身を入れて、優秀な成績を取ろう!
「おかしいわ。こんなに探しているのに、お姿を見かけないなんて。担当女官に確認したけど、ご病気ではないようだし……」
推しと親密になる予定が、勉強に関する話題しか持ち出せないまま、日々がどんどん過ぎていく。
「外出したご様子はないのに、いったいどこにいらっしゃるのかしら?」
庭園にも現れず、図書室や食堂にもいない。
念のため城の武器庫も見てみたが、影も形もなかった。
必死の捜索にはわけがある。
推しに会いたいのもそうだけど、一番は私の命がかかっているからだ。
複数の命を持つヒロインでも、暗殺は一度でゲームオーバー。攻略対象全員の好感度を上げておけば回避できるけど、現状では確認する術がない。
そこで私は、クロム様との絆を直接深めようと考えたのだ。
袖と裾に白いフリルが付いた薄紫色のドレスを着て、推しを求めて城中を練り歩く。人気のない廊下の奥に、ようやく目当ての男性を発見した。
「クロ……」
呼びかけて、慌てて口をつぐむ。
なぜならクロム様が、一枚の絵にじっと見入っていたから。
「ここだったのかあ~~」
てっきり美術館だと思っていたのに、城の廊下だったみたい。
オープニングの人影はクロム様で間違いないけれど、肝心の場所が違っていたようだ。
城にも美術館同様、いろんな種類の絵画が展示されている。好きな時に眺められるし、あの一画は確か、国内外の高名な画家の作品だ。
「さすがはクロム様、お目が高いわ! この数日お姿を見かけなかったのって、こちらにいらしたからかしら?」
そうだとすると、これこそ彼が絵を眺めるシーンだ。
――好きな人の好きな絵画は、なんだろう?
そろりそろりと近づくけれど、廊下の半分ほどを過ぎたところで、ぎくりと立ち止まる。
――彫りの深い横顔に光るのは……涙?
神聖な空間と、神がかった尊いお姿。
絵を夢中で眺めるクロム様に、何があったの?
奇跡の瞬間に立ち会えたものの、私は息を潜めて見守った。
「やあ、カトリーナ。何しているの?」
「ひゃっ」
振り向くと声の主はルシウスで、にこにこしながら立っていた。
前方の推しが気になるけれど、国賓の彼も無視できない。
「ルシウス様、ごきげんよう」
ドレスのスカートを摘まみ、失礼にならない程度に素早くお辞儀。慌てて後ろを向くと、クロム様の姿は消えていた。
「そんなあ……」
結局どの絵かわからない。
こんなことならぐずぐずしないで、さっさと確認しておけば良かったわ。
遅きに失した感じだが、廊下の絵を確認しに行く。
「どの絵がお好きか、直接尋ねられたらいいのに」
でもそれでは、涙を見てしまったと白状することになる。
気まずくなって避けられるのは嫌なので、自分で探そう。
「カトリーナ?」
「うわっ。ルシウス様、まだいらし……いえ、ルシウス様も絵画にご興味が?」
「絵画と言うより、君に興味があるかな」
「ほほほ」
この場面に彼がいた覚えはないので、とりあえず笑ってごまかした。
――おかしい。このルシウス、ゲームよりも積極的だわ。
けれど、ここはクロム様。
気にせず調査を続行しようと、有名な画家の絵を見上げた。
「これは聖母がモチーフの作品ね。こっちは?」
視線の先には、母子の細密画がある。
それは国外から取り寄せたもので、茶色い髪の母親が同じ色の髪の幼い男の子と手を繋いで木の下を歩く、という珍しい構図だった。
タイトルは『まだ見ぬ我が子と』。
どうしても欲しくて、手に入れた覚えがある。
まさかこの男の子が羨ましくて、見入っていたの?
「もしかして、これかしら?」
「これ、とは?」
「ええっと……。これは、どこかしら?」
適当に返したものの、ルシウスは真剣に悩んでくれている。
「作者不詳、か。我が国ではないから、カトリーナが知らないならオレガノ帝国かな?」
いいえ、私もこれと似た場所を知っている。
そうか、いいこと考えた!
にやにやする私の横で、不思議そうな顔のルシウス。
いいアイディアが浮かんだので、彼に構ってはいられない。
今後の方針が決まった。
全ては私次第。
勉強に身を入れて、優秀な成績を取ろう!
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