乙女ゲームのヒロインですが、推しはサブキャラ暗殺者

きゃる

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第二章 ムーンライト暗殺

国家騎士団長タール

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 クロム様にしては珍しく、言葉にまっている。

『先生』と呼ぶべきところを、私がうっかり『あなた』と口走っちゃったから?
 慌てて言い直す。

「先生はここで、何をしていらっしゃったんですか?」
「いつもの散歩です。カトリーナ様は、こちらにいらしてよろしいのですか? 真剣に取り組まないと、課題は終わりませんよ」

 しまった、そうだった。

「ええっと……そうだわ! セイボリーの文化について疑問があるんです。教えてくださいますか?」
「課題にない質問は、明日まとめてしてください。せっかくですから、ご滞在中のセイボリーの王子殿下に直接伺ってみては、いかがでしょうか?」

 ――それだとマズいの! 

 一緒に過ごす時間が多いと、ルシウスの好感度だけが上がってしまう。そうなると、隣国行きはまぬかれない。ただでさえ彼の言動は、本来のストーリーの先を行く。

「いいえ。些細ささいな質問で、殿下をわずらわせるなどできません。では、明日また改めて伺いますわ。お散歩でしたら、ご一緒してもよろしくて? ちょうど子犬の様子を見に……」
「申し訳ありませんが、戻るところでしたので。王女殿下はどうぞごゆっくり」
「そんなあ……」

 推しに冷たくあしらわれ、がっかりして肩を落とした。
 すると横にいた護衛のタールが、何を思ったのか剣のつかに手をかける。

 ――もしや私がバカにされたと感じて、クロム様を威嚇いかくしているの?

「私のために、ケンカはやめて!(一度言ってみたかった)」

 クロム様は無言で、城の方へスタスタと歩き去ってしまった。

 心優しき暗殺者。
 だけど私に対しては、かなり冷たい。



 うつむく私に同情したのか、タールが話しかけてくる。

「カトリーナ様が庭園を散歩したいなら、俺がおともしますよ」
「ありがとう。ター坊は優しいのね」
「ター坊って……。カトリーナ様、その呼び方、そろそろやめていただけますか?」
「あら、どうして?」
「これでも俺、とっくに成人しています。しかも姫様より、六つも年上ですよ」

 くせのある薄茶の髪に緑の瞳、ちらりと見える八重歯やえばが可愛いタール。
 童顔の彼が男らしさを強調するなんて、これまでなかったことだ。

 ――もしかして、今はタールの好感度を上げる場面かしら?

 ゲームでは画面の下に選択肢が出てくるけれど、現実では無理だ。自分で最適解を導き出さなくてはいけないので、非常に難しい。

 だから私は間違えないよう、タールとの出会いに思いをせる。

 彼と初めて会ったのは、私が六歳で彼が十二歳の時。
 当時騎士見習いだったタールは、仲間達から離れた場所に、一人ポツンと座っていた。

「カトリーナ様、何を考えていらっしゃるんですか?」
「もちろん、あなたのことよ」
「俺っ!?」

 率直にこたえると、タールの耳が赤くなった。
 私は慌てて言葉を足す。

「いえ、あの……。あなたはあなたでも、昔のあなたなの」
「昔、ですか?」
「ええ。騎士の見習いだったあなたは、仲間から離れてふてくされていたな、と思って」
「ああ、そのことですか。確かにあの時小さな王女様に出会わなければ、俺は騎士になる夢をあきらめていたでしょう」
「まあ、大げさね」

 クスクス笑う私の横で、タールが真面目な顔をする。

「いいえ、事実です。俺はそれまで、師範しはんや他の見習い達から仲間はずれにされていましたから」
「そうだったわね。瞳に彗星すいせいの模様が浮かぶせいで恐れられ、爪弾つまはじきにされていたなんて。根も葉もない噂にまどわされていた彼らの方こそ、騎士失格よ!」

 それもこれも、この世界では彗星が凶兆とされているせいだ。
 彗星が近づくと、世界が終わるとか魂が奪われるといった迷信を、本気で信じている人もいる。

「ハハハ。姫様はあの頃もそう言って、俺をはげましてくれましたね」
「だって、本当のことですもの」

 実際の彗星は、氷やガスやちりかたまりで、死ぬなんてことはない。
 でも、この世界には精度の高い望遠鏡がなく、彗星の正体はいまだ解明されていなかった。

 そのせいで瞳に彗星の模様が浮かぶタールを、周りは当時気味悪がってけていたのだ。

 ゲームでは回想のみの場面でも、生まれ変わった私には現実の体験。タールとの出会いも昨日のことのように、はっきり覚えている。

「ですが、俺も悪いんです。メリック公爵家は由緒正しい国家騎士の家柄だからと、家名にあぐらをかいていたので」
「いいえ。タールは昔から、努力家でしょう?」
「姫様、そこまで俺のことを見て……」

 何やら感激している様子だけれど、私の知識のほとんどは、ゲームやファンブックで得たものだ。

「【彗星の瞳】を持ちながら、努力をおこたらない。周囲もそんなあなたを、心の底では認めていたと思うの。たぶん、夜空を駆ける彗星のごとき速さに、嫉妬しっとしていたのね」
「小さなカトリーナ様が真っ先に、俺の能力を認めて褒めてくださいましたね。『ター坊』という愛称をお付けになったのも、その頃でしたっけ」
「それは……」

『バラミラ』ファンが呼んでいたから。
 うっかり呼び間違えてはいけないと、六歳の私は彼をあえて「ター坊」と呼んだのだ。

「ごめんなさい。私……」
「謝らないでください。責めているのではなく、お礼を言いたくて。カトリーナ様が愛称を呼んで親しくしてくださったおかげで、仲間も俺を怖がらなくなったのですから」
「それは、あなたの側をうろちょろしていた私が、病気一つしなかったせいよね。だったら私ではなく、健康に生んでくれた両親のおかげだと思うの」

 タールがふっと微笑んだ。

「それでも俺は、あなたと出会えた奇跡に感謝したい。俺が団長になったのも、騎士として頑張っていられるのも、全てカトリーナ様のおかげです」
「まさか。全部ター坊の実力よ」

 元々タールは剣の腕だけでなく、性格も良かった。
 そんな彼の周りには、どんどん人が増えていく。
 彼を遠巻きにしていた連中も、今や彼の部下だ。
 若くして第三騎士団長の座にいたター坊は、多くの者に尊敬されている。

「感謝をしているのは、私よ。あなたは国家騎士になった後も、筋トレに付き合ってくれたでしょう? おかげで私、この通り元気だもの」

 力こぶを見せようと、ひじを曲げてみる。

「そんなこともありましたね。きたえたい、との申し出を受けた時は、本当にびっくりしました」
「思えば長い付き合いね。これからもよろしく、ター坊」
「はい。……って、結局ター坊かあ~」

 私の横で頭を抱えるタールは、可愛くって子犬みたい。
 もちろん、私のフェリーチェには負けるけど。
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