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第二章 ムーンライト暗殺

隣国王子ルシウス

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 前世の私がハマッていた乙女ゲーム、『バラミラ』こと『散りゆく薔薇ばらと君の未来』。
 スタートは、ヒロインが十五歳の誕生日を迎えた二ヶ月後。
 それなのに――。

「カトリーナ様。セイボリー王国のルシウス殿下が、間もなく到着なさるそうです」
「ええっ!?」
「きゃあ♪」

 喜ぶクラリスをよそに、一気に血の気が引いていく。

「そんな! メインヒーローの登場は、まだのはずでしょう? クロム様とだって、親しくなっていないのに」
「カトリーナったら、せっかくいらしてくださったのに失礼よ」
「そうね。でも……」

 ゲームより半月も早いとは、聞いていない。クロム様に夢中なせいで、私が兄の話を聞き逃していた!?

 ルシウス推しのクラリスは、しつこく粘って帰らない。
 おかしい。悪役令嬢って、こんなに暇だっけ?
 
「ねえ、クラリス。ルシウス様がいらしたのは、二国間を流れる川に橋をける事業の打ち合わせのためよ。今日は、お話する時間が取れるかどうか」
「まったまた~。それは名目で、いらしたのは恋するためでしょう?」

 確かに。
 乙女ゲームの『バラミラ』は、公共事業より恋愛が優先される。ゲームの中ではいいけれど、実際にそんな国があったら嫌だ。
 
「もちろん、私のことなら気にしなくていいわよ。陰から見守るだけだから」

 そう言いつつもクラリスは、着ていた青いドレスを整える。
 ついでに言うと、ルシウスの公式グッズも青だ。

 文房具やバッジ、ぬいぐるみの衣装なども青で統一されていた。彼の母国であるセイボリーの国旗も青だから、ルシウスのファンは青をよく好む。

 ……って、私の推しはクロム様。
 イメージカラーは黒だけど、黒は喪服になるのでまとえない。

「さ、早く早く」
「わかったわ。他国の王子を、お待たせするわけにはいかないものね」

 私は観念し、玉座の間に急ぐ。
 ゲームはすでに始まった。
 ヒロインのカトリーナが暗殺を回避するには、攻略対象全員の好感度を上げなくてはならないのだ。



 両開きの扉をくぐると、優美な彫刻が施された真っ白な柱と赤い壁紙が見えた。
 白い大理石の床に敷かれているのは、ふちが金色のあざやかな緋色ひいろ絨毯じゅうたんで、奥の一段高くなった玉座に続く。

 天井からつるされたシャンデリアは輝き、壁際にずらりと並んだ花瓶には、歓迎の意を込めて赤やピンク、紫色の瑞々みずみずしい薔薇が飾られていた。

 まばゆい景色の中でも一段ときらめきを放つのは、セイボリー王国の第一王子ルシウス、その人だ。

「やっぱりメインヒーローは違うわね。クロム様ひとすじの私でも、うっかり見惚みとれてしまうもの」

 れ出た素直な感想は、幸い誰にも聞かれなかった。

 攻略対象のルシウスは、ゲームのオープニングそのままの姿――いえ、画面を通して見るよりもはるかに麗しい。

 銀の髪は光を受けて輝いて、印象的な青い瞳は遠くからでもすぐわかる。整った綺麗な顔には魅惑的な甘い笑みが浮かび、青地に金の飾緒かざりお付きの衣装が、引き締まった身体を包んでいた。

 玉座の手前で中性的な美貌のハーヴィーと並び立つ姿は、そこだけまるで別世界。
 キラキラした二人に話しかけるより、できればここで眺めていたい。

「カトリーナ、遅かったね。ルシウス殿下がお待ちかねだよ」

 兄のハーヴィーが、私に気づいて手招きする。
 しずしず歩いてルシウスの前に立つと、彼が鋭く息を呑む。 

「お久しぶりです、ルシウス殿下。お目にかかれて光栄ですわ」

 にこりと微笑みひざを折る。
 久しぶりと言ったのは、私とルシウスは十年前にも一度会っているからだ。

「道中、いかがでしたか?」

 何度もゲームを楽しんで、会話の内容がわかっているのは非常に楽。この後はルシウスのターンで、彼が礼儀正しく挨拶する。
 私は笑みを崩さずに、ただ返事を待てばいい。
 
 ――――――――――あれ? 

 私を凝視したままのルシウスは、なぜかその場で固まっていた。

 ――――――――――――あれれ?

 カトリーナに息を呑むルシウスの画像は、ゲームのオープニング曲にも使われている。だけど、こんなに長く動かなかった覚えはない。

 ちなみに画像は、こんな感じ。

『カトリーナの手を取るルシウス。そんな彼を見て、複雑そうに微笑む王太子のハーヴィーと国家騎士のタール。キラキラ輝く背景には、薔薇が当然のように飛び交う。

 切り替わって夜になり、月を背にしたクロム様……というか、影だけ。美術館と館内が映ったかと思いきや、カトリーナはルシウスに抱き寄せられ、タールの背にかばわれて、ハーヴィーと手を取り見つめ合う』

 ……って、違うから。
 オープニング曲について、熱く語りたかったわけではないの。

 なのに現実では、兄のハーヴィーは怪訝けげんな顔。
 護衛のタールは私の背後で咳払い。 
 オープニングと同じ背景なのに、どうしてことごとく違うの?

「ルシウス……様?」

 小さな声で呼ぶと、ようやく視線が合った。
 ルシウスは目を細め、私の手をうやうやしく持ち上げる。

「失礼いたしました。久しく会わない間にいっそう美しくなられたので、心を奪われてしまったようです」

 今度は私が固まる番。

 ――待って。このセリフは、もうちょっと後のはずよ!

 管弦楽団はオープニングと同じ曲を演奏し、ルシウスが背負っているように見えるのは、花瓶に飾られた大量の薔薇。キラキラした背景はシャンデリアのせいだとわかったけれど、彼の言葉だけが違う。

 指先にキスをされ、私は目を丸くする。

 ――ここでは、手を取るだけなのに……。

 どこかで見ているクラリスに、刺されないといいけれど。

 ただ、ストーリーがサクサク進むなら、これはこれでありがたい。
 ゲームが始まってしまった以上攻略対象の好感度を上げておかないと、ヒロインのカトリーナは運命の日に、暗殺されてしまうから。

 ゲームでの隣国王子ルシウスは、昔出会ったカトリーナにほのかな想いを抱いている。だから、彼の好感度はどの対象よりも上がりやすい……って、彼だけ上げてどうするの!

 ルシウスとの愛を深めれば、ゲームの後半は彼との個別ルートに突入してしまう。
 そうなると、舞台は隣国セイボリー。
 ヒロインのカトリーナは祖国を離れ、推しとの別れも待っている。

 それだけは絶対に避けねば!!
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