乙女ゲームのヒロインですが、推しはサブキャラ暗殺者

きゃる

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第一章 めざせクロムサマスター

推しの好きなもの大作戦

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「こんなはずじゃなかったのにいいいいい」

 それでも頑張って、クロム様をくすぐろうと努力した。
 その結果、不審な動きが災いし、課題をたっぷり出されてしまったのだ。

「これって一日の量じゃないし、暇がないからクロム様の観察だってできないわ。講義はお顔と美声が堪能たんのうできるからいいけれど、課題は作業じゃない。単調な書き取りに意味はあるの?」

 すそに向かってらせん状のフリルが付いた薄緑色のドレスを着た私は、愚痴ぐちをこぼしつつもペンを走らせている。

「ふう。疲れたから、ちょっと休憩ね」

 新鮮な空気を取り入れようと、窓辺に向かう。すると、建物のすぐ下で緑の葉が揺れた。

「何かしら? ここからだとよく見えないわ」

 外に出ようとドアを開けたら、部屋の外で待機していた第三国家騎士団長のタールと目が合った。

 このタールもヒロインの攻略対象の一人で、敏捷びんしょう性が上がる【彗星すいせいの瞳】を持っている。やわらかな茶色の髪に緑の瞳の可愛らしい顔立ちの彼は、私の護衛も務めていた。

「カトリーナ様、どちらへ?」
「すぐそこよ。気になるものがあったの」

 足をとめずに歩きつつ、タールに応えた。
 ちなみにこれはサボりじゃなくって、確認作業。
 勉強にも気分転換は必要でしょう?

 二階にある自室の窓のちょうど下。
 タールとともに草むらをのぞき込むと、茶色い毛玉が現れた。

「クウゥ~ン」
「……か、可愛い♪」

 つぶらな瞳を見るなり、口走る。

 毛玉の正体は子犬で、全体的には茶色く、鼻の周りと胸の部分と手足の先が白い。前世で友人の家にいた、コーギー犬にも似ているような。

 かがんで子犬に手を伸ばすと、タールが慌てた。

「姫様! お気をつけください」
「大丈夫よ」

 子犬はえる様子もなく、いたっておとなしい。
 前世の私は実家でポメラニアンを飼っていたこともあり、扱いには慣れている。

「ここまで逃げて来たようですね」
「逃げて来た? 誰かの飼い犬なの?」
「いいえ。城内に迷い込んだ犬が、先日庭の物置小屋で出産したとか。たぶん、子犬の一匹でしょう」
「それで、この子達のもらい手は見つかったの?」
「う~ん。何匹かは引き取られたようですが、この犬はまだかもしれませんね」
「じゃあ、ここで育てられる? 物置小屋で生まれたってことは、そこで飼育できそうね」
「え? 姫様が子犬の面倒を見るんですか?」

 タールは驚くけれど、この子はとても愛らしい。

「ええ。庭師に聞いて足りないものを補充して、他にもお世話をしてくれる人を募集するのよ」

 もちろん、クロム様にも見せてあげよう。
 推しを語る上でファンブックに描かれた子犬の存在は大きく、ファンの間ではもはや伝説となっている。

 子犬の愛くるしい様子を見れば、彼もきっとなごむはず。
 飼い主の私と多くの時間を過ごすうち、二人の距離が縮まって……。

 庭師に交渉した結果、物置小屋の一角を引き続き使わせてもらえることになった。
 クロム様にはぜひ、子犬の名付け親になってもらいましょう。



 翌朝、私は勉強部屋に早めに到着した。

「彼が子犬の父親代わりで、私が母親代わり。それってなんだか家族みたい☆」

 一人でつぶやき、照れまくる。
 薄紅色のドレスに付いた赤いリボンが、ほおを押さえた弾みで揺れた。
 続き部屋には、子犬を抱えた侍女が待機。

 推しは今日も凜々しくて、灰色が基調の上下でも私の目には輝いて見える。

「お待たせいたしました。カトリーナ様は、ずいぶん早くからここにいらしたようですね」
「ええ。待ち遠しくて、早めに来てしまいましたわ」
「待ち遠しい、とは? 課題の量が足りませんでしたか?」
「いいえ、あれはもう十分です。そうではなく、本日は先生に相談したいことがありますの」
「相談ごと? それなら、私より兄君に尋ねられた方が確実ではありませんか?」
「いいえ。語学に堪能なクロム先生だからこそ、お願いしたいのです」

 そこで軽く咳払い。
 推しの注意を引きつける。

「実は私、可愛い子犬を育てることになりました。先生にぜひ、名前を付けていただきたいんです」
「子犬……ですか? 申し訳ありませんが、犬の名前は詳しくありません」
「いえ。犬ではなく、植物や人名でも構いませんわ。抽象的な言葉でも」

 クロム様は眼鏡のふちに触れた後、首をきっぱり横に振る。

「残念ですが、ご要望には添えません」
「ええっと、実際ご覧になってください。そうすれば、ひらめくかもしれません」
「いいえ、結構です」

 あれ? クロム様がつれないわ。
 おかしい。ファンブックでは、子犬を大事に抱えていたのに。

「先生、そこをなんとか……」
「わかりました。可愛いなら、『カトリーナ』では?」
「……え?」

 推しの口から出た言葉が意外で、心が舞い上がる。

 ――もしかして、彼は私を可愛いと思っているの!? クロムしゃま、やっぱりしゅきいいいい☆

 ところが推しは、相変わらずの無表情。
 淡々と語学の本を開いた彼に、心はたちまち地に落ちた。

 ――な~んだ、話を切り上げたかっただけなのね。喜んじゃったじゃない。

 それでなくとも子犬はオスで、カトリーナでは違和感がある。
 自分と同じ名前だと、しつけも難しい。

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