8 / 70
第一章 めざせクロムサマスター
推しの肖像画(スチル)作戦
しおりを挟む
ファンブックのクロム様のプロフィール。
母親の欄には、『元宮廷画家?』と書かれてあった。
はてなの部分が気になるけれど、ともかく貴重な情報だ。
母親が宮廷画家なら、絵画はお好きでしょう。ご自分の肖像画だったら、きっと見入ってくれるはず。その絵をプレゼントしたら、喜んでくれるに違いない。
数日後の講義の時間。
私は胸の下からまっすぐ落ちるデザインが特徴の、桃色のエンパイアドレスを身に付けていた。
柔らかな生地が可憐な雰囲気を醸し出してくれたらいいな、とちょっぴり期待する。
勉強中はいつもと同じようにクロム様の隣に座り、張り切って尋ねた。
「クロム先生、ここがよくわかりません」
「どこですか?」
「ほら、ここです。この言い回しで合っていますか?」
机の上の本を見ながら、わざと小さい文字を指す。
こうすれば、頭と頭がくっつくかもしれない。
「よく気がつきましたね。構文を利用すると、この言い回しではいけません。ですが、これは俗語(スラング)です。元々方言なので、こんな文章になりました」
「そうなんですね」
クロム様の口から出ると、平凡な単語も音楽のように聞こえるから不思議だ。
彼は教え方が上手く、セイボリーの単語はわかりやすい。習い始めた段階では疑問をひねり出す方が難しいけれど、私は毎晩遅くまで質問のための予習をしている。
推しに褒められるなら、睡眠不足などどうってことはない。
「ところでカトリーナ様、少し席を外してよろしいですか? 先ほどから小さな物音がするので、確認してきますね」
「……え? ええ」
眼鏡越しの赤い瞳に見つめられ、ドキドキしながらとっさに頷く。
クロム様が立ち上がり、向かった先は――――そうか、しまった!
「ちょっと待って! クロム先生、ストーーーップ!!」
立ち上がり、待ったをかけるがすでに遅い。
クロム様は長い足で部屋を横切ると、続き部屋の扉を勢いよく開けた。
「なっ……」
驚きの声を発したのは、赤いベレー帽を被った画家だ。
急に扉が開いたので、絵筆を持ったまま固まっている。
ちなみに描いていたのはクロム様。
肖像画を贈るため、馴染みの画家に私が依頼したのだ。
対象に気づかれることなく描いてほしいと、続き部屋にはのぞき穴まで用意した。
画家はそこから一歩も出ることなく、静かに筆を動かしていたはず。
かすかな物音がここまで聞こえるのは、常人ではあり得ない。
こんなに遠くからでも気配を感じ取れるなんて、さすがはクロム様☆
「あなた、いったいなんですか? 私は自分の肖像画を依頼した覚えも、許可した覚えもありません」
低い声でそう言うと、クロム様は近くにあった筆でキャンバスを塗りつぶす。
「うわ、容赦ない」
画家は立ち上がり、苦虫を噛み潰したような顔をする。
「あ~~あ~~」
私はつい、がっかりした声を漏らす。
完成したら複製して、スチル代わりに自分の部屋にも飾ろうと企――楽しみにしていたのに。
ひどく落胆する私を見て、クロム様は誰の仕業か悟ったようだ。怖い顔をしながら、大股で近づいてきた。
「カトリーナ様!」
「あちゃ~~」
一瞬画家のせいにしようかとも考えたが、さすがに無理がある。
「クロム先生、あの、これは……」
「カトリーナ様、真面目に勉強してください」
「ええ、先生。もちろんですわ」
首を何度も縦に振る。
クロム様をスチル――じゃなく、肖像画を贈る『クロム様プレゼント作戦』まで失敗してしまった。この後どうしよう?
「はあ~。推しを笑わせるには、何をすればいいかしら?」
「『おし』が何かはわかりませんが、くすぐればよろしいのでは?」
頭を抱えた私の横で、侍女が相槌を打つ。
「そうか、その手があったわ!」
そんなわけで、待ちに待った講義の時間。
私は薄紫色のドレスを着て、隣に座るクロム様にじわりじわりと接近中。
そこでふと、作戦の穴に気づく。
――無~理~。尊い推しに自分から触るなんて、できない~。
脇腹にしろ首にしろ、触れたところからきっと手が溶けてしまう。私ごときが高貴な推しをくすぐるなんて、失礼極まりない。
「カトリーナ様、なんですか?」
「いえ、あの……ここ! ここがよくわかりません」
「どこですか?」
愛する推しの吐息がかかる。
それだけで顔が一気に火照ってしまう。
「カトリーナ様、どうされましたか? ……ああ、距離が近すぎましたね。申し訳ありません」
「いいえ、いくらでも」
「はい?」
「いえ、あの、ええっと……」
声だけでドキドキしてしまう。
こんな私がくすぐるなんて、やっぱり無理だ。
母親の欄には、『元宮廷画家?』と書かれてあった。
はてなの部分が気になるけれど、ともかく貴重な情報だ。
母親が宮廷画家なら、絵画はお好きでしょう。ご自分の肖像画だったら、きっと見入ってくれるはず。その絵をプレゼントしたら、喜んでくれるに違いない。
数日後の講義の時間。
私は胸の下からまっすぐ落ちるデザインが特徴の、桃色のエンパイアドレスを身に付けていた。
柔らかな生地が可憐な雰囲気を醸し出してくれたらいいな、とちょっぴり期待する。
勉強中はいつもと同じようにクロム様の隣に座り、張り切って尋ねた。
「クロム先生、ここがよくわかりません」
「どこですか?」
「ほら、ここです。この言い回しで合っていますか?」
机の上の本を見ながら、わざと小さい文字を指す。
こうすれば、頭と頭がくっつくかもしれない。
「よく気がつきましたね。構文を利用すると、この言い回しではいけません。ですが、これは俗語(スラング)です。元々方言なので、こんな文章になりました」
「そうなんですね」
クロム様の口から出ると、平凡な単語も音楽のように聞こえるから不思議だ。
彼は教え方が上手く、セイボリーの単語はわかりやすい。習い始めた段階では疑問をひねり出す方が難しいけれど、私は毎晩遅くまで質問のための予習をしている。
推しに褒められるなら、睡眠不足などどうってことはない。
「ところでカトリーナ様、少し席を外してよろしいですか? 先ほどから小さな物音がするので、確認してきますね」
「……え? ええ」
眼鏡越しの赤い瞳に見つめられ、ドキドキしながらとっさに頷く。
クロム様が立ち上がり、向かった先は――――そうか、しまった!
「ちょっと待って! クロム先生、ストーーーップ!!」
立ち上がり、待ったをかけるがすでに遅い。
クロム様は長い足で部屋を横切ると、続き部屋の扉を勢いよく開けた。
「なっ……」
驚きの声を発したのは、赤いベレー帽を被った画家だ。
急に扉が開いたので、絵筆を持ったまま固まっている。
ちなみに描いていたのはクロム様。
肖像画を贈るため、馴染みの画家に私が依頼したのだ。
対象に気づかれることなく描いてほしいと、続き部屋にはのぞき穴まで用意した。
画家はそこから一歩も出ることなく、静かに筆を動かしていたはず。
かすかな物音がここまで聞こえるのは、常人ではあり得ない。
こんなに遠くからでも気配を感じ取れるなんて、さすがはクロム様☆
「あなた、いったいなんですか? 私は自分の肖像画を依頼した覚えも、許可した覚えもありません」
低い声でそう言うと、クロム様は近くにあった筆でキャンバスを塗りつぶす。
「うわ、容赦ない」
画家は立ち上がり、苦虫を噛み潰したような顔をする。
「あ~~あ~~」
私はつい、がっかりした声を漏らす。
完成したら複製して、スチル代わりに自分の部屋にも飾ろうと企――楽しみにしていたのに。
ひどく落胆する私を見て、クロム様は誰の仕業か悟ったようだ。怖い顔をしながら、大股で近づいてきた。
「カトリーナ様!」
「あちゃ~~」
一瞬画家のせいにしようかとも考えたが、さすがに無理がある。
「クロム先生、あの、これは……」
「カトリーナ様、真面目に勉強してください」
「ええ、先生。もちろんですわ」
首を何度も縦に振る。
クロム様をスチル――じゃなく、肖像画を贈る『クロム様プレゼント作戦』まで失敗してしまった。この後どうしよう?
「はあ~。推しを笑わせるには、何をすればいいかしら?」
「『おし』が何かはわかりませんが、くすぐればよろしいのでは?」
頭を抱えた私の横で、侍女が相槌を打つ。
「そうか、その手があったわ!」
そんなわけで、待ちに待った講義の時間。
私は薄紫色のドレスを着て、隣に座るクロム様にじわりじわりと接近中。
そこでふと、作戦の穴に気づく。
――無~理~。尊い推しに自分から触るなんて、できない~。
脇腹にしろ首にしろ、触れたところからきっと手が溶けてしまう。私ごときが高貴な推しをくすぐるなんて、失礼極まりない。
「カトリーナ様、なんですか?」
「いえ、あの……ここ! ここがよくわかりません」
「どこですか?」
愛する推しの吐息がかかる。
それだけで顔が一気に火照ってしまう。
「カトリーナ様、どうされましたか? ……ああ、距離が近すぎましたね。申し訳ありません」
「いいえ、いくらでも」
「はい?」
「いえ、あの、ええっと……」
声だけでドキドキしてしまう。
こんな私がくすぐるなんて、やっぱり無理だ。
0
お気に入りに追加
424
あなたにおすすめの小説
竜人王の伴侶
朧霧
恋愛
竜の血を継ぐ国王の物語
国王アルフレッドが伴侶に出会い主人公男性目線で話が進みます
作者独自の世界観ですのでご都合主義です
過去に作成したものを誤字などをチェックして投稿いたしますので不定期更新となります(誤字、脱字はできるだけ注意いたしますがご容赦ください)
40話前後で完結予定です
拙い文章ですが、お好みでしたらよろしければご覧ください
4/4にて完結しました
ご覧いただきありがとうございました
来世はあなたと結ばれませんように【再掲載】
倉世モナカ
恋愛
病弱だった私のために毎日昼夜問わず看病してくれた夫が過労により先に他界。私のせいで死んでしまった夫。来世は私なんかよりもっと素敵な女性と結ばれてほしい。それから私も後を追うようにこの世を去った。
時は来世に代わり、私は城に仕えるメイド、夫はそこに住んでいる王子へと転生していた。前世の記憶を持っている私は、夫だった王子と距離をとっていたが、あれよあれという間に彼が私に近づいてくる。それでも私はあなたとは結ばれませんから!
再投稿です。ご迷惑おかけします。
この作品は、カクヨム、小説家になろうにも掲載中。
死亡フラグだらけの悪役令嬢〜魔王の胃袋を掴めば回避できるって本当ですか?
きゃる
ファンタジー
侯爵令嬢ヴィオネッタは、幼い日に自分が乙女ゲームの悪役令嬢であることに気がついた。死亡フラグを避けようと悪役令嬢に似つかわしくなくぽっちゃりしたものの、17歳のある日ゲームの通り断罪されてしまう。
「僕は醜い盗人を妃にするつもりはない。この婚約を破棄し、お前を魔の森に追放とする!」
盗人ってなんですか?
全く覚えがないのに、なぜ?
無実だと訴える彼女を、心優しいヒロインが救う……と、思ったら⁉︎
「ふふ、せっかく醜く太ったのに、無駄になったわね。豚は豚らしく這いつくばっていればいいのよ。ゲームの世界に転生したのは、貴女だけではないわ」
かくしてぽっちゃり令嬢はヒロインの罠にはまり、家族からも見捨てられた。さらには魔界に迷い込み、魔王の前へ。「最期に言い残すことは?」「私、お役に立てます!」
魔界の食事は最悪で、控えめに言ってかなりマズい。お城の中もほこりっぽくて、気づけば激ヤセ。あとは料理と掃除を頑張って、生き残るだけ。
多くの魔族を味方につけたヴィオネッタは、魔王の心(胃袋?)もつかめるか? バッドエンドを回避して、満腹エンドにたどり着ける?
くせのある魔族や魔界の食材に大奮闘。
腹黒ヒロインと冷酷王子に大慌て。
元悪役令嬢の逆転なるか⁉︎
※レシピ付き
吸血鬼恋物語ーもう一度あなたに逢いたくてー
梅丸
恋愛
一族が危機に陥り吸血鬼になることを余儀なくされたアメリア。愛する人が殺された復讐を果たすが既に愛する人はもういない。永遠の命を得たアメリアはもう一度逢いたいという願いを胸に抱き、愛する人が生まれ変わるのを待ち続けるのだった。
※他サイトに投稿した「吸血鬼にくちづけを」【完結済】を加筆修正した作品です。
悪役令嬢アンジェリカの最後の悪あがき
結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
【追放決定の悪役令嬢に転生したので、最後に悪あがきをしてみよう】
乙女ゲームのシナリオライターとして活躍していた私。ハードワークで意識を失い、次に目覚めた場所は自分のシナリオの乙女ゲームの世界の中。しかも悪役令嬢アンジェリカ・デーゼナーとして断罪されている真っ最中だった。そして下された罰は爵位を取られ、へき地への追放。けれど、ここは私の書き上げたシナリオのゲーム世界。なので作者として、最後の悪あがきをしてみることにした――。
※他サイトでも投稿中
悪役令嬢なのに、完落ち攻略対象者から追いかけられる乙女ゲーム……っていうか、罰ゲーム!
待鳥園子
恋愛
とある乙女ゲームの悪役令嬢に生まれ変わったレイラは、前世で幼馴染だったヒロインクロエと協力して、攻略条件が難し過ぎる騎士団長エンドを迎えることに成功した。
最難易度な隠しヒーローの攻略条件には、主要ヒーロー三人の好感度MAX状態であることも含まれていた。
そして、クリアした後でサポートキャラを使って、三人のヒーローの好感度を自分から悪役令嬢レイラに移したことを明かしたヒロインクロエ。
え。待ってよ! 乙女ゲームが終わったら好感度MAXの攻略対象者三人に私が追いかけられるなんて、そんなの全然聞いてないんだけどー!?
前世からちゃっかりした幼馴染に貧乏くじ引かされ続けている悪役令嬢が、好感度関係なく恋に落ちた系王子様と幸せになるはずの、逆ハーレムだけど逆ハーレムじゃないラブコメ。
※全十一話。一万五千字程度の短編です。
【完結】婚約者候補の筈と言われても、ただの家庭教師ですから。追いかけ回さないで
との
恋愛
子爵家長女のアメリアは、家の借金返済の為ひたすら働き続け、ここ一年は公爵家の家庭教師をしている。
「息子達の婚約者になって欲しいの。
一年間、じっくり見てからどれでも好きなのを選んでちょうだい。
うちに来て、あの子達を教育・・して欲しいの」
教育?
お金の為、新しい職場に勤務すると考えれば、こんな破格の待遇は他にはあり得ない
多額の報酬に釣られ会ってみたら、居丈高な長男・女たらしの次男・引き籠りの三男
「お前・・アメリア程面白いのは他にいないと思うし」
「俺も、まだ仕返しできてないし」
「・・俺も・・立候補する。アメリアいないとつまんないし、ロージーもいなくなる」
なんだかとんでもない理由で立候補されて、タジタジのアメリア。
「お嬢様、この期に及んで見苦しい。腹括らんとかっこ悪かです」
方言丸出し最強の侍女を引き連れて、行き遅れの家庭教師アメリアが幸せを・・多分掴む・・はず。
ーーーーーー
R15指定は念の為。特にそういったシーンはありません。
どこの方言か思いっきり不明です。ご容赦下さい(● ˃̶͈̀ロ˂̶͈́)੭ꠥ⁾⁾
35話で完結しました。完結まで予約投稿済み
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる