たまごっ!!

きゃる

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家賃たったの一万円!?

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 事情を聞き終えた二人は顔を見合わせ、同時にため息を吐いた。

「はあぁ、それって絶対自分に都合よく考えているな」

「慎一いわく、本当だとしたら『拡大解釈』だそうよ。でもまあ正式な契約書があるから、美羽ちゃんの方が優先されるわね」

「そりゃあそうだろ。あの親子、金稼いでるしどうせだったら、ホテル暮らしでもいいんじゃねーのか?」

「それか、早急に事務所側で探してもらうかよねぇ……」

 二人の話を聞きながら、私は考えを巡らせた。
生玲荘うまれそう』の201号室は、確かに従姉の香住ちゃんに契約してもらった。一週間期間延長の話が出たけれど、今日からは正式に、私が借り受ける約束となっている。だけどそれには、前に住んでいた鈴木さん親子……美加さんと立夏ちゃんに出て行ってもらわなければならない。それが当たり前だし、正式なルールなのだろう。

 だけど――

 嬉しそうに手を振って学校に通う立夏ちゃんの姿を私は見ている。教科書の詰まった重いランドセルを背負って楽しそうにしている姿。あの笑顔は演技ではないと思う。
 もしここを出ることになったら、立夏ちゃんは通い始めたばかりの小学校から転校することになるのかな?

 母親の美加さんも常識が少しおかしいけれど、あれは全部我が子のためを思ってのこと。シングルマザーでこれまで苦労をしてきたためだろう。
 他に行くあてがあるならいいけれど。
 いつものあの調子だと、引っ越し先をまだ探していない感じがする。

 もしお金の余裕があって契約を白紙に戻してもらえるなら、私がここを出るのが一番いい。これだけ広い都会だから、他にもあるだろう。ここより良い条件ではなくても、探せば一人暮らし用の賃貸物件はあるはずだ。
  
 でも、できればここを出たくない。
 たった一週間だけど、私は『生玲荘』が好きになってしまった。ここに住んで『たまご』のみんなと夢を叶えるために頑張りたいと、そう思ってしまったのだ。

 人が多く、自分さえ見失ってしまいそうな都会。賑やかだけどどこか冷めた感じのする都会にあって、ここはなぜだかふんわり落ち着く。

 変わっているけど優しい住人たち。
 のんびりした時間と居心地のいい空間。
 できることならこれからも、私はここで暮らしたい。



「あの、私が他に行った方がいいとわかってはいるんです。でも……」

「あら、そんなこと誰も思っていないわよ? こちらこそ、不手際続きで本当にごめんなさいね」

 私は黙って首を横に振る。
 真希さんが悪いわけではない。

 入居前に不動産屋さんに直接確認しなかったのは私の方だし、立夏ちゃんに小学校に行くよう勧めたのも私だ。あと、誠也さんも口添えしてくれたけど。『リッカ』はマネージャーが付いたおかげでますます仕事が忙しくなったのか、姿をあまり見かけなくなってしまった。

「で、考えたんだけど。美羽ちゃんさえ良ければ、その上で提案があるの」

 解決策を示してくれたのは、やっぱり頼りになる真希さんだった。
 真希さんの提案は、階段横の2階の倉庫を片付けるので、そこに住んだらどうかということだった。元々倉庫として作ったわけではないから、人が住むのに問題はないと言う。けれど、用意していた部屋ではないし、片付けて掃除しないと入れない。また、201号室が空くまでの期間なので、その間の家賃は要らないと言う。でも、さすがに東京でそれは、どう考えてもおかしい。

「家賃タダってそんな!」

「鈴木さん親子からはしっかり徴収するわよ? 201号室が空くまでの間だし、美羽ちゃんには我慢してもらわないといけないから、そのお詫びも兼ねて。どう?」

「でも、水道代とか電気代は? 私、洗濯機や冷蔵庫も使ってますよ?」

「当たり前じゃない。それくらいこっちで何とかなるわよ」

 ただでさえ家賃の安い『生玲荘うまれそう』。
 これ以上安くして、赤字になって閉鎖されたらそっちの方が困ってしまう。それに、せっかく一人暮らしをして自立すると決めたのだ。何もできなかった私が、変わろうと覚悟を決めて上京した。全面的にお世話になるのは、何か違う。

「あ、だったら倉庫は私が片付けるので、半額! それならお互い大丈夫なんじゃあ……」

「それじゃあおかしいでしょう? だって、本来なら移動すべきは美加さん達の方であって、美羽ちゃんではないもの」

 私たちの話を黙って聞いていた龍さん。
 何を思ったのか突然話に加わってきた。

「お値段ポッキリ一万円! それなら真希も受け取るだろう? 美羽ちゃんは払えるようになったら多めに払えばいいんだし。人生何が起こるかわからない、節約は大事だぞ。それに、倉庫を片付けるのって重労働だ。むしろバイト代をもらうべきなんじゃないかと思うけどな」

 龍さんの言葉を聞いた真希さんが、ため息を吐きながら頷く。

「そうねぇ。まあ、美羽ちゃんがそれでいいのなら。じゃあ、201号室に入るまでの間家賃は月一万円で。倉庫はみんなで一緒に片付けましょう。といっても、要らないものがほとんどだから、捨てれば済むんだけどね?」

 いいのかな?
 なんか部屋がない状態から一転、突然宝くじが当たってしまったような感じだ。こんな破格な条件はどこにもないだろう。何なら食堂で寝袋だっていいくらい。
 迷う私に真希さんがさらに言葉を続けた。

「年長者に少しくらい甘えなさい。それに、美羽ちゃんが出世したらお家賃たっぷり入れてもらうから」

 これから専門学校に通うから、当分出世どころかプロにもなれない。
 でも、いいのかな? 
 この際、一人だけ特別扱いだとかそういう考えは抜きにして、素直に甘えることにしよう。

「えっと。じゃあ、喜んで」

 ――と、いうわけで即決。

 ただし、私はこれから初のバイトに行くので、倉庫の片づけは少しずつ。入れるようになるまで、夜はまた101号室の真希さんの部屋にお邪魔させてもらうことになった。専門学校に通うまであと一週間。それまでに、ちゃんとした自分の部屋が持てるといいな。



 そのまま二階に上がって倉庫の確認。
 真希さんがカギを開けてくれた。
 201号室の隣が階段で、その右側が倉庫になる。リノベーションしたばかりだからか、思っていたほど汚れていなかった。うちの牛小屋近くの倉庫の方がよっぽど古いし汚い。

「こ、ここ、これって……!」

 あやうく腰を抜かしそうになってしまった。
 棚にズラッと並んでいるのは、生首! ではなくて、独特な髪色の首から上のマネキンだ。

「こ、怖、怖……」

「ああ、ビックリした? 私の練習用。あの頃は若かったし、下っ手くそよね~~」

 よく見たら、美容院なんかで見たことがあるカット用のマネキンだ。編み込みがされていたり、髪の長さもまちまちで、カラーやハイライトが入れられている。
 真希さん、さっきは「捨てる」と言っていたけど、きっと思い入れがあるのだろう。懐かしそうに目を細めて見ている。慣れてきたらそんなに怖くない……かな?

「これ、捨てちゃうんですか?」

「だって、必要ないもの。他にも慎一の学生時代の参考書とか古い洋服とか、使ってない健康器具なんかも邪魔だから捨てるわよ……って、なあに、これ。こんなところにきわどい小説が積んであるわ。誰かしら?」

 百合さんだ……他には考えられない。
 いわゆるBL的な綺麗な表紙だし、妙に色気のある人物が絡んでいる本もある。龍さんならグラビア写真集のはず。でも、恋人の目のつく所にそんなものは置かないだろうし。


 とりあえずは、検分終了。
 本格的な片付けは明日からの予定だ。
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