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104号室 龍さん

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「真希がなんとかしてくれるし、いざとなったら俺も手伝うから。美羽ちゃんは心配しないで待っていな」

 子どもをあやすように私の頭をポンポンしながら龍さんが言う。私は決して身長が低いわけではないけれど、180㎝をゆうに超えている彼から見ればお子様なのかもしれない。もしかして「個人的な話をしているから聞くな」ということなんだろうか? 
 私は彼の言う通り、食堂に戻って待つことにした。
 龍さんはそんな私についてきた。平日の今日は仕事がお休みで、暇なのかもしれない。

 104号室の及川おいかわ りゅうさんは『生玲荘うまれそう』の住人の中で美加さんの次に年上だ。確か、30歳になったばかりだと言っていた。人懐っこい話し方と笑顔で、みんなから『りゅう』と親しみを込めて呼ばれている。
『スーツアクター』という着ぐるみや戦隊もののスーツの中に入る職業で、事務所にも所属している。けれど、本当はスタントマンになりたいのだとか。なぜなら、背が高すぎてヒーローショーではもっぱら悪役か怪獣役。着ぐるみのファミリーショーでも虎や狼など、ちびっ子に好かれない役だからなんだとか。

「近づいても泣かれたり逃げられたりって、切ないんだよな。まあ、あとは中に入ってると思いっきり身体を動かせねぇからな」
  
「じゃあ、大きなテーマパークの着ぐるみは?」

「着ぐるみって言っちゃいけないんだぞ。あれって確か専属契約結ぶだろ。しかもダンスのテストがあるし、主役級はやっぱり背が低くないと務まらない。王子様って柄じゃあないし、かといって大きな動物や魔王の着ぐるみなんかじゃ今と大して変わらない」

 テーブルに肘を付き、ため息を吐く龍さん。
 その向かい側で、そうかなぁと思う私。
 だって、粗削りだけど龍さんは鼻が高く切れ長の目で結構整った顔立ちをしている。アイドルグループに必ず一人はいそうな体育会系。少年のような笑顔でとても30歳には見えないし、もう少し若ければTVの特撮ヒーローのオーディションに通ったのにな、と思ってしまうくらいだ。でも、もしかしたらやっぱりそこでも変身後の『中の人』に抜擢されてしまうかもしれないけれど。

「お、何だ? 今、もしかして俺に見惚れていたのか?」

 こんな感じが龍さんらしい。
 彼がこんなんじゃ、恋人である真希さんも大変だろうな。

「ううん、全然」

 すぐに冗談を言ってくるので、私も龍さんには敬語を使わずに気負わず話しをすることができる。人見知りというわけではないけれど、女子校育ちの私は家族やコーチ以外の男の人とあまり話したことがなかった。そんな私でも、彼の明るくざっくばらんな性格のおかげで、会話を楽しむことができる。

「うわあ、ひっで~な。そこは嘘でもカッコいいって言っとくべきだろ?」

「じゃあ、カッコいい」

 龍さんは大げさに肩をすくめてため息をついた。
 けれどその後、ふいに真顔でこちらを見る。
 どうしたんだろう? 
 突然の表情の変化に何だか戸惑ってしまう。

「これは、本当は本人から聞いた方がいいと思うんだけど……」

 真剣なその表情に私も真顔で頷いた。

「真希はさ、あの容姿ですっごくモテるんだわ」

 自分のことを語るのかと思いきや、口から出たのは真希さんの名前だった。何だろう。恋人自慢かな? 
 私は再び頷く。

「だから当然、嫌な思いもたくさんしてきた。スタイリストに転向したのはそのためだ」

 それは初耳だった。
 プロのスタイリストだって本人から聞いたけれど、その前に別の仕事をしていただなんて。あ、もしかして……

「前のお仕事ってメイクアップアーティスト?」

 髪を直してもらってお化粧品のサンプルをもらった時にちょろっとそんな話が出たような気がした。職業だとは知らなかったけれど、確か資格を持っていてメイクもできると言っていた。

「何だ、真希はそんなことまで話したのか? なら話は早い。まあ、そんなわけで真希のは筋金入りだから」

 私は首を傾げた。
 そんなの、最初からわかっている。
 だって、女好きのオネェって聞いたことがない。
 それに、恋人が龍さんである時点で女性に興味がないってすぐにわかる。あ、もしかして釘を刺したとか? 『俺の真希を好きになるなよ』ってそういうことかな? 

「だから、真希には惚れるなよ?」

 予想通りの言葉に、逆に目を丸くしてしまった。百合さんでなくとも、悶絶しそうだ。ここに百合さんがいたら、絶叫していたかもしれない。
 都会ってすごい所だ。
 男同士でも堂々としていて、隠さない。
 わかったよ、龍さん。
 私も二人の恋を応援するから! 
 私は承諾の意味を込めて龍さんに向かってグッと親指を立てた。

 

 真希さんが戻って来たのは、ちょうどそんな時。

「あら、仲良さそうね。二人で何を話していたの?」

「何でもねー」

 龍さんが照れたのか頭をガシガシかいている。
 自分の恋人を好きになるな、と牽制けんせいしていたとは言えないのだろう。けれど真希さんはそれ以上追及するつもりはないらしく、私の方に近付くと困った顔でこう言った。

「あのね、美羽ちゃん。ちょっと確認しておきたいんだけど……」

 何だろう? さっき電話で揉めていたことと関係あるのかな? 私は首を傾げた。

「201号室の鈴木さん……立夏ちゃん親子の引っ越しの件だけどね? 出張する前に慎一に頼んでおいたのよ。で、あの子が言うには美加さんが『美羽ちゃんに直接話して延長してもらうようにした』って言ってるらしいんだけど。何か知っている?」

「はい?」

 何それ、そんな覚えはない。
 美加さんと最後に直接話したのって、この前食堂で会った時くらい。その時は誠也さんがうまく場を取りなしてくれて、立夏ちゃんにマネージャーをつけることで納得してもらえたんだっけ。あの時、美加さんは他に何て言ったかな? よ~く思い出してみることにする。

 小学校に満足に行っていない立夏ちゃんを心配した私。その言葉に対する母親の美加さんの反応は――

『……それより撮影が始まったばかりでちょうど大変な時期なの。引っ越さなくちゃいけないのはわかっているけれど、もう少し待って下さる?』

 そんな感じだった。
 あれ? その時私、何て答えたんだっけ?

『でも、それは……』

 そうそう、その後で103号室の誠也さんがやって来て……って、私、答えとらっさんと!? ばってん、納得したわけじゃなか。いけない、また訛ってた。でも美加さんたらまさかあれで、私がOKしたと思ったのだろうか?
 私は正直にその時のことを二人に話した。

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