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204号室 餡蜜さん
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夢を見ていた――大きな地震が起こる前の。
いつものように朝暗いうちに起き出して、飼っている牛に餌をあげる。制服に着替えたら、ベーコンとスクランブルエッグの朝食を食べ、用意してもらったお弁当を手にする。「いってきます」と声をかけ、一番近くのバス停へ。始発のバスで駅に向かい電車に乗る。当たり前のいつもの日常。
市内への通学は遠かったけれど、憧れていた高校だったし苦ではなかった。先生も優しいし友達もたくさんいたし、朝からみんなでバカな話もしていた。女子高なので世間話にとどまらず、街で見かけたイケメンやアイドルなんかの話題に夢中になった。男女交際には厳しい学校だったから、彼氏がいる子は少ない。
もちろん勉強や部活だって頑張った。
高校最後の年だから、悔いのないよう満喫しよう。心に残る思い出をたくさん作ろう。こんな日が、ずっと続くと思っていた。日々は楽しく輝いていた――あの日までは。
眩しい光で目が覚めた。
時々、朝早く起きてしまう。
もう高校を卒業して一年以上経っているのに、未だにあの頃の夢を見る。
私はどこにいるんだっけ?
ああ、そうか。ここは『生玲荘』の真鈴ちゃんの部屋。高校の頃の楽しい夢は、彼女のおかげかも。真鈴ちゃんはぐっすり眠っている。穏やかなその寝顔は、あどけなく見える。可愛い子ってやっぱり、寝顔まで可愛いんだな。いいなぁ。
早い時間だけど、もう眠れそうにない。簡単に毛布を畳んで部屋を出た。洗面所は部屋の外にある。秋の朝の水は、東京でもちょっと冷たい。
顔を洗って振り向くと……うわっ! 誰!?
廊下の壁に、妙な物体? というか、女の人が寄りかかって眠っている。赤い上着に黒いピッタリした服のお姉さんは、毛先がカールした薄茶の髪と長いまつ毛をしている。ぐったりして足を投げ出しているけれど、スタイルはかなり良さそうだ。だけど、ここは寒いし大丈夫なのかな? 慌てて揺り起こす。
「あの、すみません。こんな所でそんな格好で寝ていたら、風邪ひきますよ!」
「う……ん。もう飲めないの。勘弁して」
お姉さんは声がセクシー。
『生玲荘』であと一人会っていない人で、セクシーな女優の卵といえば……きっと餡蜜さん! 私は真希さんの紹介を思い出して、更に声をかけた。
「餡蜜さん、廊下で寝ないでお部屋の中で寝て下さい。風邪をひきますよ!」
「だ~いじょうぶよぉ。直ぐに起きるから」
くにゃくにゃと手を振る。
この感じ、たぶん相当酔っているんだろう。彼女が寝ているのは204号室のすぐ前。あと少しだけ頑張れば、温かい自分の部屋に入れる。でも、カギを開ける前に力尽きて寝てしまったのかな? こんな状態なのに、自分の部屋の前まで帰れたのには感心する。あともう一歩なので起きてもらわないと、朝は寒いし心配だ。
「餡蜜さん! 起きて下さい!」
何度か大きな声を出したせいで、本人ではなく周りの住人が起き出してきてしまった。
「この人いつもこうだから」
ボソッと呟いたのは真鈴ちゃん。
「朝からどうしたの? 美羽ちゃん。今朝はまた冷えるわね」
ジャージ姿の百合さん。
良かった、立夏ちゃん親子は起きてこないみたい。
「朝早くすみません。でも、寒いのにこんな格好で寝ていたら、彼女が風邪をひくと思って。なかなか起きないので、大きな声を出してしまいました」
おせっかいなのかもしれない。
だけどやっぱり気が気でない。
「彼女結構タフだから、大丈夫だと思うんだけどね? でも、こういう時の起こし方があるの。私に任せて」
そう言うと、百合さんは餡蜜さんの片腕を持ち上げて、引っ張りながら大きな声を出した。
「ほら、山田 市子! 起きないとあなたの本名、みんなにバラすわよ!」
いや、バラすも何も。
大声で言うから丸わかりです。
しかも百合さん、起こし方が何だか慣れている。呼びかけが功を奏したのか、餡蜜さん……山田さんの目がパチッと開いた。
「だーれーがー山田ですってぇー? 私は餡蜜、女優よ!」
「ほらね?」
得意げな百合さん。
でも、この後どうすればいいの?
困っていると横から声がかけられた。
「カギは? 部屋に入れば?」
真鈴ちゃんは相変わらず簡潔だ。
私も当初の目的を思い出し、もう一度言ってみる。
「山……餡蜜さん、寝るならせめてご自分のお部屋で寝て下さい」
「ん? あなただあれ? まあいいわ。はい、これカーギ」
可愛らしい猫のキーホルダーがついたカギを渡される。開けて、ということなのだろうか? カギを開けると、部屋の奥にベッドらしきものが見えた。餡蜜さんを背中に担いだ私。力はある方だけど、グッタリしている人ってどうしてこんなに重いんだろう?
真鈴ちゃんが横から手伝ってくれる。
彼女は今日もとっても優しい。
散らかっていた餡蜜さんの部屋。
物を踏まないように気をつけて歩き、ベッドに彼女を下ろすと布団をかけてあげる。百合さんがため息をつきながら、餡蜜さんのものだと思われるカバンを持ってきた。
「うぅ~~ん」
山田……餡蜜さんは、寝返りまでセクシーだ。
ひとまず安心したのでベッドサイドにカギを置くと、みんなで揃って部屋を出た。
「ありがとうございました。助かりました」
「別に」
真鈴ちゃんがボソッと呟く。
「あなたがお礼を言うことじゃないわね。まあ、市子も今後クセにならなきゃいいけれど」
百合さんが肩を竦める。
二人とも何だかとっても冷静だった。
「ふわぁ、おーはーよう~~」
昼頃、髪をかき上げあくびをしながら山田……餡蜜さんが食堂に入ってきた。私は部屋がまだないので、大きな荷物は真希さんの部屋、簡単な荷物は食堂に置かせてもらっている。なので、何となくここにいることが多いのだ。
餡蜜さんは真希さんが言っていたように、確かに猫のような目の美人さんだ。長い薄茶の髪は緩くカールしていて、セクシーで素晴らしくスタイルがいい。私は思わず、ボーっと見とれてしまった。
「あら? あなた……」
「初めまして。三日前からここにお世話になっている大下 美羽です。よろしくお願いします」
椅子から立ち上がりながら元気よく言って、頭を下げる。さっき会ったけれど、あの様子ではきっと憶えていないだろう。人間第一印象が肝心! 色っぽさといい気だるげな様子といい、山……餡蜜さんは確実に私よりも年上だから、きちんとご挨拶しなくっちゃ。
「初めまして、じゃないでしょう? さっき会ったわよね? 部屋に入らなきゃって思ってたんだけど、動くのしんどくて……。寒かったし助かったわ。ありがとう」
おや? 意外にしっかりしていたようだ。
だからかな? ちゃんとワンピースのような部屋着に着替えている。でも、胸のボタンを外しているから、谷間がチラ見えしている。もしかしてみんなの言う通り、彼女は放っておいても大丈夫だったってこと? だけど、私にちゃんとお礼を言ってくれた。
「挨拶ができて礼儀正しい人に、悪い人はいない」と言うのが祖母の口癖。
「いえ、お役に立てたようで良かったです」
そう言って私は微笑んだ。
どうやら、これがいけなかったようだ。
いつものように朝暗いうちに起き出して、飼っている牛に餌をあげる。制服に着替えたら、ベーコンとスクランブルエッグの朝食を食べ、用意してもらったお弁当を手にする。「いってきます」と声をかけ、一番近くのバス停へ。始発のバスで駅に向かい電車に乗る。当たり前のいつもの日常。
市内への通学は遠かったけれど、憧れていた高校だったし苦ではなかった。先生も優しいし友達もたくさんいたし、朝からみんなでバカな話もしていた。女子高なので世間話にとどまらず、街で見かけたイケメンやアイドルなんかの話題に夢中になった。男女交際には厳しい学校だったから、彼氏がいる子は少ない。
もちろん勉強や部活だって頑張った。
高校最後の年だから、悔いのないよう満喫しよう。心に残る思い出をたくさん作ろう。こんな日が、ずっと続くと思っていた。日々は楽しく輝いていた――あの日までは。
眩しい光で目が覚めた。
時々、朝早く起きてしまう。
もう高校を卒業して一年以上経っているのに、未だにあの頃の夢を見る。
私はどこにいるんだっけ?
ああ、そうか。ここは『生玲荘』の真鈴ちゃんの部屋。高校の頃の楽しい夢は、彼女のおかげかも。真鈴ちゃんはぐっすり眠っている。穏やかなその寝顔は、あどけなく見える。可愛い子ってやっぱり、寝顔まで可愛いんだな。いいなぁ。
早い時間だけど、もう眠れそうにない。簡単に毛布を畳んで部屋を出た。洗面所は部屋の外にある。秋の朝の水は、東京でもちょっと冷たい。
顔を洗って振り向くと……うわっ! 誰!?
廊下の壁に、妙な物体? というか、女の人が寄りかかって眠っている。赤い上着に黒いピッタリした服のお姉さんは、毛先がカールした薄茶の髪と長いまつ毛をしている。ぐったりして足を投げ出しているけれど、スタイルはかなり良さそうだ。だけど、ここは寒いし大丈夫なのかな? 慌てて揺り起こす。
「あの、すみません。こんな所でそんな格好で寝ていたら、風邪ひきますよ!」
「う……ん。もう飲めないの。勘弁して」
お姉さんは声がセクシー。
『生玲荘』であと一人会っていない人で、セクシーな女優の卵といえば……きっと餡蜜さん! 私は真希さんの紹介を思い出して、更に声をかけた。
「餡蜜さん、廊下で寝ないでお部屋の中で寝て下さい。風邪をひきますよ!」
「だ~いじょうぶよぉ。直ぐに起きるから」
くにゃくにゃと手を振る。
この感じ、たぶん相当酔っているんだろう。彼女が寝ているのは204号室のすぐ前。あと少しだけ頑張れば、温かい自分の部屋に入れる。でも、カギを開ける前に力尽きて寝てしまったのかな? こんな状態なのに、自分の部屋の前まで帰れたのには感心する。あともう一歩なので起きてもらわないと、朝は寒いし心配だ。
「餡蜜さん! 起きて下さい!」
何度か大きな声を出したせいで、本人ではなく周りの住人が起き出してきてしまった。
「この人いつもこうだから」
ボソッと呟いたのは真鈴ちゃん。
「朝からどうしたの? 美羽ちゃん。今朝はまた冷えるわね」
ジャージ姿の百合さん。
良かった、立夏ちゃん親子は起きてこないみたい。
「朝早くすみません。でも、寒いのにこんな格好で寝ていたら、彼女が風邪をひくと思って。なかなか起きないので、大きな声を出してしまいました」
おせっかいなのかもしれない。
だけどやっぱり気が気でない。
「彼女結構タフだから、大丈夫だと思うんだけどね? でも、こういう時の起こし方があるの。私に任せて」
そう言うと、百合さんは餡蜜さんの片腕を持ち上げて、引っ張りながら大きな声を出した。
「ほら、山田 市子! 起きないとあなたの本名、みんなにバラすわよ!」
いや、バラすも何も。
大声で言うから丸わかりです。
しかも百合さん、起こし方が何だか慣れている。呼びかけが功を奏したのか、餡蜜さん……山田さんの目がパチッと開いた。
「だーれーがー山田ですってぇー? 私は餡蜜、女優よ!」
「ほらね?」
得意げな百合さん。
でも、この後どうすればいいの?
困っていると横から声がかけられた。
「カギは? 部屋に入れば?」
真鈴ちゃんは相変わらず簡潔だ。
私も当初の目的を思い出し、もう一度言ってみる。
「山……餡蜜さん、寝るならせめてご自分のお部屋で寝て下さい」
「ん? あなただあれ? まあいいわ。はい、これカーギ」
可愛らしい猫のキーホルダーがついたカギを渡される。開けて、ということなのだろうか? カギを開けると、部屋の奥にベッドらしきものが見えた。餡蜜さんを背中に担いだ私。力はある方だけど、グッタリしている人ってどうしてこんなに重いんだろう?
真鈴ちゃんが横から手伝ってくれる。
彼女は今日もとっても優しい。
散らかっていた餡蜜さんの部屋。
物を踏まないように気をつけて歩き、ベッドに彼女を下ろすと布団をかけてあげる。百合さんがため息をつきながら、餡蜜さんのものだと思われるカバンを持ってきた。
「うぅ~~ん」
山田……餡蜜さんは、寝返りまでセクシーだ。
ひとまず安心したのでベッドサイドにカギを置くと、みんなで揃って部屋を出た。
「ありがとうございました。助かりました」
「別に」
真鈴ちゃんがボソッと呟く。
「あなたがお礼を言うことじゃないわね。まあ、市子も今後クセにならなきゃいいけれど」
百合さんが肩を竦める。
二人とも何だかとっても冷静だった。
「ふわぁ、おーはーよう~~」
昼頃、髪をかき上げあくびをしながら山田……餡蜜さんが食堂に入ってきた。私は部屋がまだないので、大きな荷物は真希さんの部屋、簡単な荷物は食堂に置かせてもらっている。なので、何となくここにいることが多いのだ。
餡蜜さんは真希さんが言っていたように、確かに猫のような目の美人さんだ。長い薄茶の髪は緩くカールしていて、セクシーで素晴らしくスタイルがいい。私は思わず、ボーっと見とれてしまった。
「あら? あなた……」
「初めまして。三日前からここにお世話になっている大下 美羽です。よろしくお願いします」
椅子から立ち上がりながら元気よく言って、頭を下げる。さっき会ったけれど、あの様子ではきっと憶えていないだろう。人間第一印象が肝心! 色っぽさといい気だるげな様子といい、山……餡蜜さんは確実に私よりも年上だから、きちんとご挨拶しなくっちゃ。
「初めまして、じゃないでしょう? さっき会ったわよね? 部屋に入らなきゃって思ってたんだけど、動くのしんどくて……。寒かったし助かったわ。ありがとう」
おや? 意外にしっかりしていたようだ。
だからかな? ちゃんとワンピースのような部屋着に着替えている。でも、胸のボタンを外しているから、谷間がチラ見えしている。もしかしてみんなの言う通り、彼女は放っておいても大丈夫だったってこと? だけど、私にちゃんとお礼を言ってくれた。
「挨拶ができて礼儀正しい人に、悪い人はいない」と言うのが祖母の口癖。
「いえ、お役に立てたようで良かったです」
そう言って私は微笑んだ。
どうやら、これがいけなかったようだ。
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『綺麗になるから見てなさいっ!』(*´꒳`*)アルファポリス発行レジーナブックス。書店、通販にて好評発売中です。
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