たまごっ!!

きゃる

文字の大きさ
上 下
9 / 16

204号室 餡蜜さん

しおりを挟む
   夢を見ていた――大きな地震が起こる前の。
   いつものように朝暗いうちに起き出して、飼っている牛に餌をあげる。制服に着替えたら、ベーコンとスクランブルエッグの朝食を食べ、用意してもらったお弁当を手にする。「いってきます」と声をかけ、一番近くのバス停へ。始発のバスで駅に向かい電車に乗る。当たり前のいつもの日常。

   市内への通学は遠かったけれど、憧れていた高校だったし苦ではなかった。先生も優しいし友達もたくさんいたし、朝からみんなでバカな話もしていた。女子高なので世間話にとどまらず、街で見かけたイケメンやアイドルなんかの話題に夢中になった。男女交際には厳しい学校だったから、彼氏がいる子は少ない。  
   もちろん勉強や部活だって頑張った。
 高校最後の年だから、悔いのないよう満喫しよう。心に残る思い出をたくさん作ろう。こんな日が、ずっと続くと思っていた。日々は楽しく輝いていた――あの日までは。



   眩しい光で目が覚めた。
   時々、朝早く起きてしまう。
 もう高校を卒業して一年以上経っているのに、未だにあの頃の夢を見る。

   私はどこにいるんだっけ?
   ああ、そうか。ここは『生玲荘うまれそう』の真鈴ちゃんの部屋。高校の頃の楽しい夢は、彼女のおかげかも。真鈴ちゃんはぐっすり眠っている。穏やかなその寝顔は、あどけなく見える。可愛い子ってやっぱり、寝顔まで可愛いんだな。いいなぁ。

   早い時間だけど、もう眠れそうにない。簡単に毛布を畳んで部屋を出た。洗面所は部屋の外にある。秋の朝の水は、東京でもちょっと冷たい。
   顔を洗って振り向くと……うわっ!  誰!?

 廊下の壁に、妙な物体? というか、女の人が寄りかかって眠っている。赤い上着に黒いピッタリした服のお姉さんは、毛先がカールした薄茶の髪と長いまつ毛をしている。ぐったりして足を投げ出しているけれど、スタイルはかなり良さそうだ。だけど、ここは寒いし大丈夫なのかな? 慌てて揺り起こす。

「あの、すみません。こんな所でそんな格好で寝ていたら、風邪ひきますよ!」

「う……ん。もう飲めないの。勘弁して」

 お姉さんは声がセクシー。
『生玲荘』であと一人会っていない人で、セクシーな女優の卵といえば……きっと餡蜜あんみつさん! 私は真希さんの紹介を思い出して、更に声をかけた。

「餡蜜さん、廊下で寝ないでお部屋の中で寝て下さい。風邪をひきますよ!」

「だ~いじょうぶよぉ。直ぐに起きるから」

 くにゃくにゃと手を振る。
 この感じ、たぶん相当酔っているんだろう。彼女が寝ているのは204号室のすぐ前。あと少しだけ頑張れば、温かい自分の部屋に入れる。でも、カギを開ける前に力尽きて寝てしまったのかな? こんな状態なのに、自分の部屋の前まで帰れたのには感心する。あともう一歩なので起きてもらわないと、朝は寒いし心配だ。

「餡蜜さん! 起きて下さい!」



 何度か大きな声を出したせいで、本人ではなく周りの住人が起き出してきてしまった。

「この人いつもこうだから」

 ボソッと呟いたのは真鈴ちゃん。

「朝からどうしたの? 美羽ちゃん。今朝はまた冷えるわね」

 ジャージ姿の百合さん。
 良かった、立夏ちゃん親子は起きてこないみたい。

「朝早くすみません。でも、寒いのにこんな格好で寝ていたら、彼女が風邪をひくと思って。なかなか起きないので、大きな声を出してしまいました」

 おせっかいなのかもしれない。
 だけどやっぱり気が気でない。 

「彼女結構タフだから、大丈夫だと思うんだけどね? でも、こういう時の起こし方があるの。私に任せて」

 そう言うと、百合さんは餡蜜さんの片腕を持ち上げて、引っ張りながら大きな声を出した。

「ほら、山田やまだ 市子いちこ! 起きないとあなたの本名、みんなにバラすわよ!」

 いや、バラすも何も。
 大声で言うから丸わかりです。
 しかも百合さん、起こし方が何だか慣れている。呼びかけが功を奏したのか、餡蜜さん……山田さんの目がパチッと開いた。

「だーれーがー山田ですってぇー? 私は餡蜜、女優よ!」

「ほらね?」

 得意げな百合さん。
 でも、この後どうすればいいの?
 困っていると横から声がかけられた。

「カギは? 部屋に入れば?」

 真鈴ちゃんは相変わらず簡潔だ。
 私も当初の目的を思い出し、もう一度言ってみる。

「山……餡蜜さん、寝るならせめてご自分のお部屋で寝て下さい」

「ん? あなただあれ? まあいいわ。はい、これカーギ」

 可愛らしい猫のキーホルダーがついたカギを渡される。開けて、ということなのだろうか? カギを開けると、部屋の奥にベッドらしきものが見えた。餡蜜さんを背中に担いだ私。力はある方だけど、グッタリしている人ってどうしてこんなに重いんだろう?
 真鈴ちゃんが横から手伝ってくれる。
 彼女は今日もとっても優しい。
 散らかっていた餡蜜さんの部屋。
 物を踏まないように気をつけて歩き、ベッドに彼女を下ろすと布団をかけてあげる。百合さんがため息をつきながら、餡蜜さんのものだと思われるカバンを持ってきた。

「うぅ~~ん」

 山田……餡蜜さんは、寝返りまでセクシーだ。
 ひとまず安心したのでベッドサイドにカギを置くと、みんなで揃って部屋を出た。

「ありがとうございました。助かりました」

「別に」

 真鈴ちゃんがボソッと呟く。

「あなたがお礼を言うことじゃないわね。まあ、市子も今後クセにならなきゃいいけれど」

 百合さんが肩をすくめる。
 二人とも何だかとっても冷静だった。



「ふわぁ、おーはーよう~~」

 昼頃、髪をかき上げあくびをしながら山田……餡蜜さんが食堂に入ってきた。私は部屋がまだないので、大きな荷物は真希さんの部屋、簡単な荷物は食堂に置かせてもらっている。なので、何となくここにいることが多いのだ。
 餡蜜さんは真希さんが言っていたように、確かに猫のような目の美人さんだ。長い薄茶の髪は緩くカールしていて、セクシーで素晴らしくスタイルがいい。私は思わず、ボーっと見とれてしまった。

「あら? あなた……」

「初めまして。三日前からここにお世話になっている大下おおした 美羽みうです。よろしくお願いします」

 椅子から立ち上がりながら元気よく言って、頭を下げる。さっき会ったけれど、あの様子ではきっと憶えていないだろう。人間第一印象が肝心! 色っぽさといい気だるげな様子といい、山……餡蜜さんは確実に私よりも年上だから、きちんとご挨拶しなくっちゃ。

「初めまして、じゃないでしょう? さっき会ったわよね? 部屋に入らなきゃって思ってたんだけど、動くのしんどくて……。寒かったし助かったわ。ありがとう」

 おや? 意外にしっかりしていたようだ。
 だからかな? ちゃんとワンピースのような部屋着に着替えている。でも、胸のボタンを外しているから、谷間がチラ見えしている。もしかしてみんなの言う通り、彼女は放っておいても大丈夫だったってこと? だけど、私にちゃんとお礼を言ってくれた。
「挨拶ができて礼儀正しい人に、悪い人はいない」と言うのが祖母の口癖。

「いえ、お役に立てたようで良かったです」

 そう言って私は微笑んだ。
 どうやら、これがいけなかったようだ。
 
しおりを挟む
『綺麗になるから見てなさいっ!』(*´꒳`*)アルファポリス発行レジーナブックス。書店、通販にて好評発売中です。
感想 2

あなたにおすすめの小説

熱砂のシャザール

春川桜
キャラ文芸
日本の大学生・瞳が、異国の地で貴人・シャザールと出会って始まる物語

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄
恋愛
 あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。  奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。  ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。  *BL描写あり  毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

処理中です...