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101号室 真希さん
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数時間前――
荷物はとりあえず、大家の真希さんの所に置かせてもらうことになった。私が持ってきたのは大きなカバンと紙袋だけ。引っ越しにお金をかけたくなかったし、こっちに来ていろいろ揃えるつもりだったから、必要最低限の着替えしか持ってきていない。それと、お土産と。
家具はホームセンターで買おうと思っているし、画材道具はこれから揃えるつもり。洋服や日用品は後から母が送ってくれることになっている。九州から東京だと送料もバカにはならないから、段ボールいっぱいギュウギュウ詰めにして何個か用意してきた。
オネェさんの部屋に入るのは初めて。だからとても緊張してしまう。フリフリのカーテンやピンクの絨毯、ハート型のクッションやカラフルな家具なんかで埋め尽くされていたらどうしよう? そう思っていたのに、真希さんの部屋は至ってシンプルだった。
淡い色のフローリングの上には、毛足の長い薄茶のラグ。大きなソファはこげ茶で、ガラスのテーブルやシンプルで上品な家具が少しあるだけ。カーテンはベージュで角に置かれた背の高いランプは黒。何だかオネェの部屋と言うより男性の部屋、それもモデルルームみたいだ。
「どうしたの? 遠慮しないで入っていいわよ? 見られて困るようなものはこっちの部屋には置いていないから」
ここはどうやらリビングらしい。
じゃあ、ドアの向こうが寝室?
思わずキョロキョロしてしまった。
「ああ、部屋の作りがここだけみんなと違うの。美羽ちゃんが入る予定の201号室は一部屋よ? 少し広いのは大家の特権。ごめんなさいね」
サラッと言われたせいで、「家主が広い部屋に住むのは当然だと思います」と言うタイミングを逃してしまった。元々下宿やだったという『生玲荘』。広いと掃除も大変そうだし、一人暮らしなので、私はもちろん一部屋で十分だ。
「あ、いえ。素敵なインテリアだったのでビックリしてしまって……」
まさか、フリフリもレースもハートもなかったことに驚いていた、とは言えない。私は素直な感想を口にした。
「あら、ありがと」
真希さんは嬉しそう。
その笑顔は『綺麗なお姉さん』と呼ぶにふさわしいものだった。
親切な真希さんはその後も私の世話を焼き、色々案内してくれた。
1階にある陽の当たる食堂は、使い込まれた木のテーブルと椅子で何だかホッとする。そうかと思えば対面式のキッチンは最新の造りで、冷蔵庫も大きくオーブンもオシャレ。浄水器だって付いている。
庭の横にあるお風呂も新しく、そこそこ広くて男女別。脱衣所が少し狭い気もするれど、全員がいっぺんに着替えなければ大丈夫そう。
他の人とお風呂に入るのは恥ずかしい? と問われればそうでもない。私は温泉の多い地域に住んでいたので、部活帰りにも友達と寄っていた。みんなとワイワイ入るお風呂は、きっと楽しいに違いない。
「トイレとお風呂が部屋の外にあるから、若い女の子には嫌がられるのよね。昔からずっとこうだから、私は慣れているけれど。ごめんなさいね」
「いえ、そんな。合宿所みたいで嬉しいです! 都会なのに人の温もりが感じられて、素敵な所ですよね」
正直な感想を言ってみた。
知らない場所だし一人暮らしにも慣れていない私にとっては、誰かと顔を合わせる機会があった方が嬉しいから。
「もう、美羽ちゃんたら……本当可愛いっ!」
綺麗なオネェさんはスキンシップも派手だ。
ギューッと力いっぱい抱きしめられると、男の人の力なんだなぁって改めて思う。
――で、今。
食堂にみんなを集めたついでに、真希さんが私の泊まれそうな所を女性陣に聞いてくれている。
女性の住人は二人が不在。ここにいるのは201号室の鈴木美加さんと立夏ちゃん親子、203号室の後藤田百合さんだけ。でも、鈴木さん親子には「部屋が狭いから」とやんわり断られてしまった。百合さんは「資料で部屋の中が散らかっているから。急には無理」とやっぱり断られてしまった。
確かに。いきなり見ず知らずの人間を自分の部屋に泊めて、と言われるのは嫌だろう。都会は物騒だしあり得ないことなのかも。
寝袋を貸してもらえるなら、食堂でも寝られると思うけど。誰か持っていないのかな?
「二階の倉庫は物がいっぱいで、今から用意するんじゃあ間に合わないわね。仕方がないわねぇ……今日はとりあえず、私の部屋に泊まってもらっていい?」
頬に手を当てながら、困った顔で真希さんが言った。
「へ? で、でででも!」
動揺して綺麗な顔を見上げる。
いくら女性的とはいえ、真希さんは男性……だよね? さっき見た部屋も申し分ないくらい立派で片付いていたけれど、まさか昼間の「いざとなれば私の部屋に泊まればいいし」が本当になるとは思わなかった。
東京に出てきたその日にいきなり男の人と同じ部屋……というのはちょっと、いえ、かなり抵抗がある。
「あらやだ、この子ったら。もしかして、私と一晩一緒だと思っているの?」
「え? だって今、私の部屋って……」
「だーいじょうぶよぉ。私は隣の慎一の部屋に行くから。それとも、一緒の方が良かった?」
私は慌てて、首をブンブン横に振った。真希さんは優しいし、女性に興味はないだろうから、別に変なことがあるとは思っていない。しかも向こうの方が圧倒的に綺麗だし。
だけど、何もなくても彼氏じゃない人と同じ部屋で過ごす、というのは違う。送り出してくれた両親はおろか、ご先祖様にも顔向けできないからだ。
勘違いで良かった。
「もう、美羽ちゃんたら焦っちゃって。そんなところも可愛いっ!」
真希さんにまたハグをされてしまった。
都会の人は表現がオーバー?
それとも単に、面白がっているのかな?
初日からいきなり大家さんを移動させるなんて、申し訳ない。だけど、不動産屋さんからは本当に何も聞いていなかった。
知らない場所でホテルを探すのと、迷惑をかけるのとどっちがマシかな? 今から探しても、この辺で空いているホテルはあるのだろうか?
そんなことを考えていたら、真希さんが「気にしないで」と言ってくれた。『オネェが優しい』というのはドラマの中だけでなく、どうやら本当のことらしい。優しい人が大家さんで本当に良かった。これからの私の毎日は、きっと楽しいものになる!
真希さんが弟の慎一さんの部屋に移動するのを知った百合さんが、「尊い」と呟いた。意味がよくわからなかったので聞き返したら、「兄弟ものってそれなりにニーズがあるのよ」と返された。ますます意味がわからない。
もしかして、東京独特の言葉?
標準語って難しい。私自身は標準語を話しているつもりだけど、焦ると訛ってしまうみたい。街の人に電車の乗り場を聞いた時も、何度も聞き返されてしまった。早く東京の言葉を覚えて、ここで夢を叶えたい!
私はまだ、何もできないたまごだけれど……
でもいつか、『東京のこの場所でスタートしました』と、胸を張って言えるような立場になりたい。
荷物はとりあえず、大家の真希さんの所に置かせてもらうことになった。私が持ってきたのは大きなカバンと紙袋だけ。引っ越しにお金をかけたくなかったし、こっちに来ていろいろ揃えるつもりだったから、必要最低限の着替えしか持ってきていない。それと、お土産と。
家具はホームセンターで買おうと思っているし、画材道具はこれから揃えるつもり。洋服や日用品は後から母が送ってくれることになっている。九州から東京だと送料もバカにはならないから、段ボールいっぱいギュウギュウ詰めにして何個か用意してきた。
オネェさんの部屋に入るのは初めて。だからとても緊張してしまう。フリフリのカーテンやピンクの絨毯、ハート型のクッションやカラフルな家具なんかで埋め尽くされていたらどうしよう? そう思っていたのに、真希さんの部屋は至ってシンプルだった。
淡い色のフローリングの上には、毛足の長い薄茶のラグ。大きなソファはこげ茶で、ガラスのテーブルやシンプルで上品な家具が少しあるだけ。カーテンはベージュで角に置かれた背の高いランプは黒。何だかオネェの部屋と言うより男性の部屋、それもモデルルームみたいだ。
「どうしたの? 遠慮しないで入っていいわよ? 見られて困るようなものはこっちの部屋には置いていないから」
ここはどうやらリビングらしい。
じゃあ、ドアの向こうが寝室?
思わずキョロキョロしてしまった。
「ああ、部屋の作りがここだけみんなと違うの。美羽ちゃんが入る予定の201号室は一部屋よ? 少し広いのは大家の特権。ごめんなさいね」
サラッと言われたせいで、「家主が広い部屋に住むのは当然だと思います」と言うタイミングを逃してしまった。元々下宿やだったという『生玲荘』。広いと掃除も大変そうだし、一人暮らしなので、私はもちろん一部屋で十分だ。
「あ、いえ。素敵なインテリアだったのでビックリしてしまって……」
まさか、フリフリもレースもハートもなかったことに驚いていた、とは言えない。私は素直な感想を口にした。
「あら、ありがと」
真希さんは嬉しそう。
その笑顔は『綺麗なお姉さん』と呼ぶにふさわしいものだった。
親切な真希さんはその後も私の世話を焼き、色々案内してくれた。
1階にある陽の当たる食堂は、使い込まれた木のテーブルと椅子で何だかホッとする。そうかと思えば対面式のキッチンは最新の造りで、冷蔵庫も大きくオーブンもオシャレ。浄水器だって付いている。
庭の横にあるお風呂も新しく、そこそこ広くて男女別。脱衣所が少し狭い気もするれど、全員がいっぺんに着替えなければ大丈夫そう。
他の人とお風呂に入るのは恥ずかしい? と問われればそうでもない。私は温泉の多い地域に住んでいたので、部活帰りにも友達と寄っていた。みんなとワイワイ入るお風呂は、きっと楽しいに違いない。
「トイレとお風呂が部屋の外にあるから、若い女の子には嫌がられるのよね。昔からずっとこうだから、私は慣れているけれど。ごめんなさいね」
「いえ、そんな。合宿所みたいで嬉しいです! 都会なのに人の温もりが感じられて、素敵な所ですよね」
正直な感想を言ってみた。
知らない場所だし一人暮らしにも慣れていない私にとっては、誰かと顔を合わせる機会があった方が嬉しいから。
「もう、美羽ちゃんたら……本当可愛いっ!」
綺麗なオネェさんはスキンシップも派手だ。
ギューッと力いっぱい抱きしめられると、男の人の力なんだなぁって改めて思う。
――で、今。
食堂にみんなを集めたついでに、真希さんが私の泊まれそうな所を女性陣に聞いてくれている。
女性の住人は二人が不在。ここにいるのは201号室の鈴木美加さんと立夏ちゃん親子、203号室の後藤田百合さんだけ。でも、鈴木さん親子には「部屋が狭いから」とやんわり断られてしまった。百合さんは「資料で部屋の中が散らかっているから。急には無理」とやっぱり断られてしまった。
確かに。いきなり見ず知らずの人間を自分の部屋に泊めて、と言われるのは嫌だろう。都会は物騒だしあり得ないことなのかも。
寝袋を貸してもらえるなら、食堂でも寝られると思うけど。誰か持っていないのかな?
「二階の倉庫は物がいっぱいで、今から用意するんじゃあ間に合わないわね。仕方がないわねぇ……今日はとりあえず、私の部屋に泊まってもらっていい?」
頬に手を当てながら、困った顔で真希さんが言った。
「へ? で、でででも!」
動揺して綺麗な顔を見上げる。
いくら女性的とはいえ、真希さんは男性……だよね? さっき見た部屋も申し分ないくらい立派で片付いていたけれど、まさか昼間の「いざとなれば私の部屋に泊まればいいし」が本当になるとは思わなかった。
東京に出てきたその日にいきなり男の人と同じ部屋……というのはちょっと、いえ、かなり抵抗がある。
「あらやだ、この子ったら。もしかして、私と一晩一緒だと思っているの?」
「え? だって今、私の部屋って……」
「だーいじょうぶよぉ。私は隣の慎一の部屋に行くから。それとも、一緒の方が良かった?」
私は慌てて、首をブンブン横に振った。真希さんは優しいし、女性に興味はないだろうから、別に変なことがあるとは思っていない。しかも向こうの方が圧倒的に綺麗だし。
だけど、何もなくても彼氏じゃない人と同じ部屋で過ごす、というのは違う。送り出してくれた両親はおろか、ご先祖様にも顔向けできないからだ。
勘違いで良かった。
「もう、美羽ちゃんたら焦っちゃって。そんなところも可愛いっ!」
真希さんにまたハグをされてしまった。
都会の人は表現がオーバー?
それとも単に、面白がっているのかな?
初日からいきなり大家さんを移動させるなんて、申し訳ない。だけど、不動産屋さんからは本当に何も聞いていなかった。
知らない場所でホテルを探すのと、迷惑をかけるのとどっちがマシかな? 今から探しても、この辺で空いているホテルはあるのだろうか?
そんなことを考えていたら、真希さんが「気にしないで」と言ってくれた。『オネェが優しい』というのはドラマの中だけでなく、どうやら本当のことらしい。優しい人が大家さんで本当に良かった。これからの私の毎日は、きっと楽しいものになる!
真希さんが弟の慎一さんの部屋に移動するのを知った百合さんが、「尊い」と呟いた。意味がよくわからなかったので聞き返したら、「兄弟ものってそれなりにニーズがあるのよ」と返された。ますます意味がわからない。
もしかして、東京独特の言葉?
標準語って難しい。私自身は標準語を話しているつもりだけど、焦ると訛ってしまうみたい。街の人に電車の乗り場を聞いた時も、何度も聞き返されてしまった。早く東京の言葉を覚えて、ここで夢を叶えたい!
私はまだ、何もできないたまごだけれど……
でもいつか、『東京のこの場所でスタートしました』と、胸を張って言えるような立場になりたい。
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『綺麗になるから見てなさいっ!』(*´꒳`*)アルファポリス発行レジーナブックス。書店、通販にて好評発売中です。
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