たまごっ!!

きゃる

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人気子役は忙しい?

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 あの後は怒鳴り声も止んで静かになった。ぐっすり眠って気づけば朝。起きて食堂に行くと、新聞を読んでいる慎一さんと目が合った。慎一さんは102号室の住人で、真希さんの弟。彼は今日もパリッとしたスーツを着ている。

「おはよう、昨日は派手にやり合ったな?」

「おはようございます。もしかして、全部聞こえてました?」

「少しだけ。何度も同じようなことがあったから。あの親子にはいい薬になるだろう」

 目つきの怖い慎一さんは低い声だけど、意外に優しい話し方だ。

「今までも? どなたか注意されたんですか?」

「真希が何度も言っている。他者の介入で解決できないこともないが」
 
「何とかなるんですか?」

「時間をかければ。うちの事務所に言えば引き受けないこともない」

「え? 事務所って、ヤクザの事務所が?」

 しまった。
 思わず本人に聞き返してしまった。

「おい、お前。もしかして、盛大に勘違いをしているか?」

 怒らせた?  どうしよう、上京したばかりでいきなりコンクリート詰め?   行方不明でニュースに出るって嬉しくない!

「ご、ごめんなさい! 悪気があったわけでは……」

 思わず顔をガードする。
 鋭い目で睨んでくるから余計に怖い。
 卵でこれだったら、立派になったらどうなるの?   「小指を出せ」って言われたらどうしよう?

「はあ。お前もか。よく間違われるが、ここまでとは」

 頭を抱える慎一さんを見て、ハンドクリームを塗りながらやって来た真希さんがおかしそうに笑う。オネェさんは指先にまで気を抜かない。それともスタイリストさんだから?

「ふふふ、慎一の目つきは本物より迫力があるものね。でも美羽ちゃん、事務所って言ってもヤクザの事務所じゃないのよ?」

「え?」

   違うんならサラ金?   
 でも、『取り立てやの卵』って聞いたことがないや。

「……法律事務所だ」

   慎一さん本人が横を向き、ぶすっとしながら呟いた。

「え?   あ、あれ?」

   それでか。スーツで朝から経済や何かの難しそうな新聞を読んでいるのは。

「もしかして、弁護士の……卵、ですか?」

「そうよ。この子これでも頭が良いの。ただ、激しく緊張するから試験の日だけがダメでね~」

「うるさいっっ」

   仲のいい兄弟だ。
   弁護士を目指していると知って安心したせいか、慎一さんが普通の人に見えてきた。怖そうって思ってゴメンなさい。お兄さんの真希さんと言い合う慎一さんは何だか可愛い。



「それはそうと下まで聞こえたわよ~、あなた達の声。でも、あとちょっとだから許してあげて? 立夏ちゃん、お仕事前はいつもカリカリしているみたいだから」

「じゃ、じゃあ真希さんも立夏ちゃんが原因だって知って……」

「もちろん!   注意するのは私だもの。苦労していたのに急に売れっ子になっちゃったから、戸惑っているみたい。まあ、お母さんの美加さんがしっかりすればいいんだろうけれど」

   そっか。
 じゃああれが、今時の子育てってわけではなかったのね? 確かにお母さんの美加さんよりも娘の立夏ちゃんの方がしっかりしていた気がする。だけど、それとこれとは別だと思う。自分達が忙しいからって夜中に他人に迷惑をかけていい理由にはならない。それで平気だという考えは、やっぱりおかしいよ。

「立夏ちゃんも言えばちゃんとわかるんだけど。でもこのところ、お仕事詰め込み過ぎているのよね~。あれだと、本人もマネージャーである美加さんもパンクしちゃうわ」

「でも、大手と契約したって……」

「そう聞いたけど? だけどマネージャーは自分がするからって、美加さん自身が断ったんじゃなかったかしら?」

   食堂のテレビには、ちょうど子供服のCMで『リッカ』が映っている。可愛くて屈託のない笑顔。でもあれは作り物で、本物はワガママで子供っぽい。怒鳴った顔も可愛かったけれど、常識を知らないと後々苦労するだろう。
   小学一年生といえば、まだまだお母さんに甘えたい年頃。お仕事を増やす前に、もっと子供らしく育てるべきだと思う私は、甘いのかな?

「まあ、周りに迷惑さえかけなければ、私達がとやかく言うことでもないしね。あら、いけない。そろそろ出ないと新幹線の時間に遅れちゃう。慎一、後はお願いね?」

「ああ」

   真希さんは今日から出張。
 本業が忙しいらしい。
 立夏ちゃん達のこともあと少しだから我慢すればいいと言うけれど……
 人には人の考え方があって、他人が踏み込むべきでないことはわかってはいる。だけどあの親子は、今の生活で本当に幸せだと言えるのだろうか? 

 当たり前の日常が、突然崩れ去ることだってある。進むべき道を急に見失う事だってあるのだ。それでも、本人や家族がしっかりしていれば何とかなった。他人と助け合い協力することで、道は開かれると知ったのだ。
   やっぱり、ちゃんと話してわかってもらった方がいいんじゃあ……



 今日は特に行くところもなかったので、庭に出てスケッチをしていた。時間が経つのも忘れていたため、気づいた時には夕方になっていた。立夏ちゃん親子が帰って来るのが見えた。気まずい、非っ常~に気まずい。

「あんた、何描いてんの?」

 けれど、立夏ちゃんはお構いなし。
 普通に私に話しかけてきた。

「こんにちは。じゃないよ?   私は大下おおした 美羽みう。立夏ちゃんは?   あんたって呼ばれた方がいいの?」

「そんなわけないでしょ! ねぇ、何描いてるの?」

「ほら、立夏、行くわよ!」

 お母さんは相変わらずだ。
 仕方がない、立夏ちゃんと直接話そう。

「答える前にまずは挨拶しようか。お仕事でもしているでしょう?」

「当たり前じゃない、お金くれるもん」

「お金が関係していなくても、普段から挨拶は大切よ? お帰りなさい、立夏ちゃん」

 言いながら笑顔で彼女の頭を撫でる。
 なぜか不思議そうな顔で私を見る立夏ちゃん。あれ? 今はまったく訛っていなかったと思うんだけどな。

「えっと……ただいま?」

 うっわーー!
 人気子役の破壊力、半端ない。
 すっごく可愛いんですけど!
 首を傾げて戸惑った様子が心臓直撃。
 思わず見とれてしまった。
 お母さんの美加さんは諦めたようで、さっさと家に入ってしまっている。

「それで? 何を描いてるの?」

 ああ、そうだった。
 ちょっと思考が飛んでいた。
 
「お庭の景色を少しね。あの樹が独特な形だったから。お化けみたいに見えない?」

 立夏ちゃんは恥ずかしいくらい真剣に私の描いた絵を見ている。そこまで上手なわけではないけれど、見られないこともないはず。

「ねえ、絵を描くのって面白い? 時間がないとできないよね」

「でも、立夏ちゃんは小学校で図工の時間に描くでしょう?」

「あんまり行かないからわかんない」

 ええ!?   今、聞き捨てならないことを聞いちゃったような。

「学校に行ってないの? 大丈夫?」

「さあ? その辺は全部ママがしてくれてるから……」

 いよいよもってダメな気がする。
 確か大手と契約したって言ってたよね?   
 だったらスケジュール管理はやっぱり任せるべきじゃあ……
 
「立夏ちゃん、お母さんと話したいんだけどいいかな。忙しいのに悪いけど、食堂で待ってるからって伝えてくれる?」

 おせっかいだってわかっちゃいる。
 だけど、確認するだけだから。
 絶対に、昨日みたいに怒らないようにするから!
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