5 / 16
201号室 立夏ちゃん
しおりを挟む
翌日も真希さんは、私の心配をしてくれた。綺麗なおネェさんというより、何だかお母さんみたいだ。
「大丈夫? 専門学校までの地図持った? 悪い人や怖そうな人についていったらダメだからね」
都会に慣れていないとはいえ、19歳の私にそれはないと思う。修学旅行は東京方面だったから、駅に出口がいくつかあるのもわかっている。
私がガラケーしか持っていないから、検索できずに迷うと思われているのかな? だけど、田舎とは違って目印になるような建物が東京にはいっぱいあるから、大丈夫! 間違っても私の地元みたいにコンビニが目印、とかカーナビが一面緑、ってことはないんだろう。
美術の専門学校はすぐに見つかったから、予め取り寄せていた書類を提出した。受付のお姉さんも親切でいろいろ教えてくれたから、手続きはすぐに終わった。生徒さんがちらほら見えたけど、みんなオシャレでセンスが良さそう。都会の真ん中で、もうすぐ一緒に勉強できるのかと思うとすごく楽しみだ。
帰りには、画材道具を見に行った。調べていた通り、駅から直ぐの大きな建物の中に絵の道具がたくさん並んでいる。アクリル絵の具や水彩絵の具はもちろんのこと、油絵用のイーゼルやキャンバス、マンガ用のスクリーントーンやGペンなど、ここの中だけで全てが揃う。種類も豊富で都会ってすごい!
お昼は奮発して『デパ地下惣菜』にした。カラフルで品数もたくさんあって、どれにするか迷ってしまった。ただまあ、お値段が……。東京は、ちょっと移動したりご飯を食べたりするだけですごくお金がかかるから、節約するよう気を付けないといけないかも。
あ、あと、歩く速度が異常に速い!
みんな急いでどうしたんだろう? と思っていたら、ただの移動だった。会社に行くだけだったり横断歩道を渡るだけだったり。人が多いからお祭りでもあるのかと思っていたら、昼間でもこれが普通なんだそうだ。
そうそう、テレビで見ていたハロウィンやサッカーの応援で有名な『渋谷の交差点』にも寄ってみた。だけどそこは本当にただの交差点で、別にイベント会場じゃなかった。さっさと渡らなければ、信号は当然赤になってしまう。平日のせいか浮かれる人もいなくて、何だかちょっと寂しい気がした。
そして夜。私はまだ、101号室の真希さんの部屋のソファをベッド代わりに使わせてもらっている。「遠慮しないで」と言われているけれど、なるべく部屋の中のものは触らないよう気をつけている。
散々歩いて疲れているはずなのに、興奮したのか眠りが浅かったみたい。
真夜中、上の階の大きな音とすすり泣くような声が気になって起きてしまった。ここの真上ってことは、201号室だよね? 立夏ちゃんって小学生だから、さすがに夜泣きってことはないと思うんだけど……
大声が聞こえたので、気になって上がってみた。上の方にステンドグラスをはめ込んだ201号室の扉は開いていた。
「……っ、そんなつもりじゃ……」
「だったらどういうつもりっ! バカじゃないの!」
部屋を覗き込んだ私は、ビックリしてしまった。なんと、泣いていたのはお母さんの方。立夏ちゃんは子供だというのにこんなに遅くまで起きていて、その上自分の親を罵倒している!
「あの……」
思い切って声をかけてみた。
夜中だし、大きな声って近所迷惑になるよね? 二人とも、ハッとした顔でこちらを振り向いた。先に立ち直ったのは子供の方。
「何よ! 他人の部屋をジロジロ見て。何か文句でもあるわけ?」
「すみません、直ぐに終わりますから……」
ショックだった。
これが、天使の笑顔で人気の子役『リッカ』の素顔? 威張る子供に対してお母さんは低姿勢。
「もう夜中やけん、その辺でよかろうもん」
控えめに言ってみた。
人様の事情に口を挟むのはアレだけど、夜中にケンカはちょっと。
「はあ? それ何語? 言いたいことがあるならちゃんと日本語で話しなさいよっ!」
怒って出てきた立夏ちゃん。
しまった、つい。
だけど、こんな遅くに大声でわめくのが許されるはずがない。それに、こういう時って親がきちんと注意するものではないの?
「あのな? あーた知らんかもやけど、こまか子が遅くまで起きとると背ぇ伸びんよ。それに、そがん態度ば何? 自分の親にそがんこつ言うとばおかしかつね!」
「何言ってんのか全然わからない! あんた、あたしのことを知らないの? あたしはね、あんたなんかよりよっぽど稼いでいるんだからねっ」
「だけん何? そがんこつが人様に迷惑かくる言い訳になっと?」
売り言葉に買い言葉。
いけない、止められない。
お母さんはおろおろするばかりで何も言わない。
「何よ、子供だからってバカにして! うわ~~ん」
いけない、本格的に泣き出した。こういうところは子供っぽいと思う。なのに……
「ほら、立夏。泣き止まないと目が腫れて明日の撮影に響くわよ? この人にはママがちゃんと言っておくから。あなたはお仕事のことだけを考えていればいいの。余計な言葉に惑わされてはダメよ」
「え……あれ?」
ビックリしてしまった。
もしかして、私の方が悪者?
まさか都会って、うるさくても我慢しなくちゃいけないの?
「あなたも! うちがすぐに引っ越さなかったからって、嫌がらせですか?」
お母さん、まさかの逆切れ。
「え? えーっと……」
「うわーん、わーん」
泣きながら、こちらをチラチラ窺う立夏ちゃん。これって泣き真似じゃない!
さすが天才子役。
だけど良い事はいい、悪い事は悪いと大人がきちんと教えておかなくちゃ。
「あのね、立夏ちゃん。いくら天才でも人気でも、やって良い事と悪い事の区別はつけようね? 夜中に大声を出すのは悪い事――周りに迷惑をかけるから。自分の親をバカだと言うのもダメ――だって、自分一人ではまだ何もできないんだよ? お仕事の時は『リッカ』。でも今のあなたは鈴木立夏ちゃん。子供でいていいんだよ? 頭のいいあなたなら、わかるよね?」
ゆっくり考えながら話せば、標準語だってちゃんと使える。「頭がいいあなたなら」と付け加えたのは、わざと。わからないなら「頭が悪い」ということになってしまうから。私はこれを、自分の親に散々やられた。
「他人ん家の子にうるさく言うなんて、田舎者だしバッカみたい」
良かった。泣き止んだし、さっきより口調は落ち着いているみたい。間違ったことを注意するのがバカだと言うのなら、私はバカで構わない。おせっかいだとは自分でも思うけれど。
このままここにいても迷惑になるから、私は一礼するとすぐに向きを変え、101号室に戻った。昨日来たばかりの私が、これ以上言うのも変だし。
それに、怒るとすぐに訛りが出てしまう。標準語でわかるように話したつもりだけど……わかってくれたのかな?
それにしても、今はあんな子育てが普通なのだろうか。自分の子どもを怒らないの?
いくら少子化だとはいえ、他人に迷惑をかけて平気な親が増えるのは、なんか嫌だな。
「大丈夫? 専門学校までの地図持った? 悪い人や怖そうな人についていったらダメだからね」
都会に慣れていないとはいえ、19歳の私にそれはないと思う。修学旅行は東京方面だったから、駅に出口がいくつかあるのもわかっている。
私がガラケーしか持っていないから、検索できずに迷うと思われているのかな? だけど、田舎とは違って目印になるような建物が東京にはいっぱいあるから、大丈夫! 間違っても私の地元みたいにコンビニが目印、とかカーナビが一面緑、ってことはないんだろう。
美術の専門学校はすぐに見つかったから、予め取り寄せていた書類を提出した。受付のお姉さんも親切でいろいろ教えてくれたから、手続きはすぐに終わった。生徒さんがちらほら見えたけど、みんなオシャレでセンスが良さそう。都会の真ん中で、もうすぐ一緒に勉強できるのかと思うとすごく楽しみだ。
帰りには、画材道具を見に行った。調べていた通り、駅から直ぐの大きな建物の中に絵の道具がたくさん並んでいる。アクリル絵の具や水彩絵の具はもちろんのこと、油絵用のイーゼルやキャンバス、マンガ用のスクリーントーンやGペンなど、ここの中だけで全てが揃う。種類も豊富で都会ってすごい!
お昼は奮発して『デパ地下惣菜』にした。カラフルで品数もたくさんあって、どれにするか迷ってしまった。ただまあ、お値段が……。東京は、ちょっと移動したりご飯を食べたりするだけですごくお金がかかるから、節約するよう気を付けないといけないかも。
あ、あと、歩く速度が異常に速い!
みんな急いでどうしたんだろう? と思っていたら、ただの移動だった。会社に行くだけだったり横断歩道を渡るだけだったり。人が多いからお祭りでもあるのかと思っていたら、昼間でもこれが普通なんだそうだ。
そうそう、テレビで見ていたハロウィンやサッカーの応援で有名な『渋谷の交差点』にも寄ってみた。だけどそこは本当にただの交差点で、別にイベント会場じゃなかった。さっさと渡らなければ、信号は当然赤になってしまう。平日のせいか浮かれる人もいなくて、何だかちょっと寂しい気がした。
そして夜。私はまだ、101号室の真希さんの部屋のソファをベッド代わりに使わせてもらっている。「遠慮しないで」と言われているけれど、なるべく部屋の中のものは触らないよう気をつけている。
散々歩いて疲れているはずなのに、興奮したのか眠りが浅かったみたい。
真夜中、上の階の大きな音とすすり泣くような声が気になって起きてしまった。ここの真上ってことは、201号室だよね? 立夏ちゃんって小学生だから、さすがに夜泣きってことはないと思うんだけど……
大声が聞こえたので、気になって上がってみた。上の方にステンドグラスをはめ込んだ201号室の扉は開いていた。
「……っ、そんなつもりじゃ……」
「だったらどういうつもりっ! バカじゃないの!」
部屋を覗き込んだ私は、ビックリしてしまった。なんと、泣いていたのはお母さんの方。立夏ちゃんは子供だというのにこんなに遅くまで起きていて、その上自分の親を罵倒している!
「あの……」
思い切って声をかけてみた。
夜中だし、大きな声って近所迷惑になるよね? 二人とも、ハッとした顔でこちらを振り向いた。先に立ち直ったのは子供の方。
「何よ! 他人の部屋をジロジロ見て。何か文句でもあるわけ?」
「すみません、直ぐに終わりますから……」
ショックだった。
これが、天使の笑顔で人気の子役『リッカ』の素顔? 威張る子供に対してお母さんは低姿勢。
「もう夜中やけん、その辺でよかろうもん」
控えめに言ってみた。
人様の事情に口を挟むのはアレだけど、夜中にケンカはちょっと。
「はあ? それ何語? 言いたいことがあるならちゃんと日本語で話しなさいよっ!」
怒って出てきた立夏ちゃん。
しまった、つい。
だけど、こんな遅くに大声でわめくのが許されるはずがない。それに、こういう時って親がきちんと注意するものではないの?
「あのな? あーた知らんかもやけど、こまか子が遅くまで起きとると背ぇ伸びんよ。それに、そがん態度ば何? 自分の親にそがんこつ言うとばおかしかつね!」
「何言ってんのか全然わからない! あんた、あたしのことを知らないの? あたしはね、あんたなんかよりよっぽど稼いでいるんだからねっ」
「だけん何? そがんこつが人様に迷惑かくる言い訳になっと?」
売り言葉に買い言葉。
いけない、止められない。
お母さんはおろおろするばかりで何も言わない。
「何よ、子供だからってバカにして! うわ~~ん」
いけない、本格的に泣き出した。こういうところは子供っぽいと思う。なのに……
「ほら、立夏。泣き止まないと目が腫れて明日の撮影に響くわよ? この人にはママがちゃんと言っておくから。あなたはお仕事のことだけを考えていればいいの。余計な言葉に惑わされてはダメよ」
「え……あれ?」
ビックリしてしまった。
もしかして、私の方が悪者?
まさか都会って、うるさくても我慢しなくちゃいけないの?
「あなたも! うちがすぐに引っ越さなかったからって、嫌がらせですか?」
お母さん、まさかの逆切れ。
「え? えーっと……」
「うわーん、わーん」
泣きながら、こちらをチラチラ窺う立夏ちゃん。これって泣き真似じゃない!
さすが天才子役。
だけど良い事はいい、悪い事は悪いと大人がきちんと教えておかなくちゃ。
「あのね、立夏ちゃん。いくら天才でも人気でも、やって良い事と悪い事の区別はつけようね? 夜中に大声を出すのは悪い事――周りに迷惑をかけるから。自分の親をバカだと言うのもダメ――だって、自分一人ではまだ何もできないんだよ? お仕事の時は『リッカ』。でも今のあなたは鈴木立夏ちゃん。子供でいていいんだよ? 頭のいいあなたなら、わかるよね?」
ゆっくり考えながら話せば、標準語だってちゃんと使える。「頭がいいあなたなら」と付け加えたのは、わざと。わからないなら「頭が悪い」ということになってしまうから。私はこれを、自分の親に散々やられた。
「他人ん家の子にうるさく言うなんて、田舎者だしバッカみたい」
良かった。泣き止んだし、さっきより口調は落ち着いているみたい。間違ったことを注意するのがバカだと言うのなら、私はバカで構わない。おせっかいだとは自分でも思うけれど。
このままここにいても迷惑になるから、私は一礼するとすぐに向きを変え、101号室に戻った。昨日来たばかりの私が、これ以上言うのも変だし。
それに、怒るとすぐに訛りが出てしまう。標準語でわかるように話したつもりだけど……わかってくれたのかな?
それにしても、今はあんな子育てが普通なのだろうか。自分の子どもを怒らないの?
いくら少子化だとはいえ、他人に迷惑をかけて平気な親が増えるのは、なんか嫌だな。
0
『綺麗になるから見てなさいっ!』(*´꒳`*)アルファポリス発行レジーナブックス。書店、通販にて好評発売中です。
お気に入りに追加
64
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
明智さんちの旦那さんたちR
明智 颯茄
恋愛
あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。
奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。
ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。
*BL描写あり
毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。

天狐の上司と訳あって夜のボランティア活動を始めます!※但し、自主的ではなく強制的に。
当麻月菜
キャラ文芸
ド田舎からキラキラ女子になるべく都会(と言っても三番目の都市)に出て来た派遣社員が、訳あって天狐の上司と共に夜のボランティア活動を強制的にさせられるお話。
ちなみに夜のボランティア活動と言っても、その内容は至って健全。……安全ではないけれど。
※文中に神様や偉人が登場しますが、私(作者)の解釈ですので不快に思われたら申し訳ありませんm(_ _"m)
※12/31タイトル変更しました。
他のサイトにも重複投稿しています。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる