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第四章 本当の悪女は誰?
魔性の女 5
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――僕、の?
嘘でも嬉しく、涙が出た。彼のかすれた声と腕の温かさに、私の心臓が痛いほど早鐘を打つ。こうして側にいるだけで、途方もない幸せを感じる。
「ロディ……」
「もう大丈夫だから。誰にも君を傷つけさせない」
彼は宥めるように囁くと、私の頬に優しく手を触れた。親指でなぞられたのは、さっき義兄に叩かれたところだ。私はくすぐったくて、ロディの手を取り頬をすり寄せる。
――もう少しこのままでいたい。離れないでと言ったら、貴方はなんて答えるの?
けれど、ロディはその手をやんわり引き抜くと、自分の身体も離した。途端に喪失感が胸を駆け抜け、苦しみがせり上がる。
――甘えるなってこと? それとも、急に愛する人を思い出した?
胸の痛みをごまかすため、私は大きく息を吸い込む。するとロディが突然、自分の上着を脱ぐ。
「シルフィ、僕を試してる? これ以上他の誰にも見せたくないから、これを着ておいて」
「……あっ」
そうだ、義兄にドレスを破られたせいで、コルセットが丸見えだ。胸も上半分が出ていて……。私は慌てて、かけてくれた彼の上着を身体の前でかき合わせた。
恥ずかしくって顔を伏せた私の頭を、ロディが撫でる。でもこれだと、どちらが年上だかわからない。
私は年上の威厳を保つため、瞼を閉じて涙を押し戻す。再び目を開けしっかりしようと背筋を伸ばすと、戸口から兵士の声が聞こえた。
「殿下。家人を連れて参りましたが、いかがなさいますか?」
継母が、逃げられないように腕を掴まれているみたい。その顔は青ざめ、憔悴しきっている。
「お継母様!」
私の呼びかけに目を細めるものの、彼女は無言だ。その後ろから、甲高い叫びが上がる。
「何よ、なんなの! 乱暴は止めなさい。ちょっとあなた、どこ触ってるのよ!」
テレーザの声だ。
抵抗を意に介さず、別の兵士が彼女を無理やり引きずって来たようだ。義妹はロディを見るなり、急に取り繕う。
「まあ、ローランド様! 皆様お揃いですけれど……何か、ございました?」
無邪気に首をかしげる姿に、怒りがこみ上げる。よくもまあ、いけしゃあしゃあと知らないフリを。自分が私を攫わせて、義兄に差し出したくせに!
「テレーザ! 元はと言えばあなたが……うわっ」
急に動いたため、私は身体のバランスを崩す。とっさに腕を出して支えてくれたロディが、私を自分に引き寄せた。
「シルフィ、君の怒りはもっともだ。だけどここは、僕に任せて」
恵まれた容姿を使い、男性を思い通りに動かしていると言っていた義妹。でも、隣国の王女が好きなロディなら、テレーザの魅力や嘘には騙されないだろう。
金色の瞳を見上げ、私は頷く。
「ええ」
ふと視線を向けると、義妹は憎々しげに私を睨んでいた。
「テレーザ・コルテーゼと言ったね。それが君の名前で間違いない?」
「ええ。ローランド様がわたくしの名を覚えてくださったなんて、光栄ですわ!」
義妹は素早く表情を切り替えると、桃色の瞳をキラキラさせながらロディに笑いかけた。愛らしい顔は、罪のないようにも見えるのに。
「そう、それは良かった」
「まあ。良かった、だなんて」
クスクス笑う頬に、赤みが差す。
テレーザは驚くことに、顔色まで自分で変えられるみたい。ロディを見るうっとりした表情は、まるで恋する乙女だ。
「認めてくれて良かったよ。だって、騙された哀れな子爵がその名を口にしたからね? あとは、やもめの伯爵だったかな」
「なっ……なんのことでしょう? 誰がそんなひどいデマを?」
テレーザの目に、みるみる涙が溜まる。彼女の本性を知る私でさえ、圧巻の演技に思わず見入ってしまう。
「デマ? 我々は事実だと認識している。婚約不履行に金銭の要求、あとはわざと不貞を働き相手の男性を恐喝、だったかな? 調べたが、君って相当すごいね」
「いいえ! それは、わたくしじゃないっ」
義妹が必死に叫ぶ。
その大声に、今まで気を失っていた義兄が目覚めた。
「くそっ、いきなり何……なっ、なんだこれは! どうして俺がこんな目にっ」
彼は縄で縛られた自分の身体を見下ろし、信じられないというように目を丸くした。ロディがテレーザとヴィーゴを交互に見て、怒鳴りつけた。
「いい加減にしろ! 僕の大事な人を傷つけておきながら、その言い分が通るとでも?」
「違うっ。シルヴィエラは元々、俺のものだ」
「わたくしは関係ないわ!」
ロディは私を抱く腕に力を込めると、冷ややかに言葉を発した。
「俺のもの? 関係ない? 王子の僕が『彼女との結婚を考えている』と、宣言したはずだが?」
いや、ロディ。庇ってくれるのは嬉しいけど、それって恋人の演技のことだよね?
嘘でも嬉しく、涙が出た。彼のかすれた声と腕の温かさに、私の心臓が痛いほど早鐘を打つ。こうして側にいるだけで、途方もない幸せを感じる。
「ロディ……」
「もう大丈夫だから。誰にも君を傷つけさせない」
彼は宥めるように囁くと、私の頬に優しく手を触れた。親指でなぞられたのは、さっき義兄に叩かれたところだ。私はくすぐったくて、ロディの手を取り頬をすり寄せる。
――もう少しこのままでいたい。離れないでと言ったら、貴方はなんて答えるの?
けれど、ロディはその手をやんわり引き抜くと、自分の身体も離した。途端に喪失感が胸を駆け抜け、苦しみがせり上がる。
――甘えるなってこと? それとも、急に愛する人を思い出した?
胸の痛みをごまかすため、私は大きく息を吸い込む。するとロディが突然、自分の上着を脱ぐ。
「シルフィ、僕を試してる? これ以上他の誰にも見せたくないから、これを着ておいて」
「……あっ」
そうだ、義兄にドレスを破られたせいで、コルセットが丸見えだ。胸も上半分が出ていて……。私は慌てて、かけてくれた彼の上着を身体の前でかき合わせた。
恥ずかしくって顔を伏せた私の頭を、ロディが撫でる。でもこれだと、どちらが年上だかわからない。
私は年上の威厳を保つため、瞼を閉じて涙を押し戻す。再び目を開けしっかりしようと背筋を伸ばすと、戸口から兵士の声が聞こえた。
「殿下。家人を連れて参りましたが、いかがなさいますか?」
継母が、逃げられないように腕を掴まれているみたい。その顔は青ざめ、憔悴しきっている。
「お継母様!」
私の呼びかけに目を細めるものの、彼女は無言だ。その後ろから、甲高い叫びが上がる。
「何よ、なんなの! 乱暴は止めなさい。ちょっとあなた、どこ触ってるのよ!」
テレーザの声だ。
抵抗を意に介さず、別の兵士が彼女を無理やり引きずって来たようだ。義妹はロディを見るなり、急に取り繕う。
「まあ、ローランド様! 皆様お揃いですけれど……何か、ございました?」
無邪気に首をかしげる姿に、怒りがこみ上げる。よくもまあ、いけしゃあしゃあと知らないフリを。自分が私を攫わせて、義兄に差し出したくせに!
「テレーザ! 元はと言えばあなたが……うわっ」
急に動いたため、私は身体のバランスを崩す。とっさに腕を出して支えてくれたロディが、私を自分に引き寄せた。
「シルフィ、君の怒りはもっともだ。だけどここは、僕に任せて」
恵まれた容姿を使い、男性を思い通りに動かしていると言っていた義妹。でも、隣国の王女が好きなロディなら、テレーザの魅力や嘘には騙されないだろう。
金色の瞳を見上げ、私は頷く。
「ええ」
ふと視線を向けると、義妹は憎々しげに私を睨んでいた。
「テレーザ・コルテーゼと言ったね。それが君の名前で間違いない?」
「ええ。ローランド様がわたくしの名を覚えてくださったなんて、光栄ですわ!」
義妹は素早く表情を切り替えると、桃色の瞳をキラキラさせながらロディに笑いかけた。愛らしい顔は、罪のないようにも見えるのに。
「そう、それは良かった」
「まあ。良かった、だなんて」
クスクス笑う頬に、赤みが差す。
テレーザは驚くことに、顔色まで自分で変えられるみたい。ロディを見るうっとりした表情は、まるで恋する乙女だ。
「認めてくれて良かったよ。だって、騙された哀れな子爵がその名を口にしたからね? あとは、やもめの伯爵だったかな」
「なっ……なんのことでしょう? 誰がそんなひどいデマを?」
テレーザの目に、みるみる涙が溜まる。彼女の本性を知る私でさえ、圧巻の演技に思わず見入ってしまう。
「デマ? 我々は事実だと認識している。婚約不履行に金銭の要求、あとはわざと不貞を働き相手の男性を恐喝、だったかな? 調べたが、君って相当すごいね」
「いいえ! それは、わたくしじゃないっ」
義妹が必死に叫ぶ。
その大声に、今まで気を失っていた義兄が目覚めた。
「くそっ、いきなり何……なっ、なんだこれは! どうして俺がこんな目にっ」
彼は縄で縛られた自分の身体を見下ろし、信じられないというように目を丸くした。ロディがテレーザとヴィーゴを交互に見て、怒鳴りつけた。
「いい加減にしろ! 僕の大事な人を傷つけておきながら、その言い分が通るとでも?」
「違うっ。シルヴィエラは元々、俺のものだ」
「わたくしは関係ないわ!」
ロディは私を抱く腕に力を込めると、冷ややかに言葉を発した。
「俺のもの? 関係ない? 王子の僕が『彼女との結婚を考えている』と、宣言したはずだが?」
いや、ロディ。庇ってくれるのは嬉しいけど、それって恋人の演技のことだよね?
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