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第四章 本当の悪女は誰?
それでも側に 5
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ただの男爵令嬢でもダンスの基礎は学んでいるから、もちろんできる。しかもロディのリードは正確で、すごく踊りやすい。今日が初めてのワルツなのに、音楽に合わせたステップやターンのタイミングもぴったりで、もう何年も前からパートナーを組んでいるかのようだ。
ロディの紺色の上着が揺れ、私のドレスの裾が翻る。彼が嬉しそうに笑うから、私も自然に笑みを返す。周りの景色は気にならず、この広い会場に二人きり……そんな錯覚すら起こしてしまう。
「ロディったら、ダンスも完璧なんてずるいわ」
「シルフィこそ。羽のように軽やかだ」
「それは言い過ぎよ。でも、こんなに楽しいのはロディのおかげね」
「僕も。君といるだけで最高の気分だ」
お世辞だとしても、すごく嬉しい。まるで本物の恋人のように、私達は見つめ合う。このまま曲が終わらなければ、ずっとこうしていられるのに――
楽しい時ほど終わりはあっという間だ。
音楽が鳴り止み手を離す瞬間、ロディが名残惜しそうに私の指をなぞったのは、気のせいだろうか?
互いに礼をした直後、ロディは多くの令嬢達に囲まれてしまう。
――そうか。こういうことがよくあるから、彼は恋人のフリを私に頼んだのね? それならぴったり張りついて、彼を守ってあげよう。
ところがその時、群がる女性達をかき分けて、ある男性が近づく――先ほど紹介されたマティウス侯爵だ! 彼はロディの隣に素早く立つと、何かを耳打ちする。ロディは驚き、次いで顔をしかめた。
金色の瞳が私を捉え、彼の唇が動く。
『シルフィ、ごめん。少し待っていて』
声には出ていないが、理解した私はとっさに頷いた。ロディは安心したように笑うと、侯爵を伴って大広間を長い足で横切り、出口に向かう。
――いったい何が起こったの?
ロディとマティウス侯爵は、後ろを振り返りもしない。彼らの姿を見届けた私は、どうしていいのかわからずに、その場に立ち尽くす。
すると、ある人物が声をかけた。
「シルヴィエラ、次は私と踊ろう」
「リカルド殿下!」
ロディのことで頭がいっぱいで、全く気づかなかった。第一王子はいつからここにいたのだろう?
慌てて周りを確認すると、人波の向こうに彼の婚約者の姿が見えた。彼女は赤い唇を噛みしめて、憎々しげに私を睨む。
――違うから。誘ってきたの、リカルド王子だし。
目の前に手のひらが差し出された。
第一王子は女性と見紛うほどの、細く長い指をしている。
だけど、私が取りたいのはこの手じゃない。もっと節くれ立って男性的な私を守る大きな手だ。
「どうした? 踊らないなら、先日の返事を聞かせてくれないか?」
ラノベのシルヴィエラなら、迷わず第一王子の手を取るだろう。そして艶然と笑い、周囲に見せつけるように広間の中央で踊るはず。
けれど私は、彼や他の誰にも全く心を引かれない。恋しいのは一人だけ。
「申し訳ありません。踊る気分ではありませんし、先日のこともお断りさせていただきます」
私は瞼を伏せ、深く膝を折った。失礼な物言いだが正直な気持ちだし、彼にはれっきとした婚約者がいる。残された時間はわずかでも、たとえ報われない想いでも、私は最後までロディの側にいたい……
「……そう、か」
リカルド王子は目を細め、あっさり手を引っ込める。それ以上何も言わずに背中を向けると、悠然と立ち去った。
――私が断ると、予想していたのだろうか? それともラノベの強制力がなくなった?
どちらにしても、ロディ以外と踊るつもりのなかった私にとってはありがたい。他の人に誘われても困るので、私は外のテラスに出ることにした。
大広間から漏れる灯りで、テラスは明るい。けれど手すりの向こうは暗く、噴水だと思われる水の音が遠くで聞こえている。ところどころ小さく光るのは、庭に置かれたランプかな? 空には雲がかかっているのか、星もそれほど見えない。ここは、一人で考えごとをするには最適な場所だ。
そう思っていたのに、出てきた男性に次々声をかけられる。浮かび上がる銀色の髪が珍しいのか、彼らは揃って私の容姿を褒め称えた。ダンスをしようと誘ったり私の素性を知りたがったり、第二王子との関係をはっきり尋ねる者までいる。
――ローランド王子との関係? 幼なじみ、主従、もしくは赤の他人かな? 私の方が教えてほしい。
手すりにしがみつき、強張った笑みを浮かべてのらりくらりと質問を躱す。そんな私に呆れたのか、彼らは顔をしかめると大広間に戻っていった。
安堵のため息をつく私の前に、今度は女性が現れる。
「ねえ、あなた。さっきのあれってどういうつもり?」
ロディの紺色の上着が揺れ、私のドレスの裾が翻る。彼が嬉しそうに笑うから、私も自然に笑みを返す。周りの景色は気にならず、この広い会場に二人きり……そんな錯覚すら起こしてしまう。
「ロディったら、ダンスも完璧なんてずるいわ」
「シルフィこそ。羽のように軽やかだ」
「それは言い過ぎよ。でも、こんなに楽しいのはロディのおかげね」
「僕も。君といるだけで最高の気分だ」
お世辞だとしても、すごく嬉しい。まるで本物の恋人のように、私達は見つめ合う。このまま曲が終わらなければ、ずっとこうしていられるのに――
楽しい時ほど終わりはあっという間だ。
音楽が鳴り止み手を離す瞬間、ロディが名残惜しそうに私の指をなぞったのは、気のせいだろうか?
互いに礼をした直後、ロディは多くの令嬢達に囲まれてしまう。
――そうか。こういうことがよくあるから、彼は恋人のフリを私に頼んだのね? それならぴったり張りついて、彼を守ってあげよう。
ところがその時、群がる女性達をかき分けて、ある男性が近づく――先ほど紹介されたマティウス侯爵だ! 彼はロディの隣に素早く立つと、何かを耳打ちする。ロディは驚き、次いで顔をしかめた。
金色の瞳が私を捉え、彼の唇が動く。
『シルフィ、ごめん。少し待っていて』
声には出ていないが、理解した私はとっさに頷いた。ロディは安心したように笑うと、侯爵を伴って大広間を長い足で横切り、出口に向かう。
――いったい何が起こったの?
ロディとマティウス侯爵は、後ろを振り返りもしない。彼らの姿を見届けた私は、どうしていいのかわからずに、その場に立ち尽くす。
すると、ある人物が声をかけた。
「シルヴィエラ、次は私と踊ろう」
「リカルド殿下!」
ロディのことで頭がいっぱいで、全く気づかなかった。第一王子はいつからここにいたのだろう?
慌てて周りを確認すると、人波の向こうに彼の婚約者の姿が見えた。彼女は赤い唇を噛みしめて、憎々しげに私を睨む。
――違うから。誘ってきたの、リカルド王子だし。
目の前に手のひらが差し出された。
第一王子は女性と見紛うほどの、細く長い指をしている。
だけど、私が取りたいのはこの手じゃない。もっと節くれ立って男性的な私を守る大きな手だ。
「どうした? 踊らないなら、先日の返事を聞かせてくれないか?」
ラノベのシルヴィエラなら、迷わず第一王子の手を取るだろう。そして艶然と笑い、周囲に見せつけるように広間の中央で踊るはず。
けれど私は、彼や他の誰にも全く心を引かれない。恋しいのは一人だけ。
「申し訳ありません。踊る気分ではありませんし、先日のこともお断りさせていただきます」
私は瞼を伏せ、深く膝を折った。失礼な物言いだが正直な気持ちだし、彼にはれっきとした婚約者がいる。残された時間はわずかでも、たとえ報われない想いでも、私は最後までロディの側にいたい……
「……そう、か」
リカルド王子は目を細め、あっさり手を引っ込める。それ以上何も言わずに背中を向けると、悠然と立ち去った。
――私が断ると、予想していたのだろうか? それともラノベの強制力がなくなった?
どちらにしても、ロディ以外と踊るつもりのなかった私にとってはありがたい。他の人に誘われても困るので、私は外のテラスに出ることにした。
大広間から漏れる灯りで、テラスは明るい。けれど手すりの向こうは暗く、噴水だと思われる水の音が遠くで聞こえている。ところどころ小さく光るのは、庭に置かれたランプかな? 空には雲がかかっているのか、星もそれほど見えない。ここは、一人で考えごとをするには最適な場所だ。
そう思っていたのに、出てきた男性に次々声をかけられる。浮かび上がる銀色の髪が珍しいのか、彼らは揃って私の容姿を褒め称えた。ダンスをしようと誘ったり私の素性を知りたがったり、第二王子との関係をはっきり尋ねる者までいる。
――ローランド王子との関係? 幼なじみ、主従、もしくは赤の他人かな? 私の方が教えてほしい。
手すりにしがみつき、強張った笑みを浮かべてのらりくらりと質問を躱す。そんな私に呆れたのか、彼らは顔をしかめると大広間に戻っていった。
安堵のため息をつく私の前に、今度は女性が現れる。
「ねえ、あなた。さっきのあれってどういうつもり?」
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