駄作ラノベのヒロインに転生したようです

きゃる

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第三章 愛人にはなりません

微かな変化 3

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 城中を探したってこと?
 その割には、意外とすぐに来たよね?

 私の頭のてっぺんに、柔らかいものが触れる。それは徐々に場所を変え、耳元まで下りてきた。

「シルフィ……」

 悩ましげなロディの声に、私は思わず震えた。背中もゾクッとしたし、胸の音も大きくて外まで聞こえてしまいそう。
 腕をほどいて前に回ったロディが、金色の瞳で私を見つめる。

「シルフィ。顔が赤いけど……泣くほどきつい?」
「い、いえ。平気よ!」

 強い口調で言い返す。
 泣いていたのは、カリーナが親友だと言ってくれたから。けれど顔が赤くて胸が苦しいのは……
 それは貴方の唇が、私に優しく触れたせい。

 ――なんてこと! 私はロディを、一人の男性として見ている!!

 彼の視線に耐えかねて、私はうつむく。気づいたばかりの想いを、彼に悟られないように。

 すると突然、ロディが私の膝裏に手を入れて、軽々と抱え上げた――これはいわゆる、お姫様抱っこだ。

「……な、なな、何?」
「何って? 熱があるなら侍医を呼ぼう」
「いいえ、元気よ」
「震えているし、心配だ」

 ロディは気にせず、長い足を進めた。
 彼の向かう先には……寝室がある! 
 意識しただけで医者を呼ばれるなんて聞いたことがないし、寝室なんてもってのほかだ。私は彼の腕から逃れようと、慌ててもがく。
 けれど時すでに遅く、ロディは天蓋てんがい付きの大きなベッドの上に私を下ろした。

「平気だって言ったのに……」

 抗議して起き上がろうとしたら、ロディが私の顔を挟むようにベッドに両手をついた。そのまま端整な顔を寄せ、私の目をまっすぐ見つめる。
 紺色のまつげに縁取られた金色の瞳は熱くきらめき、形の良い唇がもの問いたげに開かれては閉じる。目を細める彼を見て、私の胸は鼓動を速め、一層苦しくなっていく。

 ロディとなら私は――

「くうっ」

 自分の考えに愕然がくぜんとし、思わずうめいた。
 その声に反応したのか、瞼を閉じたロディがため息をつき、首を大きく横に振る。彼は目を開くと私の顔の横から両手を外し、ベッドに座り直した。髪をかき上げるその姿は、大人の色気さえ漂うような。

「ごめん。君があまりにも美しいから、具合が悪いってことを忘れそうになったよ」

 いや、身体はどこも悪くないし、体力には自信がある。だけどロディには、好きな人がいるのだ。この気持ちを、彼に知られるわけにはいかない……それならいっそ、病気だということにしよう。

「寝てれば治ると思うの」
「そう? 心配だな。無理はしないで」
「わかったわ。ありがとう」

 私が笑いかけると、ロディはなんとも言えない表情をした。

「シルフィといると、恋人のフリがつらいよ。いっそ本物にしてしまおうか?」

 悲しそうな顔で、ロディが首を傾げた。いつもの甘えた仕草なのに、今はそれさえも私の胸をときめかせる。
 ラノベ通りになりたくないけど、ロディの側にはいたい。彼に恋などしなければ、これからもずっと一緒にいられるの?

「私は……」
「ごめん、約束が違うと怒られそうだね。だが、考えてみてほしい」
 
 彼はそう言い、私の唇の端にサッとキスを落とす。もう一度目を細めると、立ち上がって寝室を出て行った。
 
 思考が全く追いつかない。
 ――今のは何? 本物って……本物の恋人になろうってこと?



 横になっても眠れない。
 仮病なので、当たり前だ。
 落ち着くため、部屋を掃除しよう!

 カリーナが戻って来たのは、ちょうどそんな時。一生懸命鏡を磨く私を見て、彼女は驚いたような声を出した。

「あら? てっきり二人でイチャついていると思っていたのに」
「イチャつくって……」

 まさか見られてた?
 でも、ロディにキスをされてから、時間は経っている……ええっと。あれはキスでいいんだよね? 
 急に恥ずかしくなり、私は両手で頬を押さえた。その側で、カリーナがからかうように肩をすくめる。

「まあ、リカルド様も『弟にはずっと好きな人がいる』とおっしゃっていたしね。まさか、貴女のことだとは思わなかったわ」

 以前、確かにそんな話が出た。
 あれ? だったらリカルド殿下は、ロディの好きな相手を知っているんだよね? その割には、私に何も言わなかったような……
 顔をしかめていたところ、カリーナが口を開いた。

「そういえば、さっきの貴女達を見て、王子付きの侍従に聞いた話を思い出したの。ローランド様はあるものを大事に小箱に入れていて、時々取り出しては嬉しそうに眺めているんですって」
「あるもの?」
「ええ。女性からのプレゼントかもしれないって、侍従は言ってたわ。その時は私も『そんなの嘘』って笑い飛ばしていたけれど……それってシルヴィエラが贈ったのよね」
「……え?」

 ロディに贈りものをした覚えはない。小さな頃、別れ際に焼き菓子を渡したくらい。あれはとっくに干からびて、ボロボロのはず。まさか――
 
「茶色の包み紙?」
「いいえ。白だって言ってたような……。シルヴィエラ、何をあげたの?」
「白?」

 ますますわからない。
 けれど一つだけ、はっきりわかったことがある。さっきの言葉は冗談で、ロディが好きなのは別の女性だ。
 その女性からの贈りものを、ロディは今も大事にしている。
 一気に心が沈んだ。

 ――彼はいったい、誰を想っているの?
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