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第三章 愛人にはなりません

まさかのふりだし 2

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 私は自分を落ち着かせようと、紅茶のカップに手を伸ばす。その時ノックの音がした。
 許可を得て入室してきた侍従じじゅうが、リカルド王子に耳打ちする。その目がなぜか、私を見ているような。

「……と、いうことです。殿下、シルヴィエラ様に面会を求める者の扱いは、いかがいたしましょうか?」
「へ? 私に? ……あ。失礼いたしました」

 いくら自分のこととはいえ、王子への問いに勝手に答えるなどマナー違反だ。しかも第一王子付きの侍従は、女官見習いの私より偉い。けれど王子は、問題ないというように片手を上げる。

「いや、構わない。そうだな。シルヴィエラを訪ねて来たのなら、ここに通した方が早そうだね。いい?」

 私は首をかしげた。
 わざわざ王城に来るって、誰だろう?
 そこでふと、思い至る。もしや修道院の院長が、私を探しているのでは!?
 
「はい。お邪魔でなければ、ぜひ」

 了承の意を込めてうなずいた。
 考えてみれば、何も言わずに逃げ出したままだ。弁明……というか、謝罪をしなくては。 
 神に仕える院長は良識ある方なので、いきなり怒鳴ったりはしないはず。脱走の本当の理由は言えないけれど、心を込めて謝れば、許してくれるかもしれない。

 王子が許可を与えるが、部屋に飛び込んで来たのは――



 その人物を見た途端、私は呆然とした。

「シルヴィエラ! いつまで俺を待たせるんだっ」
「そうよ、お義姉様……あらまあ、リカルド様」
「なっ、ななな」

 何で? 
 動揺した私は、思わず椅子から立ち上がる。二人は…………義理の兄と妹だ! 
 三年前、普通の体型だった義兄のヴィーゴはでっぷり太り、義妹のテレーザは背が伸びている……この姿は!

「どうした? 落ち着いて話を……」

 リカルド王子の言葉をものともせず、義兄は私に近づき、いきなり腕を掴む。

「俺を無視するなんて、何様のつもりだっ。迎えに行くと言ったのに、こんな所に隠れているとはな」

 茶色の髪を揺らし、つばを飛ばしながらしゃべる義兄。息も荒く大量の汗をかいているのは、きっと体型のせいだ。丸い顔にはあばたが浮かび、琥珀色こはくいろの瞳は怒りのためか、らんらんと光っている。紫の上着に黄色いベスト、赤いトラウザーズは全てがはちきれそう。緑の靴は沼色で、どれも恐ろしくセンスが悪い。でもこれは、ラノベの描写と全く一緒だ!
 
「あらあら、心配しなくて結構よ。みなさま、お勤めご苦労様」

 一方、フリルの多いピンクのドレスを着た義妹のテレーザが、王子の護衛に愛想良く笑いかけている。彼女は輝く金色の髪に桃色の瞳で、見た目は非常に愛らしい。そのため護衛も、義兄を引きがそうとした手を下ろす。義妹も、挿絵そっくりの姿だった。

 テレーザは私より、リカルド王子が気になるみたい。王子にじりじり近寄ると、彼に向かってよろめいた。王子がとっさに手を出し支えると、大げに感謝の言葉を述べる。まばたきの回数が多く、わざとらしい。
  
 二人はどうしてここへ? 
 私は無事にストーリーから逃れたはずじゃあ……

 恐ろしい予感に身を震わせる。まさかこのまま家に連れ戻されて、ふりだしに戻るのでは!?
 義兄に迫られ、愛人のような扱いで自宅に監禁されるのは嫌だ。幼なじみのレパードが現れるまで、私は逃げられない――

 すがるように目を向けるが、カリーナは口をあんぐり上げているし、リカルド王子は義妹の相手で忙しい。私の手首を掴んだ義兄が、当然のように歩き出す。

「ほら、帰るぞ! いつまでも迷惑をかけるんじゃない」
「嫌よ。私はここにいるわ!」

 私は必死に抵抗した。だけど義兄の方が力は強く、引きずられてしまう。我に返ったカリーナが、私の反対側の手を掴み、注意してくれた。

「待って。嫌がっているし、いきなり現れて連れ帰るだなんて、非常識だわ」
「何だと! ただのメイドが、家族の問題に口を出すのか」
「お義兄様!」

 私だってただのメイドだし、王城の女官はみな家柄が良い。しかも第一王子の前なので、義兄の方が失礼だ。
 義妹は笑いながら、あごに両手を添える。そして、可愛らしく見える角度で首を傾げた。

「でも、こちらにも事情があるんだもの。仕方がないでしょう? 大丈夫よ。お義姉様の代わりなら、わたくしが」

 そう言って、カリーナではなくリカルド王子に微笑みかけている。でも、義妹は働いたことなどないはずだ。それなのに王子は、考える素振りを見せて――ま、まさか!?
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