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王都を離れて
夜空の星に託して
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王都を出てからもうすぐ二週間。
『旅一座』のくせに、全く興行せずに――偽装なので当たり前だけど、ようやく国境付近までたどり着いた。街道は整備されているところばかりではないから、時々馬車がぐらついたり車輪が外れそうになったり。その度に止まって修理していたから、結構時間がかかってしまった。途中、野宿だって経験した。
何もかも生まれて初めての体験! と言えば聞こえはいい。けれど、そもそも私がいなければ、馬車も使わず馬でもっと早く国境に着けたはずだ。騎士の名は伊達ではないのだから。
ほとんど役に立たない従僕では嫌なので、料理や洗濯など出来ることから手伝おうとしている。始めは彼らの下履き(パンツのようなもの)を洗うのも恥ずかしかった。みんなも私に見られるのは嫌なのか、全く頼んでこなかった。下着を洗うのは、最近まで騎士見習いだったレオンの役目で、私は上衣やシャツなど無難な物ばかり。だけど今ではもう慣れたもので、水場があればレオンの隣で服や下履きを一緒に洗っている。
そのために、ここにきてようやく義弟のレオンと普通に話せるようになってきた。パンツが取り持つ仲って何だろう? でも、ま、やっと姉弟仲が修復できそうで良かったと思う。
良いといえば、野宿をした時に見える夜空の月や星はすごく良い。街灯も家の灯りもなく、明るいものといえば焚き火だけ。少し離れただけで真っ暗な世界になるから、見上げた夜空は前世のプラネタリウムよりもすごくて、圧巻の美しさだった。今にも星が降ってきそうな、夜空に吸い込まれそうな不思議な気持ちになる。何時間見ても飽きることのない幻想的な景色に、私は感動してしまった。
驚いたのは、ガイウス様が星や星にまつわる話に詳しかったこと。彼は意外とロマンチストだ。
「アリィちゃん、見て。あそこに見える輝く大きな星、リルと少し離れた赤い星、ロルは昔、同じ一つの星だったんだ。リルとロルは仲の良い双子の姉弟星。でもある日、二つの星は大きな喧嘩をしてしまった」
私はガイウス様が指差す方向を見た。
そこには確かに、大きく輝く星と一回り小さな赤い星があった。
「きっかけは他愛もないこと。側にある猫星を取り合ったことだと言われているけれど、よくわからない。けれど互いにどうしても譲らなくて、許せないと言った弟のロルが自分の身を引きちぎって飛び出してしまったんだ」
初めて聞く話だった。
そういえば、この国にも星座というものはあるみたい。けれど、天文学の家庭教師はそこまで詳しく教えてくれなかった。その時聞いていたら、もっと勉強に身が入って成績上がっただろうに。
「二つの星は未だに仲直りできずに、姉のリルは大きく瞬きながら必死に弟を探し、弟のロルは後悔して血の涙を流している。思い合っているのに仲良くなれないって悲しいことだよね?」
そう言うと、私の顔をじっと見つめた。
すごい話だ。これは何かの教訓で、ガイウス様は何かを示唆しているのだろうか?
でも、私はレオンと仲直りしたと思っているし、そもそも喧嘩をした覚えはない。向こうが私を姉とは思っていないだけだ。
私が必死に探さなくても今、レオンはすぐ手の届く所にいる。義弟が自分の身を犠牲にしてまで家を飛び出したという話は聞いていな。けれど、実はそうなのだろうか? 私が知らないだけで、家を出て騎士にならなければいけなかった事情があるの?
そんな私の考えを知ってか知らずか、ガイウス様が夜空を指差し話し続けた。
「それから、赤い星の向こうに見える星。あの星はね……」
「いつまでそうやっているんだ?」
「もう遅いぞ、早く戻ろう」
「ありゃりゃ、お目付役達が来てしまったようだよ」
肩を竦めたガイウス様が後ろを振り返る。声のした方向を見ると、ヴォルフとレオンがこっちに歩いて来ていた。
「二人とも星が見たかったの?」
そう聞くと、レオンに「は?」と返された。星々のロマンを解さないやつめ。むくれた私が彼の背中をぐりぐりすると、お返しとばかりに、わき腹の肉をつままれた。いかん、最近食べ過ぎているのがバレた?
こうしてふざけていると、小さい頃に戻ったようでとても楽しい。だから、私達はきっと大丈夫。ガイウス様が心配する星の話のようなことにはならないと思う。
一時は確かに、レオンのことが怖かった。けれど、たぶんもう平気。姉として接するように心がけているし、認められなくたってくじけない。義弟にいつか「お姉さん」と呼んでもらえるよう頑張ろうと思っている。
並んで歩く私とレオン。
後ろの方では兄とガイウス様が何かを話している。だけどもう、遠くて聞こえなかった。
*****
「アリィに何を話したんだ?」
「双子星の話を少し。二人の仲直りはお前も望んだことだろ? でも、心配要らなかったみたいだね」
「むしろ、仲良くなり過ぎた気がするが? 姉弟としてならいいが、これ以上二人を煽るのは止めてくれ」
無表情でヴォルフが言う。
「それだとお前が困るからな」
そう言いながら、俺――ガイウスはヴォルフの顔を横目で眺めた。本当は、双子星は猫のせいではなく、妹を愛する大兄星によって仲を引き裂かれてしまったのだ。青く冷たいその星は、ちょうど二つの星の中間に位置している。この男が、星の話にまで詳しいとは思えない。だから、教訓の意味を込めてアリィちゃんに教えてあげたんだけど……
「ふん、お節介め」
夜空の星を見上げながら、ヴォルフが口の端を上げて笑う。そんな彼と、これからも変わらず親友でいられたらいいと思う。だから、共に旅する彼の義妹がいくら可愛く見えたとしても、深く考えないようにしている。せめて俺だけは、いつまでも傍観者でいたいから。
夜の闇が濃さを増し、星々が一層強く輝き出している。振るような星空はいったい何を見ているのだろうか。
俺は視線を戻すと、ヴォルフに合わせて歩調を速めた。
『旅一座』のくせに、全く興行せずに――偽装なので当たり前だけど、ようやく国境付近までたどり着いた。街道は整備されているところばかりではないから、時々馬車がぐらついたり車輪が外れそうになったり。その度に止まって修理していたから、結構時間がかかってしまった。途中、野宿だって経験した。
何もかも生まれて初めての体験! と言えば聞こえはいい。けれど、そもそも私がいなければ、馬車も使わず馬でもっと早く国境に着けたはずだ。騎士の名は伊達ではないのだから。
ほとんど役に立たない従僕では嫌なので、料理や洗濯など出来ることから手伝おうとしている。始めは彼らの下履き(パンツのようなもの)を洗うのも恥ずかしかった。みんなも私に見られるのは嫌なのか、全く頼んでこなかった。下着を洗うのは、最近まで騎士見習いだったレオンの役目で、私は上衣やシャツなど無難な物ばかり。だけど今ではもう慣れたもので、水場があればレオンの隣で服や下履きを一緒に洗っている。
そのために、ここにきてようやく義弟のレオンと普通に話せるようになってきた。パンツが取り持つ仲って何だろう? でも、ま、やっと姉弟仲が修復できそうで良かったと思う。
良いといえば、野宿をした時に見える夜空の月や星はすごく良い。街灯も家の灯りもなく、明るいものといえば焚き火だけ。少し離れただけで真っ暗な世界になるから、見上げた夜空は前世のプラネタリウムよりもすごくて、圧巻の美しさだった。今にも星が降ってきそうな、夜空に吸い込まれそうな不思議な気持ちになる。何時間見ても飽きることのない幻想的な景色に、私は感動してしまった。
驚いたのは、ガイウス様が星や星にまつわる話に詳しかったこと。彼は意外とロマンチストだ。
「アリィちゃん、見て。あそこに見える輝く大きな星、リルと少し離れた赤い星、ロルは昔、同じ一つの星だったんだ。リルとロルは仲の良い双子の姉弟星。でもある日、二つの星は大きな喧嘩をしてしまった」
私はガイウス様が指差す方向を見た。
そこには確かに、大きく輝く星と一回り小さな赤い星があった。
「きっかけは他愛もないこと。側にある猫星を取り合ったことだと言われているけれど、よくわからない。けれど互いにどうしても譲らなくて、許せないと言った弟のロルが自分の身を引きちぎって飛び出してしまったんだ」
初めて聞く話だった。
そういえば、この国にも星座というものはあるみたい。けれど、天文学の家庭教師はそこまで詳しく教えてくれなかった。その時聞いていたら、もっと勉強に身が入って成績上がっただろうに。
「二つの星は未だに仲直りできずに、姉のリルは大きく瞬きながら必死に弟を探し、弟のロルは後悔して血の涙を流している。思い合っているのに仲良くなれないって悲しいことだよね?」
そう言うと、私の顔をじっと見つめた。
すごい話だ。これは何かの教訓で、ガイウス様は何かを示唆しているのだろうか?
でも、私はレオンと仲直りしたと思っているし、そもそも喧嘩をした覚えはない。向こうが私を姉とは思っていないだけだ。
私が必死に探さなくても今、レオンはすぐ手の届く所にいる。義弟が自分の身を犠牲にしてまで家を飛び出したという話は聞いていな。けれど、実はそうなのだろうか? 私が知らないだけで、家を出て騎士にならなければいけなかった事情があるの?
そんな私の考えを知ってか知らずか、ガイウス様が夜空を指差し話し続けた。
「それから、赤い星の向こうに見える星。あの星はね……」
「いつまでそうやっているんだ?」
「もう遅いぞ、早く戻ろう」
「ありゃりゃ、お目付役達が来てしまったようだよ」
肩を竦めたガイウス様が後ろを振り返る。声のした方向を見ると、ヴォルフとレオンがこっちに歩いて来ていた。
「二人とも星が見たかったの?」
そう聞くと、レオンに「は?」と返された。星々のロマンを解さないやつめ。むくれた私が彼の背中をぐりぐりすると、お返しとばかりに、わき腹の肉をつままれた。いかん、最近食べ過ぎているのがバレた?
こうしてふざけていると、小さい頃に戻ったようでとても楽しい。だから、私達はきっと大丈夫。ガイウス様が心配する星の話のようなことにはならないと思う。
一時は確かに、レオンのことが怖かった。けれど、たぶんもう平気。姉として接するように心がけているし、認められなくたってくじけない。義弟にいつか「お姉さん」と呼んでもらえるよう頑張ろうと思っている。
並んで歩く私とレオン。
後ろの方では兄とガイウス様が何かを話している。だけどもう、遠くて聞こえなかった。
*****
「アリィに何を話したんだ?」
「双子星の話を少し。二人の仲直りはお前も望んだことだろ? でも、心配要らなかったみたいだね」
「むしろ、仲良くなり過ぎた気がするが? 姉弟としてならいいが、これ以上二人を煽るのは止めてくれ」
無表情でヴォルフが言う。
「それだとお前が困るからな」
そう言いながら、俺――ガイウスはヴォルフの顔を横目で眺めた。本当は、双子星は猫のせいではなく、妹を愛する大兄星によって仲を引き裂かれてしまったのだ。青く冷たいその星は、ちょうど二つの星の中間に位置している。この男が、星の話にまで詳しいとは思えない。だから、教訓の意味を込めてアリィちゃんに教えてあげたんだけど……
「ふん、お節介め」
夜空の星を見上げながら、ヴォルフが口の端を上げて笑う。そんな彼と、これからも変わらず親友でいられたらいいと思う。だから、共に旅する彼の義妹がいくら可愛く見えたとしても、深く考えないようにしている。せめて俺だけは、いつまでも傍観者でいたいから。
夜の闇が濃さを増し、星々が一層強く輝き出している。振るような星空はいったい何を見ているのだろうか。
俺は視線を戻すと、ヴォルフに合わせて歩調を速めた。
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