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私の人生地味じゃない!

旅立ちの時

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 ゲラン王国は早朝から活気に満ちていた。家々の出窓や軒先には花やリボンが飾られ、街灯や街路樹にはバルーンやカラーテープ、お祝いのメッセージなどが貼られている。
   王都のあちこちに所狭しと並ぶ出店からは美味しそうな匂いが漂い出し、織物や小物、食器や土産物などあらゆるものが店頭に並べられている。

 少年少女はお祝い用の新しい服やドレスを着てワクワクしているし、大人達はパレードを間近で見ようと場所取りに余念がない。
 昨日まで降っていた雨も上がり、今日は式典に相応しいすっきりとした晴天だ。国民は皆、才気あふれる見目麗しい王太子の誕生を心待ちにしていた。

「式典の後はパレードだ。形だけとはいえ、護衛の我々は賓客の相手をしないといけない。アリィちゃんはどうする? パレード見るなら特等席を用意してあげるよ。その後直ぐに出発するから、馬車に待機しててもいいけど」

 昨日、レイモンド様が私に尋ねて下さった。この国に残って公爵令嬢として参加していたなら、結構良い席で式典と続くパレードを観られたはずだと気を遣って。
 けれど私は、特等席の申し出を断った。育ての親の公爵夫妻と今日の主役のリオネル王子とは既にお別れを済ませていたから。私は馬車に残る方を選んだ。

 リオンの新たな門出を祝う気持ちはもちろんある。けれど彼の晴れ姿を見て、やっぱりこの国に残りたいと思うかもしれない。今更心が揺れても困る。

   そんな訳で私は今、御者席に座っている。情けないと思うけれど、こればかりは仕方がない。

「気が変わったらいつでも言って。護衛に言えばわかるようにしておくよ」

 この馬車は、出発までの間王城の護衛によって守られている。だから私がいなくても、別に問題はない。
   望めば自由に動き回れるし、気が変わればパレードだって見に行ける。そのため、レイモンド様の言葉にはありがたく頷いておいた。幼なじみと別れて気落ちしている私を、彼なりに慰めてくれたのかもしれないから。



 今日からリオンはみんなの王太子だ。
 ただの幼なじみである私が、軽々しく近付ける相手ではなくなってしまう。そのせいで、旅に出る前に彼の姿を目に焼き付けておこうとする気持ちと、見ないほうが未練が残らなくて良いという気持ちと、さっきから葛藤しまくりなのだ。

 特に宗教の無いこの国では、式典といえば王城内で催されるのが慣例だ。今回も例にもれず、城内で立太子の式典が行われる。
 先ほど、開始の空砲が鳴った。式には高位貴族だけでなく、中・下位や近隣諸国の王侯貴族も招かれている。大広間は今頃、華やかな装いの人達であふれているはずだ。その中にはもしかしたら、リオンの心を射止める令嬢――未来の王太子妃がいるかもしれない。

 いけない。
 ちょっと見たくなってきた。でも、ここは我慢。私は彼の門出をここで祝うことにする。
 王城内から歓声と拍手が沸き起こる。私のいる外の馬車まで聞こえてくる。式は恙無つつがなり行えたようだ。
 お祝いの空砲が再び鳴る。
 目の覚めるような美貌の王太子は、国内だけでなく各国の賓客をも魅了したことだろう。

 もうすぐパレードが始まるから、外では今か今かと国民が待ちわびている頃だ。高揚した気分は伝染し、参加しない私まで何だかワクワクしてきた。やっぱりパレード見たいって、言っておけば良かったかな?



 しばらくして、先導のファンファーレが鳴った。いよいよパレードが始まるらしい。今日は6頭立ての馬車が何台も連なると聞いている。その中には、国王ご夫妻や王太子リオンの馬車がある。
 高台にある城へ続く道も今日は一般の人々にも開放され、混雑している。今や人垣は十重二十重に膨らんで、さすがにこの場所からはもうパレードを見ることはできない。馬のひづめと人々の歓声で、想像して楽しむことにしよう。

 目を閉じて音を聴く。
 短い歓声の後に馬の蹄の音。正門から出たばかりのこれは、きっと先導の馬車だ。王室秘書官や顧問官が乗っているのかな?
「ワーッ」っていう声が聞こえてきたから、次は近衛の関係者かも。家族や親戚、知り合いが観ているから張り切っていることだろう。
 うう、やっぱり我慢しないで観れば良かったかな?

 人々のざわめきの中、一際大きな歓声が聞こえる。みんなが口々に叫ぶのは、王家と王太子、リオネル様に向けてのものだった。

「王太子様バンザーイ」
「国王陛下、王妃様バンザーイ」
「リオネル様~~!」
「おめでとうございまーす」
「王国に栄あれー」
「リオネル様~~素敵ーーっ」

 ああ、やっぱり我慢できない!
 パレードはまだ城を出たばかり。ゴール地点に近いここからなら、走ればまだ間に合うはずだ。
 護衛に断り走り出す。門の近くから城の庭へ、庭から広い城内へ。幸い、旅支度で男装しているから、今は身軽だ。
 遠目でもいい、リオンを見たい。お願い、一目だけでも良いから、姿が見たいの!

 私は一人、王城内を逆方向に走り出す。予め話が通っていたのか、誰も私を止めることはしなかった。城のバルコニーは護衛や招待客で埋まっていることだろう。できれば別の場所がいい。
 人を避けた私は、心当たりのあるあの場所を目指して走っている。人々の興奮した声が外から聞こえてくる。
 お願い、どうか間に合って!

 ハアハア息を切らせ、必死にたどり着いた先。それは、幼なじみの彼と何度もお茶を楽しんだ海の見えるテラスだった。思い出の多いここからなら、隅に寄れば反対側のパレードが少しだけど見えるはず。

 思った通り高台のここからは、パレードがよく見えた。涙で霞んでぼやけていても、豪華な馬車と立派なリオンの様子がわかる。
 王都の民総出の歓声。
 紙吹雪やお祝いの花びらが舞い散る中に、手を振る近衛騎士や王家の方々がいらっしゃる。夢の様なこの光景を私は決して忘れない。誇らしげなリオンを、金髪碧眼の理想の王太子を、私はきっと忘れない。
 旅立つ前に、幼なじみの立派な姿を見ることができて、本当に良かった。

 にこやかに手を振り民衆に応えるリオン。白と金の上下に赤いマントをつけた彼が、不意に視線をこちらに向けた。
 目が合った、ように思う。彼も昔を思い出してくれたのかしら? 遠いから気のせいかもしれないわね。

 たとえ錯覚でも嬉しかった。思い出のテラスで、彼を見た。彼の門出を祝い、記憶の中に麗しい姿を残すことができた。
   これで私は前を向ける。新しい土地に踏み出すことができる。
 次に会う時は、事件が全て解決していればいいと思う。この国と優しい貴方のために。私が旅に出たことが、どうか貴方の誇りとなりますように――

 
 
 興奮冷めやらぬまま、馬車に戻ってため息をつく。幸せそうな人々は、この国の明るい未来を象徴しているようだった。
   絶対にここに戻って来たい。そして【黒い陰】の恐怖がなくなったこの国で、ずっと平和に暮らしていきたい。

 馬車に戻るとレイモンド様からの合図があった。一行と、私を乗せた馬車はこの日王城を出発した。
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