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私の人生地味じゃない!

誕生日~伝えられた真実

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 翌日の空は雲一つない快晴だった。
 青い空と緑の木々が目に眩しく、我が家自慢の庭園には薔薇の花が咲き誇っている。この国は一年を通して温暖な気候なので、晴れた今日は爽やかな良い1日になりそうだ。

 昨夜は悩んでいたせいで、本気で眠れないんじゃないかと心配した。けれどいつの間にかぐっすり眠っていたようで、目覚めると朝が訪れていた。
 我ながら結構たくましいと思う。昨日のあれは気の迷い。緊張して少しだけ心が弱っていたのだろう。もしくは綺麗な月が見せた幻なのか。

 レオンを自由にしなければ。
   一緒にいたいと願うわがままな姉のせいで、弟の夢や将来を奪うなんてダメだから。彼は昔から優しい。だから私が【黒い陰】に呑み込まれたことに、未だに責任を感じているのだろう。「近くにいたい、騎士になりたい」と言ってくれたのは、きっとそのせいだ。
   大丈夫、勘違いなんてしていない。小さな子供じゃあるまいし、優しくされたからってレオンも私と同じ気持ちでいるだなんて、変な幻想は抱かない。

 だって私は大人だもの。
   他人に迷惑をかけないように、より一層考えて行動しなければならない。
   そう、今日で私は16歳。この国では正式に成人だと認められる。社交界にデビューできるし、お酒も飲める。親が認めれば結婚だってできるようになったのだ。結婚……月明かりに浮かぶレオンを思い出した私は、また胸が苦しくなってしまった。

「どうかしたのか?」

 朝食の席で兄が優しく聞いてくる。ヴォルフは立ち居振る舞いだけでなく、食事の所作も優雅で洗練されている。でも、さすがにこの気持ちを相談するわけにはいかないので、私は首を横に振った。

 当のレオンは片方の眉を上げただけで、何も言わない。そりゃそうか。彼は「お姉さん」とは呼ばないだけで、私のことをちゃんと姉だと思っている。弟として安心して過ごしてきたのに、義姉が自分にこんな感情を持っていると知ったら……

 いけない!   それだけはダメだ。
   絶対に嫌がられそう。
 想いは秘密にすると決めたから。
 これからもずっと、バレないように自然に接しないといけない。
 もう一度自分に言い聞かせた私は、今度は両親に目を向けた。

 父と母は相変わらずで、二人は朝から仲が良い。互いに目配せをして、何やら会話をしているようだ。でもこんな時間に起きているなんて、お母様ったらどうなさったの? いつもは自分の部屋でお昼近くまで過ごすのに。

 一家揃って朝食のテーブルを囲んでいる。特別な日の、光あふれる幸せな朝。大好きな家族と一緒に過ごせることが嬉しくて、思わず笑みがこぼれてしまう。

 朝食の後で家に届けられていた品々を見た。
 綺麗な包みに添えられていたのは、女友達からの温かいメッセージ。色とりどりのカードに書かれた成人や誕生を祝う言葉に、嬉しくって泣きそうになってしまった。私はここで、得難い友人を得ることができた。彼女達とは今でも親しく付き合い続けている。
 本当に私はなんて幸せなんだろう。
 これ以上を望んだら、きっとバチが当たるに違いない。
  
 お父様から、改めて話があると言われた。
 きちんとした恰好で応接室に降りてくるようにと。
 朝食の席で話してくれてもよかったのに。もしかして、成人としての心得を聞かされるのかしら。それとも、社交界のデビューの日取りが決まったの? どちらにしても着替えなくてはならないから、私はみんなに挨拶をすると急いで自分の部屋に向かった。
 


 部屋に戻ると待ち構えていた、侍女改め太鼓持ちーズに捕まった。用意されていたのは、スクエアカットで胸の部分が大きく開いた青いドレス。スカート部分が長くて動くと足元にのぞく白のサテン生地が揺れる。大人っぽいドレスに身を包んだ私は、髪も結い上げてサイドを少し垂らしてもらうことにした。
   首に飾るのは、兄から贈られた青い宝石。髪にはレオンの水色と白の髪飾りを合わせた。張り切っていた彼女達に念入りな装いをされたから、結局、お昼近くまでかかってしまった。

「お嬢様今日もお綺麗ですわ」
「まるで女神様ですわ」
「連れて回って見せびらかしたいですわ」

 太鼓持ちーズは、今日もとても良い仕事をしてくれている。ちゃんと褒めて送り出してくれたし。でも、誕生日だからって着飾り過ぎではないかしら?

 そう思いながら我が家の応接室に行くと、家族の他になぜかレイモンド様までいらっしゃる。
 なぜ彼がこの場に?
 今日は特に誕生会をする予定もない。
 しかも、みんな揃って私を見ている。
 何だかとても嫌な予感がする。

「成人したお前に、話さなければならないことがある」

 父の公爵が重々しく口を開いた。
 私は長椅子に座る母の隣に浅く腰かけると、黙って頷いた。
 近くには兄が立ち、後ろでは義弟が腕を組んで壁に寄りかかっている。正面の椅子には父が座り、その隣の椅子にレイモンド様がいらっしゃる。
 みんなが痛ましいような目で私を見るから、不安はどんどん高まった。私は膝の上に置いた手をしっかり握り合わせると、覚悟を決めて父の話を聞くことにした。



 明かされた内容は、全く予想もしていないものだった。

 私――アレキサンドラは、公爵令嬢では無かった。似ていないと悩んだ美貌の両親や兄は、似ていなくて当たり前。だって、他人だったのだから。実の父親は、父だと思っていたグリエール公爵の親友で、隣国の王家にゆかりのある者。けれど、トーマス=リンデルという名を、私は知らない。双子の姉がいると言われても、記憶が無いから実感が全くわかない。

 話を聞いているうちに、手の指先がショックでどんどん冷たくなっていった。そんな私の手を、母――いいえ、母と慕っていたグリエール公爵夫人が握ってくれる。公爵の声が遠くで聞こえている。話を聞いてはいるけれど、言葉が素通りするらしく、なぜか他人事のように感じた。心配そうに見つめているのは、兄だと思っていた公爵子息のヴォルフだ。

 後ろから気遣うように肩に手を置いてくれるのは、義弟のレオンだろう。
 ごめんね、レオン。今まで偉そうなことばかり言って。私はこの家の本当の娘ではないみたい。そればかりか、この国の人間ですらなかったみたい。

 父の話に時々補足をしながら、全く知らない本当の父親の話をするレイモンド様。父と容姿が似ていると言われたって、見たことも会ったこともないからわからない。実の親だと急に言われても、会いたいのかどうかすら定かではない。

 今日は私の誕生日。
 16になって、大好きなこの国の成人の仲間入りをするとばかり思っていた。こんなにつらい日になるなんて、夢にも思っていなかったの。
   公爵夫人とヴォルフが私の手を握り、レオンが肩に置いた手に力を込めてくれている。けれど、ショックのあまり自分の身体が細かく震えているのがわかる。耳を塞いで目を閉じて、何も聞かずに何も見ず、全てを拒絶してしまえば……少しは楽になるのだろうか?

 大事にしてくれたのはわかっている。
 今まで真実を語らずにいてくれたのは、彼らの優しさだろうということも。けれど、わかっていても理解ができない。だって知らなかったのは、当事者である私だけみたい。その証拠に周りの誰も驚いていない。私以外の全員が、事情を知って既に理解していたようだ。

 ――どうして。
 どうして誰も教えてくれなかったの?
 優しさを勘違いする前に、ひと言伝えておいてくれたなら。
 ――なぜ。
 なぜそんな憐れむような目で私を見るの?
 真実を隠していたのは、私が傷つくと予想したから? 家族として過ごした日々、贈り物や優しい言葉の全ては、私を悲しませないために気遣いから出たものだったのね。

 孤立していた頃のつらい思い出。
 過去の記憶がフラッシュバックする。
 いじめられたわけでもないのに、妙に疎外感を覚えてしまった。
 頭も冷えて鈍くなっていくようだ。
 周りの音もどうでもよくなる。
 けれど、そんな頭がレイモンド様の言葉だけをはっきりと捉えた。

「トーマス=リンデルは戻って来た時には以前と全く異なった姿で、発音の難しい別の名前を名乗っていたそうだ」

 次の言葉を聞いた瞬間、私は絶叫し意識を失った。

「トーマス=リンデル……彼は、トーマ=タカクラと名乗っていた」
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