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私の人生地味じゃない!

アリィの懸念

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 ――何かがおかしい。
 私の誕生日が近づくにつれ、出番が少な……じゃなかった、みんなが急によそよそしくなったような気がする。

 特訓の成果が出てきたためか、淑女教育は順調だ。フルートも上手く演奏できるようになったし、ダンスは滑らかに踊れる。歌は……まあ、ちょっとあれだけど、その分勉強を頑張って知識を詰め込んだ。そのせいか、最近はお母様のスパルタ教育も少しおさまってきた。

 年末近くで忙しいのか、お父様やお兄様ともあまり顔を合わせる機会がない。弟のレオンは騎士団の寮にいるため、なかなか会えない。兄ヴォルフの赤面するほどの溺愛攻撃がなくなったのは喜ばしいけれど、最近は侍女の『太鼓持ちーズ』とペットのウサギの『ピーター』としか話をしていない気がする。ピーターは相変わらずで、キャベツやニンジンを持って行かないと、話も聞いてくれない。
 それならそれで「たまには田舎の方の領地に顔を出して、お手伝いをしたいのですが」とお父様に申し出てみた。残念ながら却下された。林檎の木や葡萄畑があるから、今頃は収穫後の加工や出荷で人手がいると思ったんだけどな。

 おかしいといえば、この世界の学習時間もおかしい。普段から、前世の受験生なみの勉強時間なのだ。転生だとわかるまでは、それが当たり前だと思っていた。何か国語も話せるのが普通なのだと。特に隣の国の言葉が大事なようで、魔導の国だというリンデル国の言葉はみっちり覚えさせられた。今では前世の英語よりも得意な気がする。

 日頃からたくさん学ぶせいで、こちらの16歳は日本の16歳よりもかなり大人びてしっかりしている。勉強だけでなく、社交、道徳、音楽、マナー、ダンスや夫婦の在り方のような授業まである。貴族は特にきっちり躾けられるから、自分の考えや理想を明確に持ち、発言できる人が多いという。
 心の成熟が身体の成長にもつながるのかな? こちらの世界はみんな体型も大人びているから、16歳で成人というのも妙に納得できた。まあ、私の場合は4年も間が抜けているから、お母様の特訓でかなり詰め込まれたんだけど。

 もうすぐ16歳で成人と認められる私。
 前世と同じくナイスバディーに育っているわけで……。あ、もちろん自慢しているわけではないのよ? こちらはそれが当たり前。寝ていた分の遅れを取り戻そうとするかのように、どんどん体型が変わってきた。急な成長痛もあったし具合も悪かったけれど、パーティーの後辺りからようやく落ち着いてきたみたい。

 だから最近、鏡の中に前世とよく似た顔を見ても、あまり驚かなくなった。ピーターと話していて日に焼けたせいか、金髪は赤みがかってきたし、白い小さな顔にぱっちりした二重、赤い唇もどこまでも見覚えがある。瞳の色だけは金色で、以前とは違うけれど。

 それに、うちには何と言っても最強の侍女さんたち『太鼓持ちーズ』がいらっしゃるから、毎日これでもかというほど褒めてくれる。褒められて伸びる子です、私。
   肌が綺麗になったのとスタイルが良くなったのは、完全に彼女たちの褒め言葉と努力のおかげだと思う。

 そんなわけで、ちっとも地味じゃなくなった私は、誰もが振り返るようなすんごい美人にいつかなるかもしれない……などと、密かな野望を抱いているのだ。成人したからって焦らずに、いずれ現れる結婚相手を優雅に待つことにしようっと!  
   まあ、こっちの世界の顔面偏差値はすごく高いから、大変かもしれないけれどね?   でも、彼氏をとったといじめられる心配もないから、その点は安心よね?



 誕生日間近のある日の夕刻。
 座学が終わって本を持って歩いていたら、母に呼び止められた。

「アリィ、王子様のお相手をお願いね?」

 え? こんな時間に王子様?
 見れば、我が家の応接室のソファにリオネル様が座っていらっしゃる。

「あら、リオネル様。こんな時間にわざわざうちにいらっしゃるなんて。急ぎの用事でもございましたの?」

 本を手にしたまま、すぐに幼なじみの王子の元へ向かう。金髪碧眼の彼は、今日もすごく麗しい。王子様は咳払いをした後、私に向かって微笑んだ。

「ああ」

 掠れた声だった。
 咳払いしていたし、喉の調子でも悪いのだろうか? すぐにお茶の用意をお願いして、彼の近くの椅子に座る。リオネル様は柔らかな金髪を揺らしてこちらに向き直ると、碧のキレイな目を細めてニッコリ笑いながらこう言った。

「もうすぐ君の誕生日だったよね? 少し早いけど、これ」

 そう言って渡された包み。

「開けてみて」

 言われるままに開くと、いつかどこかで見たのと同じような赤い箱。中からは、5年ほど前の誕生日にいただいたものと同じ、クリスタルでできたウサギが出てきた。裏には『アレクへ 愛を込めて リオン』の白い文字が彫ってある。リオネル様ったら相変わらず幼なじみに甘々ね? そう思いながらも『愛を込めて』の文字が恥ずかしくって「仲間ができましたわ」と、照れてごまかしてしまった。

 プレゼントはまだあったようで、王子様は上着の内側に手を入れると何やら箱を取り出した。そちらは希少な金色の宝石――カナリーイエローダイヤモンドのネックレスだった。ただの幼なじみに、これは高過ぎですって王子!

「こんなに高価な物、いただけませんわ!」

   そう言ってすぐに返そうとした。
 けれど、王子はなぜか受け付けなかった。

「これを身につけて、僕の立太子の式典に臨んで欲しい。後からドレスも届けさせるから」

   そう言われても……
 リオネル様、それってどういうこと?
 戸惑いながら震える手で宝石箱を閉じると、突然その手を彼に取られた。裏返されてゆっくりと手の平に口付けられる。真剣な表情の王子に、思わずドキンとしてしまった。私を見る碧の綺麗な瞳も煌いている。

 リオネル様、それって……

 ただの幼なじみだった私たち。
 以前きちんと「お友達です」と伝えたはずなのに。
 手の甲へのキスは『敬愛、親愛』、手の平へのキスには『求愛』の意味がある。マナーの時間にそう習った。だから私は、どうしたら良いのかわからなくて固まっていた。

 そうこうしているうちに、母が王子を呼びに来た。そうだ! 元々彼は父に用事があったんだ。ではこれは、単純に私の誕生日を祝うための挨拶……? 

 だけどそうは思えなくて、動揺している私。リオネル様はそんな私を見ながら、静かに微笑んでいるだけ。王子は、見送ろうと立ち上がった私に顔を寄せると、「じゃあね」と耳元で囁いた。母に案内されて部屋を出ていった彼は、この後、父の書斎で話をするのだろう。


 何かがおかしい。
 成人する日が近付くにつれて、わけのわからない焦りがどんどん大きくなっていく。私の誕生日には、何かが決定的に変わってしまう――
 漠然とそんな予感がしていた。
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