27 / 72
地味顔に転生しました
君のいない世界は
しおりを挟む
その報告は昼近くにレオンにもたらされた。
早馬を跳ばしてきた公爵家の使いが言う。
「アレキサンドラ様がお目覚めになりました! 元気でいらっしゃいます!」
耳にした事実が信じられない。
怖くて、でもどこかで期待し待ち望んでいた報せ。
寮の近くの武器庫で武器や甲冑を磨いていた時に、正騎士の一人に呼び止められた。彼が連れていたのが公爵家の使者。用件を聞くなり、慌てて騎士団長に面会を求める。
「見習いの分際ですみません。半日だけ、外出の許可を下さい! 身内が回復したというので、会っておきたくて」
今の俺は近衛騎士団の見習い。
訓練と並行して従者の仕事をしている。
騎士団長は赤い髪のガイウス様。
気さくで人望もある彼に、突然の外出を願い出る。
部屋で待ち構えていたガイウス様は、当然、という風に頷いて下さった。兄ヴォルフの同期で親友だからか、アリィが目覚めたという事実をとっくにご存知だったのだろう。彼は我が家にも何度か来たことがあり、5年前のアリィの誕生会以来の知り合いだ。
「せっかくだから、実家でゆっくりするといい」
外出許可を休暇の許可に変更して下さった。
右手を胸に当てて騎士の礼を取り、尊敬と感謝の念を表す。
せっかくだからお言葉に甘えてゆっくりしてこよう。
昔のように少しでも長く、彼女の側にいたいから。
一旦寮へ戻り着替えをする。
荷物をまとめる時間がもったいない。
必要最小限にとどめ、馬に飛び乗る。
王城の正面に出ると、兄のヴォルフが待っていてくれた。
「私も先ほど連絡を受けたところだ。一緒に帰ろう」
兄と共に馬を全力で駆けさせ、久しぶりの我が家へ向かう。アリィが、大切な人が目覚めたという我が家へ!
彼女の無事を確認するまで、まだ安心はできない。けれど、嫌が応にも期待は高まる。逸る心と昂ぶる感情を抑え、冷静になろうと努力する。騎士はいつでも、己を律しなければならないから。
「ようやく目覚めた」という報告が、事実であって欲しい。祈るような気持ちで、公爵邸へ向かっている。近いはずの道のりが、やけに遠く感じられる。
願い事はただ一つ。
貴女が生きてこの世に在ること。
魂が抜けた状態では、生きているとは言えない。
『今日も息をしているだろうか、明日はまだ大丈夫だろうか』
そう考えながら過ごす毎日は、不安でいっぱいだった。側にいながら何もできない自分が、心底嫌だった。
4年前、まだ元気だった頃のアリィの最後の言葉。それは、事件の起こった例の怪しい店の中で言われた。
「ちょっとだけ着てくるから、寂しがらずに待っててね」
アリィは綺麗なドレスを持って、店員に連れられアイリスと一緒に店の奥へ消えていった。いたずらっぽい笑顔だけを俺に残して。
『ちょっとって何だよ、長過ぎだろ。寂しくないわけないだろ、ずっと寂しかったよ!!』
心の中で叫ぶ。
冗談で言われた言葉が本当になるとは思わなかった。
あの時きちんと答えていれば、今こんなに後悔はしていなかったのだろうか?
チラッと横に目をやる。
隣で馬を駆る兄のヴォルフ。
緊張しているのかそれとも可愛がっている妹の事が心配なのか、彼もまた俺と同じように顔を強張らせている。4年ぶりに起きた妹との対面ともなると、『氷の貴公子』も冷静ではいられないようだ。想いを既にアリィへ馳せているのだろう。
アリィ、君は本当に目覚めたのか?
以前のように明るく、俺達に笑いかけてくれる?
「レオン、大好き~~!」と、言ってくれるのかな。
話したい事がいっぱいあるんだ。
俺が騎士団にいると知ったら、アリィは何て言うだろう? 君を守るために強くなりたいと願っていると知ったら、何を思うだろう?
以前より背は伸びたし、声も低くなった。
15歳になったし、鍛えて筋肉もついてきた。
もう、可愛い弟だなんて言わせない。
大人になったと少しは認めてくれるだろうか?
それともまだ、子供扱いするのかな?
目覚めたばかりの君に、何て声をかけよう。
俺を「レオン」と嬉しそうに呼ぶ君に。
君のいない世界は、まるで底無しの暗闇のよう。
頑張ろうと自分に課せば課す程、出口の見えない袋小路に迷い込んだようだった。
君のいない世界は、色のない景色のよう。
何を見てもどこにいても、感動することができなかった。
君のいない世界は、時を止めた時間のよう。
心が麻痺してしまって、笑い方すら忘れてしまった。
この苦痛が永遠に続くかもしれないと、恐れていた。
君のいない世界……君の微笑みの欠けた世界は、今日でもう終わるのだろうか?
出来る事ならいつだって、明るい君の近くにいたい。少なくともアリィが元気でいるのなら、それだけで俺の毎日は幸福で満たされる――
到着した公爵家、滅多に帰らない我が家が今日は少し明るく見える。庭の芝も青さを増し、咲く花も色鮮やかに美しく感じられる。手綱を厩番に渡すのさえももどかしく、すぐに屋敷の中へ駆け込みたい気分でいっぱいだ。出迎えてくれた使用人の様子から、否が応にも期待は高まる。
アリィ――
俺とヴォルフは、君のいる部屋の扉を勢いよく開けた。
早馬を跳ばしてきた公爵家の使いが言う。
「アレキサンドラ様がお目覚めになりました! 元気でいらっしゃいます!」
耳にした事実が信じられない。
怖くて、でもどこかで期待し待ち望んでいた報せ。
寮の近くの武器庫で武器や甲冑を磨いていた時に、正騎士の一人に呼び止められた。彼が連れていたのが公爵家の使者。用件を聞くなり、慌てて騎士団長に面会を求める。
「見習いの分際ですみません。半日だけ、外出の許可を下さい! 身内が回復したというので、会っておきたくて」
今の俺は近衛騎士団の見習い。
訓練と並行して従者の仕事をしている。
騎士団長は赤い髪のガイウス様。
気さくで人望もある彼に、突然の外出を願い出る。
部屋で待ち構えていたガイウス様は、当然、という風に頷いて下さった。兄ヴォルフの同期で親友だからか、アリィが目覚めたという事実をとっくにご存知だったのだろう。彼は我が家にも何度か来たことがあり、5年前のアリィの誕生会以来の知り合いだ。
「せっかくだから、実家でゆっくりするといい」
外出許可を休暇の許可に変更して下さった。
右手を胸に当てて騎士の礼を取り、尊敬と感謝の念を表す。
せっかくだからお言葉に甘えてゆっくりしてこよう。
昔のように少しでも長く、彼女の側にいたいから。
一旦寮へ戻り着替えをする。
荷物をまとめる時間がもったいない。
必要最小限にとどめ、馬に飛び乗る。
王城の正面に出ると、兄のヴォルフが待っていてくれた。
「私も先ほど連絡を受けたところだ。一緒に帰ろう」
兄と共に馬を全力で駆けさせ、久しぶりの我が家へ向かう。アリィが、大切な人が目覚めたという我が家へ!
彼女の無事を確認するまで、まだ安心はできない。けれど、嫌が応にも期待は高まる。逸る心と昂ぶる感情を抑え、冷静になろうと努力する。騎士はいつでも、己を律しなければならないから。
「ようやく目覚めた」という報告が、事実であって欲しい。祈るような気持ちで、公爵邸へ向かっている。近いはずの道のりが、やけに遠く感じられる。
願い事はただ一つ。
貴女が生きてこの世に在ること。
魂が抜けた状態では、生きているとは言えない。
『今日も息をしているだろうか、明日はまだ大丈夫だろうか』
そう考えながら過ごす毎日は、不安でいっぱいだった。側にいながら何もできない自分が、心底嫌だった。
4年前、まだ元気だった頃のアリィの最後の言葉。それは、事件の起こった例の怪しい店の中で言われた。
「ちょっとだけ着てくるから、寂しがらずに待っててね」
アリィは綺麗なドレスを持って、店員に連れられアイリスと一緒に店の奥へ消えていった。いたずらっぽい笑顔だけを俺に残して。
『ちょっとって何だよ、長過ぎだろ。寂しくないわけないだろ、ずっと寂しかったよ!!』
心の中で叫ぶ。
冗談で言われた言葉が本当になるとは思わなかった。
あの時きちんと答えていれば、今こんなに後悔はしていなかったのだろうか?
チラッと横に目をやる。
隣で馬を駆る兄のヴォルフ。
緊張しているのかそれとも可愛がっている妹の事が心配なのか、彼もまた俺と同じように顔を強張らせている。4年ぶりに起きた妹との対面ともなると、『氷の貴公子』も冷静ではいられないようだ。想いを既にアリィへ馳せているのだろう。
アリィ、君は本当に目覚めたのか?
以前のように明るく、俺達に笑いかけてくれる?
「レオン、大好き~~!」と、言ってくれるのかな。
話したい事がいっぱいあるんだ。
俺が騎士団にいると知ったら、アリィは何て言うだろう? 君を守るために強くなりたいと願っていると知ったら、何を思うだろう?
以前より背は伸びたし、声も低くなった。
15歳になったし、鍛えて筋肉もついてきた。
もう、可愛い弟だなんて言わせない。
大人になったと少しは認めてくれるだろうか?
それともまだ、子供扱いするのかな?
目覚めたばかりの君に、何て声をかけよう。
俺を「レオン」と嬉しそうに呼ぶ君に。
君のいない世界は、まるで底無しの暗闇のよう。
頑張ろうと自分に課せば課す程、出口の見えない袋小路に迷い込んだようだった。
君のいない世界は、色のない景色のよう。
何を見てもどこにいても、感動することができなかった。
君のいない世界は、時を止めた時間のよう。
心が麻痺してしまって、笑い方すら忘れてしまった。
この苦痛が永遠に続くかもしれないと、恐れていた。
君のいない世界……君の微笑みの欠けた世界は、今日でもう終わるのだろうか?
出来る事ならいつだって、明るい君の近くにいたい。少なくともアリィが元気でいるのなら、それだけで俺の毎日は幸福で満たされる――
到着した公爵家、滅多に帰らない我が家が今日は少し明るく見える。庭の芝も青さを増し、咲く花も色鮮やかに美しく感じられる。手綱を厩番に渡すのさえももどかしく、すぐに屋敷の中へ駆け込みたい気分でいっぱいだ。出迎えてくれた使用人の様子から、否が応にも期待は高まる。
アリィ――
俺とヴォルフは、君のいる部屋の扉を勢いよく開けた。
10
『お妃選びは正直しんどい』発売中です♪(*´꒳`*)アルファポリス発行レジーナブックスより。
お気に入りに追加
1,894
あなたにおすすめの小説

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない
陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」
デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。
そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。
いつの間にかパトロンが大量発生していた。
ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?
白い結婚三年目。つまり離縁できるまで、あと七日ですわ旦那様。
あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
異世界に転生したフランカは公爵夫人として暮らしてきたが、前世から叶えたい夢があった。パティシエールになる。その夢を叶えようと夫である王国財務総括大臣ドミニクに相談するも答えはノー。夫婦らしい交流も、信頼もない中、三年の月日が近づき──フランカは賭に出る。白い結婚三年目で離縁できる条件を満たしていると迫り、夢を叶えられないのなら離縁すると宣言。そこから公爵家一同でフランカに考え直すように動き、ドミニクと話し合いの機会を得るのだがこの夫、山のように隠し事はあった。
無言で睨む夫だが、心の中は──。
【詰んだああああああああああ! もうチェックメイトじゃないか!? 情状酌量の余地はないと!? ああ、どうにかして侍女の準備を阻まなければ! いやそれでは根本的な解決にならない! だいたいなぜ後妻? そんな者はいないのに……。ど、どどどどどうしよう。いなくなるって聞いただけで悲しい。死にたい……うう】
4万文字ぐらいの中編になります。
※小説なろう、エブリスタに記載してます

妻を蔑ろにしていた結果。
下菊みこと
恋愛
愚かな夫が自業自得で後悔するだけ。妻は結果に満足しています。
主人公は愛人を囲っていた。愛人曰く妻は彼女に嫌がらせをしているらしい。そんな性悪な妻が、屋敷の最上階から身投げしようとしていると報告されて急いで妻のもとへ行く。
小説家になろう様でも投稿しています。

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢
岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか?
「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」
「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」
マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。
私は貴方を許さない
白湯子
恋愛
甘やかされて育ってきたエリザベータは皇太子殿下を見た瞬間、前世の記憶を思い出す。無実の罪を着させられ、最期には断頭台で処刑されたことを。
前世の記憶に酷く混乱するも、優しい義弟に支えられ今世では自分のために生きようとするが…。

深窓の悪役令嬢~死にたくないので仮病を使って逃げ切ります~
白金ひよこ
恋愛
熱で魘された私が夢で見たのは前世の記憶。そこで思い出した。私がトワール侯爵家の令嬢として生まれる前は平凡なOLだったことを。そして気づいた。この世界が乙女ゲームの世界で、私がそのゲームの悪役令嬢であることを!
しかもシンディ・トワールはどのルートであっても死ぬ運命! そんなのあんまりだ! もうこうなったらこのまま病弱になって学校も行けないような深窓の令嬢になるしかない!
物語の全てを放棄し逃げ切ることだけに全力を注いだ、悪役令嬢の全力逃走ストーリー! え? シナリオ? そんなの知ったこっちゃありませんけど?

転生したら乙女ゲームの主人公の友達になったんですが、なぜか私がモテてるんですが?
rita
恋愛
田舎に住むごく普通のアラサー社畜の私は車で帰宅中に、
飛び出してきた猫かたぬきを避けようとしてトラックにぶつかりお陀仏したらしく、
気付くと、最近ハマっていた乙女ゲームの世界の『主人公の友達』に転生していたんだけど、
まぁ、友達でも二次元女子高生になれたし、
推しキャラやイケメンキャラやイケオジも見れるし!楽しく過ごそう!と、
思ってたらなぜか主人公を押し退け、
攻略対象キャラからモテまくる事態に・・・・
ちょ、え、これどうしたらいいの!!!嬉しいけど!!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる