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地味顔に転生しました

一人ぼっちの舞踏会

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 この国の王子である僕――リオネルは、幼なじみの公爵令嬢アレキサンドラの家に来ている。少し前に彼女の部屋に通されたばかりだ。僕は窓に近付くと、公爵家自慢の庭に咲く色とりどりの花を見ながら彼女に声をかけた。

「とても綺麗だよ。アレク、起きて見てごらん」

 もちろん返事はない。
 眠ったままの彼女は、もう何年も花を目にしていない。僕が親しみを込めてアレクと呼ぶアレキサンドラ嬢。
 残念ながら彼女は今日も目を覚ます気配がない。
   医師と魔導士が施した術のおかげで生命維持に問題はないそうで、少しずつではあるが髪や爪も伸び、身体も成長しているようだ。



   ――4年前、城の執務室でアレクが危篤だと聞いた。
 驚いて激しく咳き込んだ僕は、呼吸ができなかったほどだ。

 「アレキサンドラ様は、二度とお目覚めにならないかもしれません」

 報告を受け、すぐに彼女のもとへ向かった。
 公爵邸には悲しみが立ち込め、皆一様に表情が暗かった。
 宰相である公爵はいかめしい顔で無言。憔悴しきった顔は、見る影もなかった。公爵夫人のマリアンヌは、泣き腫らした顔が痛々しかった。彼女の兄で普段『氷の貴公子』と言われる程冷静なヴォルフも、顔色が悪く動揺を隠せていなかった。義弟のレオンに至っては、不気味なくらいに無表情。充血した目でベッドの上のアレクだけをじっと見つめていた。

 屋敷は灯が消えたようだった。
 僕はその時アレクに近寄り顔を覗き込んだ。
 眠っているだけのようにも見えたから、いつものように話しかけていた。

 「アレク、僕だよ。具合はどう?」

 返事が無いのは覚悟していた。
 けれど、実際に目の当たりにするとすごくショックだった。眠る君の顔は穏やかで、触れた頬は温かく、柔らかいのに。可愛いらしい僕の幼なじみは、呼びかけても目覚めるどころか瞼を震わせることすらしなかった。

   当時、アレクの容態を気にかけていたのは僕だけではなかった。派遣した医師達から王である父や叔父のレイモンドに報告が行くと、城内は忙しくなった。連日対策会議や緊急会議が開かれた。夜間の外出は禁止になり、国境や街の警備が強化され、出入国が厳しくなった。
 実は、密かにある事件が進行していたらしい。
 子供の僕はその時何も知らされていなかった。
 有能で政治に深く関わっていれば、知らされていたのだろうか?   歯がゆい思いをすることもなく、僕は君を危険から遠ざけることができていたのだろうか?



   そして現在――窓から離れた僕は、眠ったままの君に話しかけている。

「ねぇ、アレク。とうとうこの日が来てしまったよ。君には隣にいて欲しかったけれど」

 やはり目覚めない。
   髪をそっと撫でてみる。
 茶色だったはずの髪の色が、今はなぜか金色に近づいている。
  
「あまりゆっくりしてはいられないんだ。この後城で、僕の誕生パーティーがあるから」

   16歳となって成人する今日は、特に盛大な舞踏会が催される。王子である自分に正式なパートナーがいないことで、また色々言われてしまうのだろう。
 慌ただしい中城を抜け出し、幼なじみに会いに来た。もしも目覚めていたのなら、告げたい言葉があったから。
 けれど君の目は今日も変わらず閉じたまま。
 
 僕が正式な相手に望んだのはたった一人。
 アレク、本当は君を婚約者としてみんなに紹介したかった。幼いうちから自分に縛り付けるのは良くないと、ギリギリまで婚約を願い出なかった。僕は君とゆっくり恋がしたかったから。
 こんなことになるのなら、もっと早くに婚約を申し込んで側にいたかった。

 君が倒れてからは、毎年自分の誕生日が憂鬱で嫌になる。僕と歳の近い令嬢やその親が次から次へと現れるから。いくらわずらわしいと思っても邪険にはできず、作り笑いで相槌をうたなければならない。
   
「慣れだよ、慣れ」

   叔父のレイモンドはそう言うけれど。
 彼のように自然にできるまで、まだまだ時間がかかりそうだ。

   誕生日が待ち遠しかったのは、君が側にいたから。
 忙しくて会えなくても、心のこもったプレゼントを君がくれたから。毎年ワクワクしながら包みを開くのが、とても楽しみだった。
 後ろ手に隠したプレゼントを得意げに出し、笑顔で渡してくれる君が好きだった。僕の後ろをちょこちょこ歩く君の様子が好きだった。僕の話を聞きながら一生懸命に頷く君の姿が好きだった。
 嬉しい時悲しい時、感動した時などにくるくる変わる君の表情。その顔を近くで眺めることのできた僕は、4年前まで確かに幸せだった。
 隣に立つのはいつだって、アレクがいいと思っていた。君と一緒なら僕は、笑顔の自分でいられる。

「ねえ、僕は今日16になったよ。本当は誰よりも先に、君に祝って欲しかったのに」

 頬に手を触れそっと呟く。
 幼い頃は大人になるのが待ち遠しくて仕方がなかった。君のいない16の誕生日。こんな日が来るなんて、あの頃の僕は想像したことさえ無かったから。


 隣に君がいないなんて――

 
 眠るアレクに目を落とす。
 4年前より伸びた手足、ほっそりした身体、大人になった綺麗な顔。
 もし今日の舞踏会に出席できていたら、僕は何色のドレスを贈っていたのだろう?  黄色、水色、可憐なピンク、僕の誕生色の緑色でも悪くない。
 ファーストダンスもラストダンスも、今日は君と踊りたかった。プレゼントなんて要らないから、君に戻って来て欲しい。君のいない誕生日に価値などあるのだろうか?
 華やかな会場で大勢の人に囲まれても、僕の心はきっと満たされない。君のいない隣を見て、孤独を感じてしまうだろう。

「まだかな、アレク。そろそろ目を覚まして」

 君の声が聞きたい。
 君の元気な姿が見たい。
 隣であの頃のようにまた、笑って欲しい。
 

 
 ああ、もう時間なのか。
 そろそろ城に帰らないといけないな。
 抜け出した僕の帰りを待っている人達。
 彼らを困らせてはいけないし、準備もしないといけない。
 今日は国中が僕の成人の儀を喜び、祝ってくれている。   
   たとえ寂しくても、暗い顔を見せてはならない。
 一人孤独を感じても、最後まで笑顔で踊るだけ。
 胸の痛みと寂しさは心の底に押し込めよう。

 僕はきっと強くなる。
 大人になった自分を君に見て欲しいから。


 城の舞踏会に出るために、僕はアレクにさよならを言うと部屋を後にした。


 
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