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地味顔に転生しました
お姉さんと呼んでもいいけど
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「レオン、アリィ無事かっ!」
聞き覚えのある声がした。
言うなりその人は、俺の首根っこをグイッと引き、少しだけ見えたアリィの足を掴んだ。
彼は後から駆け付けた人達と協力して、黒い闇の中からアリィの身体を引きずり出してくれた。
勢いよく引っ張ったせいか、全員が背中や肩からドサッと地面に倒れこんだ。
その瞬間、アリィを捕えていた黒い陰は霧散した。
「アリィ……」
ホッとした俺は、その場にへたり込む。
見れば、兵を引き連れて駆けつけて来てくれたのは、義兄のヴォルフだった。
ヴォルフがアリィの名を呼びながら、息と脈とを確認する。
「大丈夫。外傷は無いし脈もしっかりしている。気を失っているだけのようだ。お前のおかげでアリィがどこかに連れて行かれなくて良かった」
ヴォルフが褒めてくれた。
アリィは大丈夫だ。
俺は安心して泣きそうになってしまった。
「ナニこれ。イヤ、わたくしこんなの知らない! ナンデこんな所にいるのーー!」
傍でアイリスが自分の頭を抱え、半狂乱になりながらガタガタと震えている。青ざめて弱々しいけれど、同情なんてしてやらない。アリィを傷つけようとしたなんて!
「アイリス嬢を拘束しろ。店員も一人も逃すな! 全員に事情を聞くまで帰さないと伝えろ!」
義兄がそう命じると兵士が一斉に走り出した。
訓練された兵士は動きも早く、あっという間にアイリスと逃げようとしていた店員達を捕まえた。
帰りの馬車の中で考えている。
アリィは無事だったけど、侍女のエルゼ同様まだ目が覚めない。
二人とも俺の前でぐっすり眠っている。
自分がアリィを守れなかった事が悔しかった。
せっかく近くにいたのに、すぐに助けることができなかった。
一緒になってひきずられて、俺は役に立たなかった。
まだ子どもの小さなこの身体が恨めしい。
「友達と買い物に行くから!」
彼女は今朝、あんなにはしゃいで喜んでいたのに。
「今年はみんなが幸せになれればいいね」
そう嬉しそうに語っていたのに。
お人よしで優しいアリィは他人の悪意に気づかない。
純粋で真っ直ぐだから、すぐに人を信じてしまう。
何もできない無力な自分が恨めしかった。
もう少し注意して見ていれば、彼女は傷つかなかったかもしれないのに。
「仕方がないから目が覚めたら、『お姉さん』とでも呼んであげようかな」
アリィが助かった事を喜び、幸せな気持ちになりながら彼女の寝顔を見つめる。時々口を動かしているのは、何かを食べてる仕草かな? とても一つ上とは思えない彼女を『お姉さん』と呼ぶのは少ししゃくだけど……
けれど彼女の笑顔が見られるなら、それぐらいの事はしてあげよう。友達に裏切られ傷ついた心が少しでも浮上するなら、姉と呼ぶ位我慢してもいいかも。
侍女のエルゼも先ほど起きたばかりだから、この分だと屋敷に戻る前にアリィも目覚めるかもしれない。
「『お姉さん』と突然呼んだら、アリィはビックリするかもな」
馬車に揺られながらクスクス笑うと、俺は窓の外に注意を向けた。
けれど公爵家に戻ってもアリィは目覚めなかった。
一旦戻っていた宰相で義父のアドルフに事情を話すと、すぐに登城した方が良いということになった。レイモンド様に報告するためだという。
父様が言うなら仕方がない。
兄のヴォルフは捕縛した連中と共にとっくに城に向かっている。向こうで合流できるので、問題ないと言われた。
「目撃さえしていなければ、俺もアリィにずっと付き添っていられたのに」
思わず本音がこぼれた。
起きたらすぐに『お姉さん』と呼んでビックリさせようと思っていたから。
「アリィが助かったのはお前の活躍のお陰だろう? 間に合って良かったよ」
そう言って褒めてくれたので、少し誇らしい気分になった。父も兄も何か事情を知っているらしい。アリィも気になるけれど、あの黒い物の正体も気になる。俺は父と共にそのまま王城に出向いた。
城に入るとすぐにある部屋に通された。
「先程、アイリス・エメンタール侯爵令嬢に話を聞いたんだが、詳しいことはやはり何も覚えていないということだった」
開口一番レイモンド様が切り出した。
「そんなハズはありません! 年明け早々あの店に強引に誘ったのもあの女だし、陰に呑み込まれる姉を見て、近くにいながら何もしなかったのも彼女です!」
もはや敬称をつける気にもなれない。
怪しいあの店を指定してきたのは、他ならぬアイリスだ!
「もちろん、店に誘ったのも試着のために別室に誘ったのも彼女だということは本人から既に聞いている。怪しい陰の存在も、ヴォルフが先程証言してくれた。ただ、その陰がどこから現れてどうして消えたのかがわからない。君の見たことを全て話してくれないか?」
お仕事モードのレイモンド様は、綺麗な碧の瞳がいつもと違って真剣だ。どうやら彼は、この件に関しての責任者らしい。それぐらいは俺にもわかった。普段へらへらしているくせに、こんな時は怖く見えるから困る。デスクに肘を付き、組んだ手に顎を乗せるレイモンド様。鋭い眼光が目を逸らす事を許さない。俺は、知っていることを包み隠さず正直に話した。
アリィもアイリスも、店に行くまでは普通だったこと。
アイリスは、何度かこの店に来たことがあるようだったこと。
店員が姉と彼女を案内していたこと。
姉を探してドアを開けた時には、既に陰に呑み込まれかけていたこと。黒い闇のような陰から引っ張り出すと同時に、陰が消えてアリィが戻ってホッとしたこと。
レイモンド様はそれら全てを、父様やヴォルフと共に表情を変えずに聞いていた。
話を聞き終えた後、彼は立ち上がってこう言った。
「ありがとう、ご苦労だった。大変な思いをしたのに悪かったね。詳しい事はまだ言えないが、君にはこれからも協力を頼むと思う。お姉さんにもよろしくね」
最後はいつものようにニッコリと笑ってくれたから、少しホッとした。
明日からまたいつもの日常が戻ってくると、この時の俺は全く疑っていなかったんだ。
聞き覚えのある声がした。
言うなりその人は、俺の首根っこをグイッと引き、少しだけ見えたアリィの足を掴んだ。
彼は後から駆け付けた人達と協力して、黒い闇の中からアリィの身体を引きずり出してくれた。
勢いよく引っ張ったせいか、全員が背中や肩からドサッと地面に倒れこんだ。
その瞬間、アリィを捕えていた黒い陰は霧散した。
「アリィ……」
ホッとした俺は、その場にへたり込む。
見れば、兵を引き連れて駆けつけて来てくれたのは、義兄のヴォルフだった。
ヴォルフがアリィの名を呼びながら、息と脈とを確認する。
「大丈夫。外傷は無いし脈もしっかりしている。気を失っているだけのようだ。お前のおかげでアリィがどこかに連れて行かれなくて良かった」
ヴォルフが褒めてくれた。
アリィは大丈夫だ。
俺は安心して泣きそうになってしまった。
「ナニこれ。イヤ、わたくしこんなの知らない! ナンデこんな所にいるのーー!」
傍でアイリスが自分の頭を抱え、半狂乱になりながらガタガタと震えている。青ざめて弱々しいけれど、同情なんてしてやらない。アリィを傷つけようとしたなんて!
「アイリス嬢を拘束しろ。店員も一人も逃すな! 全員に事情を聞くまで帰さないと伝えろ!」
義兄がそう命じると兵士が一斉に走り出した。
訓練された兵士は動きも早く、あっという間にアイリスと逃げようとしていた店員達を捕まえた。
帰りの馬車の中で考えている。
アリィは無事だったけど、侍女のエルゼ同様まだ目が覚めない。
二人とも俺の前でぐっすり眠っている。
自分がアリィを守れなかった事が悔しかった。
せっかく近くにいたのに、すぐに助けることができなかった。
一緒になってひきずられて、俺は役に立たなかった。
まだ子どもの小さなこの身体が恨めしい。
「友達と買い物に行くから!」
彼女は今朝、あんなにはしゃいで喜んでいたのに。
「今年はみんなが幸せになれればいいね」
そう嬉しそうに語っていたのに。
お人よしで優しいアリィは他人の悪意に気づかない。
純粋で真っ直ぐだから、すぐに人を信じてしまう。
何もできない無力な自分が恨めしかった。
もう少し注意して見ていれば、彼女は傷つかなかったかもしれないのに。
「仕方がないから目が覚めたら、『お姉さん』とでも呼んであげようかな」
アリィが助かった事を喜び、幸せな気持ちになりながら彼女の寝顔を見つめる。時々口を動かしているのは、何かを食べてる仕草かな? とても一つ上とは思えない彼女を『お姉さん』と呼ぶのは少ししゃくだけど……
けれど彼女の笑顔が見られるなら、それぐらいの事はしてあげよう。友達に裏切られ傷ついた心が少しでも浮上するなら、姉と呼ぶ位我慢してもいいかも。
侍女のエルゼも先ほど起きたばかりだから、この分だと屋敷に戻る前にアリィも目覚めるかもしれない。
「『お姉さん』と突然呼んだら、アリィはビックリするかもな」
馬車に揺られながらクスクス笑うと、俺は窓の外に注意を向けた。
けれど公爵家に戻ってもアリィは目覚めなかった。
一旦戻っていた宰相で義父のアドルフに事情を話すと、すぐに登城した方が良いということになった。レイモンド様に報告するためだという。
父様が言うなら仕方がない。
兄のヴォルフは捕縛した連中と共にとっくに城に向かっている。向こうで合流できるので、問題ないと言われた。
「目撃さえしていなければ、俺もアリィにずっと付き添っていられたのに」
思わず本音がこぼれた。
起きたらすぐに『お姉さん』と呼んでビックリさせようと思っていたから。
「アリィが助かったのはお前の活躍のお陰だろう? 間に合って良かったよ」
そう言って褒めてくれたので、少し誇らしい気分になった。父も兄も何か事情を知っているらしい。アリィも気になるけれど、あの黒い物の正体も気になる。俺は父と共にそのまま王城に出向いた。
城に入るとすぐにある部屋に通された。
「先程、アイリス・エメンタール侯爵令嬢に話を聞いたんだが、詳しいことはやはり何も覚えていないということだった」
開口一番レイモンド様が切り出した。
「そんなハズはありません! 年明け早々あの店に強引に誘ったのもあの女だし、陰に呑み込まれる姉を見て、近くにいながら何もしなかったのも彼女です!」
もはや敬称をつける気にもなれない。
怪しいあの店を指定してきたのは、他ならぬアイリスだ!
「もちろん、店に誘ったのも試着のために別室に誘ったのも彼女だということは本人から既に聞いている。怪しい陰の存在も、ヴォルフが先程証言してくれた。ただ、その陰がどこから現れてどうして消えたのかがわからない。君の見たことを全て話してくれないか?」
お仕事モードのレイモンド様は、綺麗な碧の瞳がいつもと違って真剣だ。どうやら彼は、この件に関しての責任者らしい。それぐらいは俺にもわかった。普段へらへらしているくせに、こんな時は怖く見えるから困る。デスクに肘を付き、組んだ手に顎を乗せるレイモンド様。鋭い眼光が目を逸らす事を許さない。俺は、知っていることを包み隠さず正直に話した。
アリィもアイリスも、店に行くまでは普通だったこと。
アイリスは、何度かこの店に来たことがあるようだったこと。
店員が姉と彼女を案内していたこと。
姉を探してドアを開けた時には、既に陰に呑み込まれかけていたこと。黒い闇のような陰から引っ張り出すと同時に、陰が消えてアリィが戻ってホッとしたこと。
レイモンド様はそれら全てを、父様やヴォルフと共に表情を変えずに聞いていた。
話を聞き終えた後、彼は立ち上がってこう言った。
「ありがとう、ご苦労だった。大変な思いをしたのに悪かったね。詳しい事はまだ言えないが、君にはこれからも協力を頼むと思う。お姉さんにもよろしくね」
最後はいつものようにニッコリと笑ってくれたから、少しホッとした。
明日からまたいつもの日常が戻ってくると、この時の俺は全く疑っていなかったんだ。
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