7 / 72
地味顔に転生しました
レオン君のこと
しおりを挟む
「お嬢様、少しよろしいでしょうか」
廊下を歩いていたら、侍女のエルゼさんに呼び止められた。お父様との話は終わったし、夕食までまだ間があるから時間は大丈夫。今日の分の勉強は、明日に回せばいいか。私は首肯した。
「レオン様のことで少し……」
そう言うので、私の部屋で話を聞くことにした。この部屋はレオン君のいる隣の部屋とは正反対。お母様の趣味で恥ずかしいくらいにフリフリが多い女の子って感じの内装。
白い机は機能よりも見た目重視。背もたれがピンクの椅子は使うのがもったいないくらいに可愛い。カーテンは薄いピンクでフリルが付いているし、クッションも濃いピンクと白でレースが邪魔で使い心地はあまり良ろしくない。
あ、ベッドはもちろん天蓋付きで、カバーはこれまたフリル付き。どこのお姫様が使うの? って感じだ。豪華なベッドにこんなに地味な私が寝てたら、どんな王子様もびっくりしてUターンしてしまうに違いない。
お母様、娘に幻想を抱き過ぎだと思うんだけど……
それから、いずれ楽器を嗜(たしな)むだろうと、壁は安心の防音完備。声が外に聞かれる心配はない。時々大声で歌っているけど、今のところバレてはいないみたい。だから話を聞くのに下手な場所に行くよりは、私の部屋の方が安心。
エルゼさんの話はこうだった。
「夕食前に時間があったので、レオン様にご入浴をお勧めしました。けれど固まったまま反応がないのでお手伝いをしようとしたところ、異常に怯えられてしまって」
「そうね。私もとても怖がられてしまったもの」
「はい。丁寧に接してはいたのですが……」
「もちろん、あなたの腕は疑っていないわ。最善を尽くしてくれたんでしょう?」
「はい。入浴が嫌ならせめてお召し替えを、と他の者と協力して服を取り替えようとしました。その時、背中や腕に無数の傷が見えてしまったんです。擦過傷やあざで、新しいものも古いものもありました。旦那様にお伝えしたところ、お嬢様にも知らせておくように、とのことでしたので」
「あぁ、やっぱり……」
私は思わず目を閉じた。
お父様からある程度聞いていたから予想はついていたものの、間違いであって欲しいと思っていた。
年齢より小さい身体、周りに対する警戒心や怯え、身体につけられた無数の傷やあざ。
常識では考えられないし信じたくも無いけれど、この世界でも悪しき行為が存在していたなんて。
「虐待、されていたのね……」
ポツリと呟く。
エルゼさんも頷いている。
「こんなに酷いのは私も初めて見ました。中には一生痕が残る傷もあるでしょう。手足も細く折れそうです。元の場所にずっといらしたら、いったいどうなっていた事か!」
話を聞けば聞くほど、単純に『可哀想』という言葉では片付けられない。こんな時、いろいろ世話を焼かれたら、本人は却って戸惑ってしまうだろう。
だったら私にできる事は一つだけ。
ノックをしても返事が無いので、覚悟を決めて隣の部屋に入っていった。
ベッドの上で震えている小さな身体。残りは自分で着替えたみたいだけど、こちらを見ないように腕で頭や顔を覆い、隅っこで丸まって震えている。
私は今も前世も愛情たっぷりに育てられていたから、虐待された経験はない。チートな能力を持って転生したわけではないけれど、前世でイジメられた記憶ならバッチリある。
小学生の頃、バケツ事件の後で『何をやっても泣かないからつまらない、生意気』と、クラスのほぼ全員から殴られたり蹴られたりした。参加しないと仲間外れにされるからか、通過儀礼のようにだんだんとイジメの人数が増えていった。
最後には、学級委員長や普段おとなしい子までもが加わっていた。すごくショックで、誰も信じられないと思っていた時期がある。
今ここで震えているレオン君は、それよりもっと大変な経験をしてきたはずだ。こんなに小さくか弱い存在を、いったい誰がいじめたんだろう? こんなに可愛い少年をいったい誰が傷つけたというの?
私はベッドに飛び乗ると、ビクッと驚き縮こまるレオン君に構わず、そのままギュッとハグをした。彼は固まったままではあるけれど、特に抵抗はしていない。私も子どもだからか、そこまで警戒はされていないのかな?
腕の中の小さな存在が急に愛しくなって、金色の頭をよしよしと撫でた。
そして私は、自分がイジメられていた時に一番言って欲しかった言葉を言った。
「何があっても私はあなたの味方だから」
前世の母の受け売りだけど。
バケツ事件以降、余計な苦労をかけたくなくて母には黙っていたけれど、多分バレていたんだろう。母は時々私をギュッと抱きしめて大切だと伝えてくれた。
何があっても母という強い味方がいたから、イジメられても私は乗り越えられた。
身体や心に痛みが残っても、少なくとも自分は要らない存在だって思わなくて済んだ。
自分の事を気にかけてくれる人がいる。大切に思ってくれる人がいる。ただそれだけで、私はくじけずに前に進む勇気が持てた。
レオン君は青い目を見開き、「突然何を言いだすんだ」という風に私を見ている。「同じ子どものくせに何だこいつ?」と思われているに違いない。それでも構わない。
本当の私は17歳まで過ごした記憶があるけれど、それはここで言う事ではないだろう。
ーー今はまだ、彼にとって世界中が敵に見えているのだとしても。自分は愛され、大切にされる存在だと実感できていなくても。ここに、あなたを気にかける存在がいるのだという事だけは覚えておいて欲しい。
私はこれから毎日あなたに『大好きだ』と伝えるから。姉として、あなたをずっと愛し続けるから。だから私を、私達を信用して徐々に心を開いて欲しい。
そしていつか天使のような笑顔で、「お姉ちゃん」と呼んでくれたら最高なんだけどな!
廊下を歩いていたら、侍女のエルゼさんに呼び止められた。お父様との話は終わったし、夕食までまだ間があるから時間は大丈夫。今日の分の勉強は、明日に回せばいいか。私は首肯した。
「レオン様のことで少し……」
そう言うので、私の部屋で話を聞くことにした。この部屋はレオン君のいる隣の部屋とは正反対。お母様の趣味で恥ずかしいくらいにフリフリが多い女の子って感じの内装。
白い机は機能よりも見た目重視。背もたれがピンクの椅子は使うのがもったいないくらいに可愛い。カーテンは薄いピンクでフリルが付いているし、クッションも濃いピンクと白でレースが邪魔で使い心地はあまり良ろしくない。
あ、ベッドはもちろん天蓋付きで、カバーはこれまたフリル付き。どこのお姫様が使うの? って感じだ。豪華なベッドにこんなに地味な私が寝てたら、どんな王子様もびっくりしてUターンしてしまうに違いない。
お母様、娘に幻想を抱き過ぎだと思うんだけど……
それから、いずれ楽器を嗜(たしな)むだろうと、壁は安心の防音完備。声が外に聞かれる心配はない。時々大声で歌っているけど、今のところバレてはいないみたい。だから話を聞くのに下手な場所に行くよりは、私の部屋の方が安心。
エルゼさんの話はこうだった。
「夕食前に時間があったので、レオン様にご入浴をお勧めしました。けれど固まったまま反応がないのでお手伝いをしようとしたところ、異常に怯えられてしまって」
「そうね。私もとても怖がられてしまったもの」
「はい。丁寧に接してはいたのですが……」
「もちろん、あなたの腕は疑っていないわ。最善を尽くしてくれたんでしょう?」
「はい。入浴が嫌ならせめてお召し替えを、と他の者と協力して服を取り替えようとしました。その時、背中や腕に無数の傷が見えてしまったんです。擦過傷やあざで、新しいものも古いものもありました。旦那様にお伝えしたところ、お嬢様にも知らせておくように、とのことでしたので」
「あぁ、やっぱり……」
私は思わず目を閉じた。
お父様からある程度聞いていたから予想はついていたものの、間違いであって欲しいと思っていた。
年齢より小さい身体、周りに対する警戒心や怯え、身体につけられた無数の傷やあざ。
常識では考えられないし信じたくも無いけれど、この世界でも悪しき行為が存在していたなんて。
「虐待、されていたのね……」
ポツリと呟く。
エルゼさんも頷いている。
「こんなに酷いのは私も初めて見ました。中には一生痕が残る傷もあるでしょう。手足も細く折れそうです。元の場所にずっといらしたら、いったいどうなっていた事か!」
話を聞けば聞くほど、単純に『可哀想』という言葉では片付けられない。こんな時、いろいろ世話を焼かれたら、本人は却って戸惑ってしまうだろう。
だったら私にできる事は一つだけ。
ノックをしても返事が無いので、覚悟を決めて隣の部屋に入っていった。
ベッドの上で震えている小さな身体。残りは自分で着替えたみたいだけど、こちらを見ないように腕で頭や顔を覆い、隅っこで丸まって震えている。
私は今も前世も愛情たっぷりに育てられていたから、虐待された経験はない。チートな能力を持って転生したわけではないけれど、前世でイジメられた記憶ならバッチリある。
小学生の頃、バケツ事件の後で『何をやっても泣かないからつまらない、生意気』と、クラスのほぼ全員から殴られたり蹴られたりした。参加しないと仲間外れにされるからか、通過儀礼のようにだんだんとイジメの人数が増えていった。
最後には、学級委員長や普段おとなしい子までもが加わっていた。すごくショックで、誰も信じられないと思っていた時期がある。
今ここで震えているレオン君は、それよりもっと大変な経験をしてきたはずだ。こんなに小さくか弱い存在を、いったい誰がいじめたんだろう? こんなに可愛い少年をいったい誰が傷つけたというの?
私はベッドに飛び乗ると、ビクッと驚き縮こまるレオン君に構わず、そのままギュッとハグをした。彼は固まったままではあるけれど、特に抵抗はしていない。私も子どもだからか、そこまで警戒はされていないのかな?
腕の中の小さな存在が急に愛しくなって、金色の頭をよしよしと撫でた。
そして私は、自分がイジメられていた時に一番言って欲しかった言葉を言った。
「何があっても私はあなたの味方だから」
前世の母の受け売りだけど。
バケツ事件以降、余計な苦労をかけたくなくて母には黙っていたけれど、多分バレていたんだろう。母は時々私をギュッと抱きしめて大切だと伝えてくれた。
何があっても母という強い味方がいたから、イジメられても私は乗り越えられた。
身体や心に痛みが残っても、少なくとも自分は要らない存在だって思わなくて済んだ。
自分の事を気にかけてくれる人がいる。大切に思ってくれる人がいる。ただそれだけで、私はくじけずに前に進む勇気が持てた。
レオン君は青い目を見開き、「突然何を言いだすんだ」という風に私を見ている。「同じ子どものくせに何だこいつ?」と思われているに違いない。それでも構わない。
本当の私は17歳まで過ごした記憶があるけれど、それはここで言う事ではないだろう。
ーー今はまだ、彼にとって世界中が敵に見えているのだとしても。自分は愛され、大切にされる存在だと実感できていなくても。ここに、あなたを気にかける存在がいるのだという事だけは覚えておいて欲しい。
私はこれから毎日あなたに『大好きだ』と伝えるから。姉として、あなたをずっと愛し続けるから。だから私を、私達を信用して徐々に心を開いて欲しい。
そしていつか天使のような笑顔で、「お姉ちゃん」と呼んでくれたら最高なんだけどな!
10
『お妃選びは正直しんどい』発売中です♪(*´꒳`*)アルファポリス発行レジーナブックスより。
お気に入りに追加
1,894
あなたにおすすめの小説

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない
陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」
デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。
そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。
いつの間にかパトロンが大量発生していた。
ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?
私は貴方を許さない
白湯子
恋愛
甘やかされて育ってきたエリザベータは皇太子殿下を見た瞬間、前世の記憶を思い出す。無実の罪を着させられ、最期には断頭台で処刑されたことを。
前世の記憶に酷く混乱するも、優しい義弟に支えられ今世では自分のために生きようとするが…。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

転生したら乙女ゲームの主人公の友達になったんですが、なぜか私がモテてるんですが?
rita
恋愛
田舎に住むごく普通のアラサー社畜の私は車で帰宅中に、
飛び出してきた猫かたぬきを避けようとしてトラックにぶつかりお陀仏したらしく、
気付くと、最近ハマっていた乙女ゲームの世界の『主人公の友達』に転生していたんだけど、
まぁ、友達でも二次元女子高生になれたし、
推しキャラやイケメンキャラやイケオジも見れるし!楽しく過ごそう!と、
思ってたらなぜか主人公を押し退け、
攻略対象キャラからモテまくる事態に・・・・
ちょ、え、これどうしたらいいの!!!嬉しいけど!!!

ヤンデレお兄様から、逃げられません!
夕立悠理
恋愛
──あなたも、私を愛していなかったくせに。
エルシーは、10歳のとき、木から落ちて前世の記憶を思い出した。どうやら、今世のエルシーは家族に全く愛されていないらしい。
それならそれで、魔法も剣もあるのだし、好きに生きよう。それなのに、エルシーが記憶を取り戻してから、義兄のクロードの様子がおかしい……?
ヤンデレな兄×少しだけ活発な妹

深窓の悪役令嬢~死にたくないので仮病を使って逃げ切ります~
白金ひよこ
恋愛
熱で魘された私が夢で見たのは前世の記憶。そこで思い出した。私がトワール侯爵家の令嬢として生まれる前は平凡なOLだったことを。そして気づいた。この世界が乙女ゲームの世界で、私がそのゲームの悪役令嬢であることを!
しかもシンディ・トワールはどのルートであっても死ぬ運命! そんなのあんまりだ! もうこうなったらこのまま病弱になって学校も行けないような深窓の令嬢になるしかない!
物語の全てを放棄し逃げ切ることだけに全力を注いだ、悪役令嬢の全力逃走ストーリー! え? シナリオ? そんなの知ったこっちゃありませんけど?
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる