私がヒロイン? いいえ、攻略されない攻略対象です

きゃる

文字の大きさ
上 下
85 / 85
番外編

おまけの藍人

しおりを挟む
「ふふ、ようやく女の子だってわかってくれたんだね」

 振り向きざまに君は言う。
 肩まで伸びた真っ直ぐな黒髪が、暖かな春の風に揺れる。心を捉えて離さない紫色の瞳で俺を見ながら。

「当たり前だろう。途中から、なんかおかしいとは思っていたんだ。だって男にしてはお前、綺麗すぎるし」
「男にしては? じゃあ女の子ならどうかな。藍人あいとは私のこと、どう思う?」

 すらりと伸びた手足、整った顔。
 猫のような目は、笑うと細くなる。
 けれど、艶めいた唇はふっくらしたままだ。

「どうって……もちろん、その……」

 言ってもいいんだろうか。
 誰よりも綺麗で目が離せないと。
 心の中に閉じ込めた想いを素直に吐き出しても?

「聞かせてほしいんだけど。藍人が私をどう思っているのか」

 微笑みながら言う君は、近づき俺の頬に手を当てる。
 いつになく積極的だから、想いを素直に口にする。

「もちろん、その……好きだよ」

 紫色の瞳をきらめかせ、君は訊ねる。

「本当に?」
「ああ。一番大事に思ってる」

 いつもなら照れてしまう言葉が、今はすんなり口にできる。二人だけでいるせいだろうか。

「小さいけど、いいの?」

 それなのに、君は突然わけのわからないことを言い出した。

「へ? 何が」
「だから……ほら」
「ほら?」

 何が言いたいんだろう。

「だって、藍人見たでしょう?」
「見たって何を」
「私の……小さいの」
「小さいの?」

 よくわからなかったので、俺は君の視線を追う。君がうつむき見ていたのは……

「ああ、胸か」

 言った瞬間後悔した。
 なぜなら、すごい形相で睨まれたからだ。

「藍人のばかーーっ!」
「うわあーー」

 平手が飛んできた瞬間、俺はガバッと飛び起きた。
 ああ、やっぱりそうか。
 いや、胸のことじゃなく……

 夢、だったのか。


 *****


 夢見が悪い……いや、良かったのか? 時に限って一緒に行動しなければいけないとは、皮肉なものだ。俺と紫記しきは今、橙也とうやのための送別会の準備をしている。もうすぐ日本を発つ彼のため、お別れパーティーをしようと言い出したのも、優しい君だった。
   だが、セレブ校だからといって全てを業者に任せするのも味気ない。だから、飾りつけくらいは自分達でしようということになったのだ。

「なあ、紫記。垂れ幕の中心ここでいいか」
「もうちょっと右、かな。そう、その辺」

 結局、内輪のはずのパーティーは、大掛かりなものとなりそうだ。人気者の橙也と別れを惜しむ者は大勢いるし、機会を与えられなかった女子に恨まれるのも嫌だから。ティールームを一日貸し切り、誰でも気軽に入れるような形に変更するとのこと。
 生徒会長となった紫記の博愛主義はとどまるところを知らない。

「こんなんじゃ、紅輝こうきも苦労するわな」

 思わずボソッと呟いた。

「ん? 藍人、何か言った?」
「いや、別に。固定しといたから次いこうか」
「ああ、ありがと。藍人は背が高いから、助かるよ」

 言いながら、紫記が屈託くったくなく笑う。
 彼女を夢に見ていた俺としては、何だか変な気分だ。確かに、紫記はあんな風に色っぽく迫ってはこない。『自分のことをどう思うか』だなんて、今まで聞かれたこともない。だったらあれは俺の願望か? 胸のことも?

「藍人、どうしたの? ボーっとして。具合が悪いなら代わってもらうよ。こう……は留守だから、そうを呼び出すし」
「いや、別に。それより、ここが終わったらようやく周りの飾り付けができるんだろ?」

 わかりきったことを聞いてみた。
 室内に飾る花やくす玉は、女子が目下制作中とのこと。
   ちなみに、橙也が嫌がるようなベタなお別れ会をしよう、と提案したのは俺だ。何でもスマートにこなすあいつが手作りの物に囲まれた時、どんな反応をするのか見てみたかったから。あとは、準備を手伝うと言い出せば、紫記と一緒にいる機会が増えると思って。

「そう。飾りはなかなか綺麗なものができてるみたいだよ。橙也が、荷物が増えると困るからプレゼントは遠慮するって言ってた分、心をこめて作っているんだって」
「心、というより怨念がこもってそうだけどな」

 文化祭で紅輝が紫記とくっついて脱落した。そのため、彼のファンの女生徒のほとんどが、橙也に流れた。いや、まあ蒼士や俺の所にもちょびっとは来てくれたけど。
  蒼士そうしは何だか駆け回って忙しく、俺は大会に集中して相手ができなかった。黄司おうじはアイドルみたいなもんだから、あまり影響されなかったみたいだ。

 橙也もコンクールや留学準備で忙しかったはずだ。けれど、あいつはギリギリまで隠して、いつものように女子の相手をしていた。おかげで、彼が学園をやめて留学すると発表した時の女生徒の嘆きはすごかった。『橙也ロス』で、その日は一日授業にならなかったほどだ。

「もう、藍人ったら。彼女ほしいって言いながら、女の子の気持ちを無視した発言をするんだから。そんなんじゃ、いつまで経っても彼女できないよ?」

  残念なイケメン、と影で言われているのは知っている。まあ、イケメンという評価が付くだけましか。

「ん~、彼女は当分いいかな。今はそこまでほしいとも思わないし」
「えっ!?」

   俺にそう思わせた張本人が目を丸くする。

「まあ、そのうちできるだろ。彼女の一人や二人」
「また、そんなことを言う~」
  
  そう言って君が笑う。
  俺の気持ちを知りもせず。
  なあ、紫記。気づいているか?  すっかり女らしくなったお前を意識しないために、俺がゆかりと呼ばないことに。わざと『紫記』と呼び、以前と同じ扱いをしていることに。

  男でも女でも、大好きだという気持ちは変わらない。紅輝と一緒にいる時の、幸せそうな笑顔を否定したいわけでもない。
  だけど、今はまだ……

「さ、さっさと続きをするぞ。

  そう言って、俺は笑った。
しおりを挟む
『綺麗になるから見てなさいっ!』(*´꒳`*)アルファポリス発行レジーナブックス。書店、通販にて好評発売中です。
感想 45

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(45件)

とーこ
2020.10.24 とーこ

一気に読ませていただきました!
逆ハーレム状態で最初から櫻井兄弟どのルート選んでも大丈夫みたいな感じでしたが、しかし現実の(読んでる我々の)ヒロインちゃんは紫ちゃん。誰を選ぶのか?誰が射止めるのかとドキドキしていましたが、後半くらいまで誰もリードを許さず攻略対象は増えるばかりで、本当に誰なの!?とハラハラしながら読み進めました。やっとああこいつか!というのが出てきてからは紫ちゃんの彼に急降下していく気持ちがよっくわかり手に汗握って応援しておりました。
そもそもの設定も乙女ゲーの強引さがあり、あるあるあるプレイしたことないけど多分あるしかも白泉社あたりでコミカライズされてる~って感じで面白かったです。個人的に惜しむらくは、紫記さんの活躍をもうちょっと見てみたかったかな…という気もいたします。宝塚な紫記様はさぞ、女心を優しく弄ぶイケメンだったのでしょうね…。むしろ櫻井隣組野郎よりも人気があっても良い気がします…!!!
なんというか今回は、しかたなく(笑)彼だったけれども、「本気の悪訳令嬢~」のようにアナザー編も読んでみたい!と思えるくらいにそれぞれのキャラが素敵な作品だと思いました。ナンパな橙君が真面目になってしまうんですもの…!ちょっと頼りない藍君が頼りがいのある男になったり…!キャラクターの作りがうまいからもっと見てみたい!って思ってしまうのかと思います。
とっても楽しい、何度でも読み返したくなる作品をありがとうございました!また別作品も楽しみにしております!

きゃる
2020.10.29 きゃる

とーこ様、一気読み、お疲れ様でした。
趣味全開の現代版ファンタジーですが、お楽しみいただけたようで幸いです。紫記はおっしゃる通り、宝塚を意識していたりして……。キャラクターを褒めてくださって、光栄です。

そして、鋭いご感想(*゚д゚*)!
実はこの話ではなく、コメントをいただいた『本気の悪役令嬢!』がコミカライズ企画進行中。
白泉社も好きですが、別のやっぱり好きな出版社です。
チラッと拝見しましたが、乙女ゲームのキラキラ感がすごい(゚Д゚)
許可が出次第、近況ボードでお伝えしますね!

こちらこそいつも応援していただき、ありがとうございます。
おかげさまで、元気が出ました。
楽しい話が書けるよう、頑張りますね(*^-^*)♪

解除
アリストカ
2019.10.13 アリストカ

読み終わりました。
後夜祭6の藍人とのくだり、もう爆笑してしまいました‼️
楽しい物語をありがとうございました😊
次回作を楽しみにお待ちしています。

きゃる
2019.10.14 きゃる

アリストカ様、ご覧いただきありがとうございました。優しいご感想にいつも励まされています♪( ´▽`)
ただ今新作準備中。もう少しお待ちくださいませ。次もよろしくお願いします☆

解除
アリストカ
2019.10.13 アリストカ

私こそ、こんなに短い文章なのに、誤変換を見落としていて、お恥ずかしい限りです。(汗)
真理→心理 

ところで、ミスタッチの報告です。

体育祭4

長い黒髪のウィッグをつけているけれど、時々はみ出る腕や足の筋肉がごつい。まあ気にしなければいいんだけど。その代わり、龍のとぐろを巻く動きに奔流されている様子の表現は見事だ。


奔流→翻弄

川の流れの描写として奔流」は入れたいですよね? でも、ここは「翻弄」でないと意味が通りません。

きゃる
2019.10.14 きゃる

アリストカ様、またまたありがとうございます。確かに間違えたまま放置Σ(゚д゚lll)。おっしゃる通り『翻弄』と書いたつもりでした。
細かく見てくださって、ありがとうございます♪

解除

あなたにおすすめの小説

もう尽くして耐えるのは辞めます!!

月居 結深
恋愛
 国のために決められた婚約者。私は彼のことが好きだったけど、彼が恋したのは第二皇女殿下。振り向いて欲しくて努力したけど、無駄だったみたい。  婚約者に蔑ろにされて、それを令嬢達に蔑まれて。もう耐えられない。私は我慢してきた。国のため、身を粉にしてきた。  こんなにも報われないのなら、自由になってもいいでしょう?  小説家になろうの方でも公開しています。 2024/08/27  なろうと合わせるために、ちょこちょこいじりました。大筋は変わっていません。

婚約破棄されなかった者たち

ましゅぺちーの
恋愛
とある学園にて、高位貴族の令息五人を虜にした一人の男爵令嬢がいた。 令息たちは全員が男爵令嬢に本気だったが、結局彼女が選んだのはその中で最も地位の高い第一王子だった。 第一王子は許嫁であった公爵令嬢との婚約を破棄し、男爵令嬢と結婚。 公爵令嬢は嫌がらせの罪を追及され修道院送りとなった。 一方、選ばれなかった四人は当然それぞれの婚約者と結婚することとなった。 その中の一人、侯爵令嬢のシェリルは早々に夫であるアーノルドから「愛することは無い」と宣言されてしまい……。 ヒロインがハッピーエンドを迎えたその後の話。

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない

陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」 デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。 そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。 いつの間にかパトロンが大量発生していた。 ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください> 私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

貴方にはもう何も期待しません〜夫は唯の同居人〜

きんのたまご
恋愛
夫に何かを期待するから裏切られた気持ちになるの。 もう期待しなければ裏切られる事も無い。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。